第14話「治水事業はじめました」
翌日、モイの村、シリスを訪ねる。先生も同伴してくれている。
約束通り、シリス村から水源発掘作業を始める。
本当は水が出たポイントから徐々にやっていきたいが仕方あるまい。
水が出ることを祈って掘ってみようと思う。
昨日はあんまり感じなかったが、歩くと結構遠いな。原付が欲しい。チャリでもいい。
「アリスは、本当に一人にしてだいじょうぶなのでしょうか」
そう先生に尋ねる。
約束したとおり、先生はアリスの世話を引き受けてくれた。
勢い、アリスにあんなこと言ってみたけど、あれで通じたろうか……。
アリスがナイフを握りしめて、自分のノド目がけて振り下ろしてきたときは、血の気が引いた。
あんな子どもが、あんなふうに迷いなくナイフを振り下ろせるものなのか。
「人の心はうつろいやすく、保証はできかねますが……、彼女は彼女なりに殿下の言葉を受け止めているようです。今は心配ないでしょう」
「僕の言葉をですか」
「そうです」
前世でも今世でも、戦争とは無縁だった俺の言葉にどんな説得力があったのだろうか。
信じろとか言ったけど、根拠がまるで何もない。
先生は、そんな俺のほうを向いて微笑んだ。
「戦争のない世界ですか。それはどんな世界でしょうね。彼女のためについた嘘だとしても、私も信じてみたいものです」
モイは、村の入り口っぽいところで、直立不動で待っていた。
長くて肩まであった髪が短く整えられ、無精ヒゲがなくなっている。
背が高くて精悍な顔をしているから、めっちゃ好青年に見える。
この間まで奴隷商だったやつとは思えんね。
「モイ、ごくろう」
えらそうに挨拶すると、モイは胸に手を当てて礼をした。
こんな生意気な挨拶をする5歳児に、少しもムッとせず丁寧な礼を返すとは。
これが権力か。悪くないな。
いやいや違う違う。モイが人格者だからだ。
実がなるほど頭を垂れる稲穂かな精神をもとう。
もともと精神が卑しいから、言動に気をつけないとな。
冗談のつもりでも、威勢を張るときでも、ちゃんと相手への敬意を忘れないようにしよう。
「ついてきてくれ。村長が話したがっている」
モイはそう言うときびすを返した。
村の責任者か。ちょっと緊張するね。
水が出るかどうかわからんからな。
できれば、水が出てから報告したかったが。
村長のところに向かう途中、寂れた景色が広がっていた。
やはり村は飢饉に陥っている。
ある程度の覚悟はしてきたが……、やっぱりひどい。
昨日の村よりもひどい。
でもどうしてかな。
ひどく落ち着いている俺がいる。
慣れてきたのだろうか。
違うな。
やるべきことが分かっているからだ。
前世より生きている感じがする。
モイが立ち止まった建物に入るように促された。
中に入ると、そこらへんの土作りな普通の民家だった。
村長とか地主とか、そんな威厳をまったく感じない。
「よくいらっしゃいました。どうぞおかけください」
村長と思しき人物は、これまたイメージとは違う人物だった。
長い白ヒゲをたくわえたヨボヨボな老人ではなく、モイと同じくらいで武将と呼びたくなるようなかっこいいヒゲをたくわえた精悍な男性だった。
でも近くで見ると、頬がこけて痩せ細っているのが分かった。
「モイから話を聞いています。この村から水源が出るとか」
「いえ、そうと決まってはいません。これから調べるところです」
「そうですか……。いえ、ありがたい限りです。我々が手伝えることがあれば何なりと申し付けてください」
「遠慮なくそうさせていただきます」
もし水源が出ない場合は、水源のあるところから水路をひこうと思うが、届かない可能性もあるから安易なことは言えない。
モイのモチベーションを保つためにも、この村での事業は成功させたいところだ。
まあ、こればかりは神のみぞ知るというやつだ。
「水源発掘調査を始めます」
威厳をもって、そう宣言する。
村長が拍手をし始めた。そうすると、それにつられて、作業員の人たちも、ただ見物に来ただけっぽい人も拍手し始める。
めっちゃ期待を感じる……。
そもそも、なぜこんなに人がいるんだ。
宣言をしたのも、うじゃうじゃ集まってきた村の人たちの視線から、空気を読んでそうした。
本当はこじんまりとやりたかった……。
水源が見つからなかったとき、みんなの視線がつらそう。
発掘場所に向けて移動している。
村の真ん中から始めたほうが利便的にいいが、前回の水源に近いところにすることに決めた。
期待値が高いところからやったほうが労力は少なくて済むし、何より最初が肝心だ。
最初ダメだったときの、みんなの落胆ぶりが怖いとも言える。
それはそうと、作業員以外の人たちまで付いてくる。
ハーメルンの笛吹き男かよ。
物語みたいに、成功したら手のひら返してくるような人たちじゃないと思うが。
「この村に足を運んでくださってありがとうございます」
そんなことを考えていると、村長がそんなことを言う。
「感謝の言葉は、水源が出てからで結構ですよ。というか、もう十分に言ってもらっていますし」
そんな俺の言葉に、村長は首を振る。
「この村もずいぶん死にました。体力がない老人、子どもからです。私の親も、孝行する間もなく亡くし、とうとう末娘も先日逝ってしまいました。なんとかモイのおかげで、この村も食いつないできましたが、もはやこれまでと思っておりました。王族の方がわざわざいらして、水源を発掘してくれるなど、天からのご慈悲です。感謝してもしきれません」
のうのうと城で過ごしていた自分が恨めしい。
自分の鍛錬よりもまず、国民を救う方が先だった。
こんなに、この国が疲弊していたなんて知らなかった……。
「ここを掘りましょう」
村の端に来て、そうみんなに伝える。
昨日の水源に近い場所だ。
ちなみに作業員は2人。
村長が、2人しか用意できずに申し訳ないと言っていたが、協力してもらえるだけありがたい。
その2人は、半信半疑というか、期待と不安が混じっているような顔をしている。
まあ、俺も同じような顔をしているだろう。
モイが手をかざす。
それに合わせて、2人も手をかざす。
3人とも、緊張を感じる。
しばらくして、地面がうごめき始める。
蟻地獄のようなお椀型で、穴が深くなっていく。
誰もしゃべらない。
じっと経過を見守っている。
5メートル、6メートルくらいか、まだか……。
………。
……約10メートル、前回と同じくらいの深さになった。
頼む、わき出ろ水。
頼むよ。
「おおおお!」
周囲から歓声があがった。
穴を覗き込んでいた村人が俺より先に、気づいたらしい。
数秒後、俺も穴の奥底で水面がユラユラ揺れているのを見つけられた。
後ろにいた人も、一目見ようと穴に殺到する。
ほっとした。
俺も、天のご慈悲とやらに感謝したくなった。
「マジカをやめると穴が閉じてしまうのだが」
とモイが聞いてくる。
昨日みたいに水が湧き出てくる感じじゃないから、やはり井戸壁をつくらないといけないな。
「この穴を固めることはできませんか? 建物は土作りですが、それを応用できませんかね?」
「土を固めるマジカを使える魔術師がいる。呼びかけてこよう」
そんな便利なやつがいるなら、最初から呼んできて欲しいところだ。
穴ほって崩れるなら補強が必要なことくらい分かりそうなもんだ。
いや、人によって気づけることと気づけないことに差がある。
バイト先の工場で、それくらい考えて動けよと何度怒鳴られたことか。
やっぱり、最初はつきっきりでやらないといけないな。
経験を積んでいって、村自身が主導でできるようになるまでが俺の仕事だ。
「俺、できます! できます!」
「私も!」
水源を発掘できた喜びから、積極的に手が上がる。
同じ土級魔術使いでも、使える技が違うのか。
穴を掘れる魔術使いは作業員以外にいなかったが、土を固められる人は結構いた。
土を固定してもらった。
コンクリートみたいに固化しているわけではないようだ。
材質が変わっているわけでもない。
興味深いな。
いろいろと役立つかも知れないから、あとで調べておこう。
そんなことより、まずやらなくてはいけないことがある。
持ってきてもらった桶に、ヒモをくくりつける。
それを、今できた簡易井戸に投げ入れ、ゆっくり沈めてから引き上げた。
水が入っている……。
当たり前だけど当たり前じゃない。
「ありがとうございます……」
村長は泣いていた。
みんなも泣いていた。
気づいたら、なぜか俺も泣いていた。
俺って意外ともらい泣き属性だったのか。
いや、俺はまだ泣いちゃダメだろ。
まだちっぽけな井戸を掘っただけだ。
みんなを飢えさせないほどの水量にはほど遠い。
それに、村はここだけじゃない。
俺は王族なんだ。
俺が、全部の村を救ってやる!
………
……
…
そんな感じで、3つほど掘ったら帰る時間になった。
村総出で、盛大な拍手で送り出されたが、プレッシャーがつらいので明日からやめてもらおう。
まだ序盤の序盤だからな。
とはいえ、水源が出ただけでも、今日は大収穫だ。
最初の井戸を基準に、西と南に5kmでも水が出た。
といことは、ここらへんは水域が広がっているのかもしれんね。
明日から本格的に始めたい。
土魔術師3人を中心に、3編成してみるか。
くみ取りが必要だから、井戸ポンプみたいなものを自作できたらいいなと思う。
そういうやポンプの機構がわからん。
どうやって水をくみ上げているんだ。
まあ、しばらくは桶で汲んでもらうしかないな。
一番問題なのは掘る場所だ。
やみくもに掘っても労力の無駄遣いだから、数キロメートル間隔ぐらいで掘って水が出るところをポイントして、水域を推測して、それから……。
そう思索しているうちに、城の前まで着いた。
近くで見るとでかい。
城の大きさはそのまま威厳を感じるな。
いつも通り、どこかで俺を見守りながら身を潜めていた先生が現れ、マジカで城の敷地内に入る。
「水源を掘っていくことについて国の許可をとりたいのですが、どこに行けばいいのでしょうか?」
先生にそう尋ねた。
「国土交通省でしょうか」
この世界で国土交通省という訳し方は微妙だな。
都市創作省という脳内変換にしておこう。
……あんま変わらないな。俺のセンスだからな。
国土交通省でいいか。
「じゃあ、ちょっとそこに寄っていきます」
「許可を取る必要があるのですか? 現にもう始まってしまいましたが」
「数か所程度ならいいとは思いますが、これから全国に展開していくうえで、必ず国の目に留まるでしょうし、それで変にあつれきを生みたくないですし」
「そんな先のことまで……。殿下の先を見据えるその姿勢、感服いたしました」
先生はあいかわらず持ち上げてくるな。
「私も同行したいところですが、追放された身ですからお供できません」
先生が申し訳なさそうに言う。
「だいじょうぶです。子どもの言うことと信じてもらえないでしょうけど、許可をとったという事実さえあればいいんです」
こちらは筋を通して、どうとるかは向こう次第ということで。
というか、場所がわからんな。
さっきから城内を歩いているが、人が多いし、部屋に名札貼ってないしで、わけがわからん。
城内はきらびやかだ。
中世ヨーロッパの建築物に似ている。よく知らないけど。
天井がかなり高くて、階段も、デザインの一部なのかやたら長い。
無駄にでかい肖像画とか貼ってある。
この国の宗教画や宗教をモチーフとした彫刻も至るところにある。
パイプオルガンのような音が響いている。
そこらへんを歩いている貴族と思しき人たちも、その豪華さに負けないようにしているのか装飾が多い。
とても、城外があんなことになっているとは想像できない。
俺って、ちゃんと城内を歩いたことないんだよな。王族なのに。
それに子ども一人うろちょろしているのに、声をかけられないどころか誰も気にとめない。
東京の無関心かよ。
いや、東京もそんなに歩いたことないけど。
「お前、何してんだ」
声をかけられ、後ろを振り返る。
「第1王子! ここここれはこれはごきげんよう」
第1王子だった。
行事とかで何度か目にする機会はあったが、話したことがない。
第2王子じゃなくて良かったが、第1王子はどうなんだ?
こんな城の中心部で殺しにくることはないと思うが……。
「なんだよ、他人行儀だな。兄貴でいいよ。兄弟だろ」
「そんな滅相もございませぬ。なんちゃって王子の私などが、嫡男である第一王子様を兄貴呼ばわりなどとは恐れ多いことにございまする」
「なんだよその口調! どんだけ卑屈なんだよ」
第一王子がリア充のように爽やかに笑い飛ばす。
「いいよ。そういうのめんどくさいのなしにしてさ、仲良くしようぜ。俺たち王子である前に兄弟だろ」
あ、兄貴…! なんて優しい笑顔をするんだ!
いい人! いい人だよこの人!
第2王子みたいなやつがうじゃうじゃ王族にいたらどうしようかと思ったけど、こういう人情味が溢れる人もいるんだな。よかった。
「で、なにやってんの? お前の部屋は別邸だろ? 道に迷ったか?」
「国土交通省に行きたいんです」
「変なところに行きたがるんだな」
第1王子が怪訝な顔をした。
まあそうだよね。前世でもそう簡単に入れる場所じゃないしね、たぶん。
「まあ、政治に関心を持つことはいいことだな。一緒に行こうぜ。まだ食事まで時間あるし」
第1王子の額には汗がにじんでいた。
訓練が終わったばかりなのではないだろうか。
戦闘力が高い人材を好むらしい王だから、長男に求めるレベルも高いに違いない。
休みたいだろうに、弟のたわごとに付き合ってくれるなんて優しい兄貴だなぁ。
前世の兄貴も、昔はこんなふうに優しい兄貴だったな。そういえば。
いつの間にかグレて、あげくに俺に内緒で家を出てって、幼い弟と妹とそれ以上に面倒な母親の世話を一人で見ることになったことをずいぶん恨んだが、責められんよな。
今までずっと忘れていたけど、本当は優しい兄貴だった。
あんな家に生まれなけりゃ、ずっと優しい兄貴だったのかもしれない。
せめて、俺が兄貴をいたわってあげたら違ったのかもしれない。
長男としての苦労も俺よりもあったろうし。
兄孝行してやればよかったな、なんて死んでから思ってもしょうがないな。
家を離れて幸せになってることを祈るのみだ。
「正直、兄様に会うまでは、第2王子みたいに僕のことを穀潰と思っているのかと思っていました」
「ああ、マルクに会っているのか。あいつはマジメだからな。マジカの才能もあるし、俺より王に向いているのかもしれないな」
いやいや、あれが王になったら大変ですよ。
ばっさばさ人が粛正されて、人口半分くらいになっちゃうんじゃないか。
「僕は兄様に王になってほしいです」
「そいつは嬉しいね。お前は俺の味方でいてくれんの?」
「もちろんです。兄様のピンチには駆けつけますよ」
「…いいやつだなお前。その言葉、忘れないでいてくれよ」
第1王子は寂しそうに笑った。
なんか、いろいろあるのかな。
前世だったら中学生くらいだろうに。
「もちろんです!」
俺のような5歳児の言葉で気が楽になるんだったら、いくらでも調子のいいことを言ってやろう。
「よし、わかった。俺が王になったら、お前を側室にするよ!」
第1王子はにっこり笑って俺の頭をなでた。
……ん? 今、側室って言わなかったか? 側近の間違いだよな。
「僕なんて、側近に置かれても役立てることもないし、他の方に申し訳ないですよ」
「そんなことないぞ。お前は俺の側にいてくれさえすればいいんだ。……実はお前さ、俺のタイプなんだよ。肌もきれいだしさ、笑うと目尻がトロンとするところなんかさ、ぐっと来るよな」
は…??
鳥肌たった。
やべえよ、やべえよ。目がわりとマジだよ。
この国には、そういうのアリなの?
日本にも男色は公家の嗜たしなみみたいなところあったらしいし(うろ覚え)。
いやいや、仮に国的にありでも、俺はそういうのないから!
「……ジャン、約束のおまじないしようか」
顔が顔が近いよ兄貴!
約束のおまじないってなんだよ!なにされんだよ!
兄貴って言葉も、なんだか危険な響きに思えてきたぞ!
「に、兄様、僕ら兄弟でございまするし、そういうことはいけないと思いますしおすし!」
「母親が違うから問題ないよね」
「あります! ありますぅ!」
逃げよう!
国土交通省とかどうでもいいから逃げよう!
「なんてな! 冗談だよ!」
第1王子ははっはっはと陽気に笑いながら俺の背中を叩いた。
ほんとかよ……。一瞬、目がマジだったよ。
冗談だとしても、5歳児に言うような冗談じゃないだろ……。
「着いたぞ。ここだ」
兄貴が指をさす部屋には本棚に囲まれ、中央に人が5人くらい雑魚寝できそうな大きいテーブル、そのテーブルを覆うバカでかい地図があった。
そこに10人くらいの男が囲んで談笑ムードで話し合っていた。
おおー、ちゃんと政治してるっぽい。
「じゃ、俺は行くけど邪魔はしないようにな」
手を振って去っていった。
性癖はともかく、いい兄貴だな。
男たちに近づく。
こちらの存在を気づくことなく、話に花が咲いている。
俺って石ころ帽子でもかぶってんの?というレベルの存在感ゼロ具合。
「王のミノス公国への進軍は早まったな」
「民の飢えが深刻だからな。水源のあるミノス公国を攻めたい気持ちはわかる」
「逆に水系魔術師を多く失って水資源を失うことになった。失策だ」
「相手は侵攻するのが分かっていたような動きだったな。手薄になった東側の農村地帯が襲われ、水系魔術師と農民を失った。結果、国力を大きく削ぐことになったが…、相手のほうが上手うわてだったということだ」
「案外この国に、スパイがいるのかもしれんな」
「ともかく、勇み足立ってミノスを攻撃するからこんなことになる。なぜ軍部は王を説得しないのだ」
王への愚痴を言っているな。
上司への愚痴はどの世界でも発生するものらしい。
「すみませーん」
横やりをいれるようで申し訳ないが、話しかける。
男たちは一斉にこっちを見て、一瞬ハッとなったが、こいつならまあいいかみたいな顔になった。
一応、愚痴の対象になっているやつの実の息子なんだがな。
「これは第3王子。どうされましたか」
一応敬意を払ってくれるらしい。
内心はどう思っているかは分からないが。
「水源を発掘する方法を見つけました。全国にこの工事を施したいが、許可を願いたい」
「……は?」
男たちは顔を見合わせた。
そして笑い出した。
「そんな方法があれば、この国は救われるな!」
「なんとすばらしい! 子どもの絵空事ほど楽しいものはございませんな!」
「この国の未来は明るいですな!」
何も聞かず追い返されると思ったが、笑ってくれるだけマシだ。
とはいえ、笑いっぱなしで終わってもらっては困る。
「許可をくれるのですか、くれないのですか」
用意してきた念書をつきつける。
「ほうほう覚え書きとは、なかなか勉強してなさる」
「そんなものしまって、早くお部屋に戻りなさい」
「遊ぶなら、母君と遊んでいなさい」
口々に俺を帰そうとする。
「分かったというなら、サインをください」
サインをもらうまでは帰るつもりはない。
口約束ほど、争いの元となるものはないからな。
「まあよいではないか。どれ、わしがサインしてやろう」
男たちの中で、子どもが好きそうな好々爺が出てきた。
念書を受け取り、目を通したあと、達筆と思われる字でサインした。
意外とあっさりサインをもらえた。
計画通り。
内容は「全国に水源を発掘し水道工事をおこなうが、国はジャン=ジャック第3王子にその工事一切を一任すること」と書かれている。
特に国に不利益なこともない。
子どもができることとも思えない。
サインをすれば俺が満足すると思ったのだろう。
ここから、この国始まって以来のインフラ整備が始まることになるとは、やつらは想像だにしなかったのです。たぶん。