第12話「説得しました」
「おい、宝がいっこうにお出ましにならねぇぞ」
お、この状況で宝が出てくると、まだ思ってたのか。
「この水が宝です。水資源こそ、人類の宝だと思いませんか?」
もっともらしいことを言ってみる。
もう会話に意味はない。
先生に、この奴隷商たちを倒すのもアリスを助けるのも約束できた。
威を借る狐で申し訳ないが、俺の目的は達成されている。
「なんだぁ? 新手の宗教かぁ?」
奴隷商たちが俺たちを取り囲むように、にじり寄ってくる。
「俺たちに水売りでもしろってのかい? たしかに金にはなるだろう。だが、水の販売権は全部国が持って行っちまってるだろうが。やつら、人身売買には目をつぶるくせに、水を売ったら目くじらたてて引っ立てにくるからな」
なるほど。水資源は国管理か。
前世の日本でもそうだったから、何か理由でもあるのかね。
「よし、ここまで俺たちの労力を無駄遣いさせてもらった代わりに、お前と金髪ねーちゃんをもらうぞ。それでお互い文句なしだ。おとなしくしてろよ」
うん、君たちのおかげで大勢の国民が救われることになりそうだ。
だからお礼に捕まってあげたいのはやまやまなんだ。
でも、これから忙しくなりそうだから、それは無理そうだ。
「先生、さっそくで申し訳ないのですが、約束を果たしてもらえますか?」
先生は頷いた。
「殿下は後ろに隠れていてください」
「この人数、僕も手伝いますか?」
「たいしたことはありません。だいじょうぶです」
手伝ってくれ、なんて言われたら足手まといにしかならないな。
頼もしすぎる。さすが宮廷魔術師だ。
「アリスを救うのを忘れないでくださいね。できれば、この人たちにも優しくしてあげてください」
「承知しました」
先生がそう返事した瞬間、地面が揺れた。
さっきの土魔術だ。
急いで先生の後ろのほうに逃げる。
完全に先生任せで情けないな……。
俺もあの人数相手に、たいしたことないと言えるくらいの力を手に入れられるのだろうか。
そんなことを思いながら、安全な位置までたどりついて後ろを振り返ると、
奴隷商たちのほうが蟻地獄に呑まれていた。
あれ?
「てめえ! 裏切りやがったな!」
奴隷商たちが叫ぶ。
裏切った?
土魔術使いは、そんな奴隷商たちの罵倒を意に介さず、黙々と奴隷商たちを土の中に引きずり込んでいく。
先生のほうを見ると、何が起きているか分からないけどまあいいか、というような顔をしている。
奴隷商たちが穴から駆け上がろうとするが、足をとられて沈み込んでいく。
奴隷商の1人が、土魔術使いに炎を発射する。
けっこうな火力だったが、土魔術使いの前に土柱があがって炎が鎮火した。
「先生! アリスを!」
「わかりました」
一緒に沈みかけていたアリスを、ツタで回収しようとする。
奴隷商ががっしり掴んでいて離れない。
別のツタが、その奴隷商の腕を締め付ける。
痛みに耐えかねて緩んだのを見計らって、アリスを回収した。
便利だな。
やがて奴隷商は完全に埋もれていった。
この土魔術使いは俺たちを助けたのだろうか。
なんのために?
たしかモイと呼ばれていただろうか。
モイは手をおろし、こちらを見た。
先生はずっと臨戦態勢を解いていない。
でもモイからは攻撃をする仕草は感じられない。
モイはこちらに数歩歩いたのち、ひざまづいて胸に手を当てた。
「その水、俺の村にくれ」
言葉はぶっきらぼうだが、礼の仕方は丁寧だ。
なにより、頭を深くたれていて、モイの誠意が伝わってくる。
先生は俺のほう振り返り、どうしますかと目で聞いてくる。
俺が決めていいのか。
「モイと言ったか」
「ああ、シリス村のモイという」
「いろいろ話を聞きたいが……、まずは奴隷商たちを土から出してやれ」
生き埋めはつらそうだし、死んでしまったらさすがにかわいそうだ。
「なぜだ? こいつらは散々悪事を重ねてきている。人を殺したこともある。死んで喜ぶ者はいても悲しむ者はいない」
人も殺しているのか。じゃあ死んでもいいか、とはさすがに言えない。
「悪事を重ねても勝手に殺していい道理はない。法にのっとって裁かれるべきだ」
「ふん…、この国の法を守っているものがどこにいるというのだ」
いないのか。
「ともかく、俺の要求をのまないとこの水をお前の村に供給しないぞ」
モイは黙って頷いた。
そして手をかざすと、蟻地獄があらわれ、今度は穴からはじき出されるように奴隷商が出てきた。
みんなぐったりとしている。
「先生、一応縛っておいてください」
手足がツタで縛られる。
泉の水を顔にかけてやる。
口から土をはき出して目を覚ましたが、ぐったりして何も言う気力がないようだ。
「そもそも、お前はこいつらの仲間だったろう?」
「ああ。だから、俺の願いが聞き届けられるのなら、喜んでこいつらと一緒に死刑になろう」
この国はなんでもかんでも死刑なのか。
何か理由があるのかもしれないけど、刑法も見直したほうがいいな。
「人の命をもののように売買して富を得ていたお前が、なぜ命を差し出してまで村を救おうとするのだ」
「俺は金が欲しくて奴隷売りを始めた。俺の村は水不足でまともな野菜は育たない。だから稼がないといけなかった。村が潤うなら、俺の命など安いものだ」
こいつにはこいつなりの事情があるのか。
犯罪者の肩をもつわけではないが、ただの金欲しさってわけではない。
それに、自分の村のために命を投げ出せるってすごいな。
俺なんて……って思ってしまうな。
前世、自分の住んでた街の自治会の花壇作りや草むしりだって、断固として参加しなかったというのに。
街に、命どころかわずかばかりの時間さえも惜しんでた。
自分の利益にならないし、誰かやるだろうって思ってたよ。
どこまでも自分のことしか考えてなかったな……。
この男は、このまま犯罪を生業としていれば、飢えには困らない暮らしは送れていたろうに。
自分の生活をふいにしてまで、さらには命をも差しだそうとしている。
「なぜ、仲間を売った? 仲間と一緒に力ずくで奪ったほうが手っ取り早いであろう」
「あいつらは、貴族に売って終わりだ。俺の村には回ってこない。それに」
モイは続ける。
「そろそろ限界だ。商品は、だいたい俺の娘と息子と同じくらいの年なんだ」
「………」
表情も言葉も抑揚がない。
だからこそ、言葉に重みがあるような気がした。
だからといって同情はできないが。
自分の子どものために、他人の子どもを売りさばいているわけだからな。
でも売られている奴隷は孤児だから、こいつらの犯罪も必要悪ではあるんだよな。たぶん。
「村に水を。頼む」
モイは目を閉じうなだれた。
なるほど。話はわかった。
ここで彼を許して、この水をモイの村まで届けるのは簡単だ。
けれど、彼の土級魔術の技術が超欲しい。
彼の力があれば、俺の計画がグッと進む。
よし。
説得しよう。
「無責任だな」
煽るような言葉を発してみる。
モイは顔をしかめ、俺を見た。
いい反応だ。この国の人たちは表情が分かりやすくていい。
「水があったとして、お前が死んで残された家族が生きていけるとでも?」
「……あとは家族に託すしかない」
「それが無責任だというのだ。この枯れた土地を、残された家族でどう耕していくというのだ。水があれば解決できるものではないだろう」
「………」
「だいたい、死をもって犯罪を許されると考えているのも甘い」
「…許されるとは思っていない」
「死ねば、お前は罪をつぐなうこともせず、家族を養うこともせず、楽だよな。残されたものたちに全部まる投げだ。子どもたちはどうする? 幼くして父親を亡くした子どもの末路はどうなるか分かっているだろう? それに父親を亡くすというのが、幼心にどれだけ傷跡を残すか分かっているのか?」
モイは俺の言葉に反論せずに黙ってにらみつけている。
よし、もういいか。
あんまり煽ると、すぐキレそうだしな。
「ひとつ、提案がある」
「提案?」
「お前は生きろ。そして国のために働け。他の時間は家族を養うために時間を使え。お前には死ぬ権利も、自由な時間も与えん」
これを前世では社畜という。いや公務員になるから公僕か。
「それは願ってもない話だ」
「そ、そうか」
願ってもない話なのか。
モイの目が、気のせいか、生き生きとしている。
まあ死ぬよりはマシなのか。
家族にも会えるしね。
「俺は何をすればいい?」
「今、やってもらったやつをやってくれればいい」
「今? 奴隷売りを沈めればいいのか?」
いやいや、そっちじゃない。
「ここにはまだ、多くの地下水が眠っている可能性がある」
ないかもしれんが。
「そうなのか? なぜそんなことをお前は知っている?」
なぜかって、それは秘密だ。
「信じるか信じないかはお前次第だ。だがこの国には、確実に水が眠っている。そのためにお前が必要だ。お前のマジカがあれば、多くの水源を発掘できるだろう」
「俺が、必要だと?」
俺の話術は大の大人のモイにも通用したわ。
捨てたもんじゃないね。
あともう一押しってところか。
「国が栄えれば、村も豊かになる。村が豊かになれば、家族は幸せになれる」
実際には、物質的に豊かになったとしても、日本みたいに幸せになれない国もあるけどね。
「俺みたいな男が、国のために働けるというのか?」
「そうだ。お前が必要なんだ」
「お前は、何者だ?」
「俺は、ジャン=ジャック。この国の第3王子だ。シリス村のモイよ。お前の命、この国のために消費しろ」