第13.5話「埋葬しました」
アリスの失声症への変更にともない、大幅に改稿しました。
「遺体を埋めよう」
アリスにそう提案した。
この世界の葬儀がどうなっているか分からないが、遺体をこのままにするのはかわいそうだ。
「………」
アリスは涙を拭いながら、何かの果樹の木の下を指さした。
あそこに埋めたいということなのか。
クワがあったので、それで掘っていく。先生も手伝ってくれた。
アリスもシャベルのような農具で掘り進めて行く。
しばらくして、硬いものにあたった。
それが骨だと気づいたら、変な声が出た。
アリスを見るとボロボロと涙をこぼしていた。
それでも、アリスは手を休めずに掘り続けた。
誰の骨だろうか。
わからないけど、この家の誰かの骨なのは間違いない。
大きさ的に、父親なんだろうな、たぶん。
母親と赤ちゃんを寝かせた。
例の父親っぽい白骨の隣だ。
これでアリスは、独りになる。
「じゃあ、埋めようか」
そう言いかけたら、遺体から火が上がった。
火が皮膚を溶かしていく。
焼かれた筋肉が収縮しているのか、遺体はのけぞるように動く。
アリスだった。
アリスは母親と赤ちゃんの遺体に向けて、火を放った。
俺はアリスの迷いのない火力に、何も言葉が出てこなかった。
人が焼かれる臭いが充満した。
情けないが、足が震えていた。
こんなに幼い少女が、自分の手で自分の親を火葬するなんてことが、どれだけの心の強さがあればできるのだろうか。
「人族は火葬する習慣があります。火に包まれ、魂は太陽に還るのだそうです」
太陽のもとには天国が広がっていて、そこで子孫を見守っている。
この子は、親をちゃんと送り届けたかったのでしょうと。
先生はそんなことを言っていた。
アリスにとっては、それ以上の意味があったのだと思う。
残念ながら、俺にはアリスの心境を量りかねた。
遺体は焼き終わり、骨になった。
俺は思わず、手を合わせた。
アリスは、しばらく骨をじっと見つめていた。
土をかけようとは、なかなか言い出せなかった。
アリスがまたシャベルを握り始めたので、俺もそれにならった。
やがて3人の遺体は土に覆われた。
「行こう、アリス」
俺がしっかりしないと。
アリスが何を決意したか分からないが、アリスのどんな決意にでも俺は答えないといけないと思った。
アリスに手を差し出すと、しっかり握ってくれた。
この手を俺が導かないといけないんだ。
そう思うと、背中に冷たい針金が突き刺さるような心持ちがした。
………
……
…
アリスをこっそり城に連れて行き、先生の住居に向かった。
城壁を越える際には、木を生やして、その枝に乗って、木を生長させて上昇する。
降りる際には逆をやる。
よく今まで見つからなかったな。
アリスは木にしがみつきながらも、目を輝かせながら遠くなる地面を見続けていた。
さっきまで親を火葬していた同一人物とは思えない。
切り替えられたのか、それともそう振る舞っているだけなのか。
アリスの年相応の表情が見られてホッとしてしまう。
「そういえば、なぜここらへんは林になっているのでしょうか」
土質も水がないのも、農村地帯と条件は変わらないのに、手入れしなくとも木が立ち並んでいる。
「理由は分かりません」
「ここを開墾すれば、かなりいい畑になるんじゃないでしょうか」
「この国はこの森を神聖視していますからね。城がここにある意味でもあります。切り開こうなどとは思わないのでしょう」
先生はそんな場所に住居を構えちゃったのか。
かえって人が踏み入れないから隠れるにはいいのか。
あとで土を調べてみようか。土質改善に役立つ何かが分かるかもしれない。
アリスは走り回って、物珍しそうに豊かな草木を触れ回っていた。
「あの子には火魔術の才能があります」
先生はそう言った。
火で紋章を描けるコントロール、火葬できるほどの火力。
マジカを使えない俺にだって分かる。才能。
「この才能をどのように使うかお考えがあるのですか? それとも彼女に希望を与えるための方便だったのですか? どちらにせよ彼女を救ったことには違いないのですが」
「半分方便で、半分本当です。いくつかアイディアがあります。そのどれもが、アリスの力を頼ることになるでしょう。まだ空論ですが」
「そうですか。殿下は本当に立派になられましたね」
先生は微笑んで言う。
「その空論が現実になるまで、彼女を育てながら楽しみにしています」
やがて先生の家についた。
「アリス、いいかい」
先生の部屋について、落ち着かなそうにしているアリスの目を見つめて言う。
「アリスの当面の仕事は、字を覚えることとマジカの鍛練だ」
先生とした約束より行き過ぎたお願いかと思ったが、先生は快く引き受けてくれた。
「これから、私と共に生活していきます。いいですか。私は厳しいです」
先生はそうアリスに言い聞かせた。
俺には誉めて伸ばす教育だったが、アリスには違うらしい。
アリスは力強くうなずいた。
アリスの瞳には、かつての少女の面影はない。
「アリス、この文字を炎で描いて見てくれ」
俺の言葉にアリスは頷く。
俺が王族だという確執はもう感じられない。
俺が勝手にそう思ってるだけかもしれない。
本当は利用されてるだけかもしれないし、復讐の機会を窺っているのかもしれない。
どちらでもいい。
俺はアリスの成長のために、ただ力を尽くす。
アリスは手のひらに火を灯し、俺が指し示す文字を象ろうと試行錯誤している。
村の紋章よりは簡単だと思うが、ちょっといびつな文字ができた。
見慣れていないぶん、難しいのだろうか。
「これは《ジャ》と読む。次はこれ」
同じように文字を作り始める。
さっきよりは、だいぶキレイにできた。
画数が少ないからな。
「これは《ン》だ。二文字合わせて、ジャン。俺の名前だ」
アリスは驚いたような顔をして、火と俺を見比べた。
そして、ジャとンを交互に繰り返して、目をキラキラさせて俺を見つめた。
何がアリスの琴線に触れたのか分からないが嬉しい反応だ。
嬉しさと一緒に、なんだか温かい気持ちがこみ上げてくる。
「アリス、がんばろう」
思わずアリスの肩を握っていた。
「君の力はきっと、いつの日か俺を、いや、この国を支えてくれる。その日まで、共にがんばろう」