先ずは準備から
街門近くにある、一軒の薬屋に足を運ぶ。軒先に釣り下がった看板には『クルーケット薬店』と記されている。
「こんちはー」
ドアに付いた大きめの呼鈴がガラガラと鳴り、つんと来る独特の薬臭が満ちた店内は薄暗い。日に当たると駄目になる商品もあるからな。
「あら、タタリ君。今日も遅くからね」
カウンター奥の扉から、妙齢の女性が出てきて朗らかに応えてくれる。この店の主人の奥さん、メイリア・クルーケットだ。
酒場で聞いた話じゃ三十路は既に超えているらしいのだが、どう見ても二十代にしか見えない若々しさである。
何か秘訣の美容薬とかあるのだろうか。薄化粧なのに。
「いつもの作り置き、あります?」
「はいはい、ちょっと待っててね」
振り向いて背後の薬棚から、幾つかの薬瓶を取り出すメイリアさん。俺はそれをボーっと眺める。
(うん、いつ見てもいい尻だ。安産型だな)
下がロングの作業用スカートなので魅力的であろうおみ足が拝めないのが残念至極である。煩悩の塊な俺。うん、仕方無いね、男だもの。
ちなみに、『タタリ』と言うのが俺の名である。三十六歳、独身のおっさんだ。姓はない。
この歳で『君』はどうかと思うのだが、メイリアさんの纏う雰囲気であんまり気にならない。娘さんが1人居るらしいので、母性とかその辺が溢れているのだろう。多分。
蛇足だが、姓は基本的には代々貴族で受け継いだり、騎士に叙任された国仕えの兵士が授かったりするものだ。姓名の間に、身分を現す号が付く。
それ以外の一般人の場合、結婚する時に望めば、名と意味を司るワナエ神の神殿で祝福と言う形で神様から付けて貰える。が、どんな姓になるかは完全な運であり、世襲は許されていない。
なので子供が生まれても、その子は姓なしになる。
メイリアさんの娘の場合に例えると、『クルーケットさんのとこの~~ちゃん』とか呼ばれるくらいだ。
それでも夫婦となる節目として大抵がそれを望むらしい。
「はい、いつもどおり五つでいい?」
「ですね。後これ、また精製しといてください」
先ほど悪徳猫から買い取った薬草三つと、治癒ポーションの代金である銅貨五十枚をカウンターに並べる。素材の一部持込で作り置いて貰っているので、その分が割安価格になっている。
定価だと一個が銅貨十五枚、15bで、効能で言うと下から二番目の奴だ。
上から霊薬、秘薬、特級、上級、中級、初級となる。つまり買ったのは中級治癒ポーションとなるわけ。
「毎度あり。…タタリ君くらいになるとしっかりしてるわよねぇ。この町の若い子なんて、普通に既製品買って行くわよ」
「はは、儲けを減らしてすいませんね」
「ふふ、別にいいけどね。そういう損益勘定がちゃんとしてるってのは、大事な事だから」
受け取ったポーションを腰の皮袋に突っ込んで行く。
明らかに袋の容量を無視しているのだが、それはこれが魔法道具だからである。
空間魔法、と言う系統が魔術の中に存在するのだが、これは掛けた対象空間が現世に占める割合を世界に対して継続的に誤魔化す、或いは拡張するという奴だ。
但し、術の対象になる物の素材により掛けられる魔術の規模が左右されるし、大抵それらは希少素材なので製品になった時が、また馬鹿高い。
俺が所持してる奴の容量は、広さは一辺が二メートルの物置くらい。重さは総合で500k(重さの単位でキロとほぼ同等)迄と中々の代物だ。
大分前に王都で数年分の蓄えを叩いて買って来た虎の子の一品だぞ。そのお値段20g、金貨二十枚もした…。
暫く清貧生活で過ごしたのは実にいい思い出である…二度は経験したくないが。
「急に遠い目をして…どうしたの?」
気が付くとハタハタと目の前でメイリアさんが手を振っておられた。
「ハッ…いや、ちょっと昔を思い出しまして。はっはっは」
「変な子ねぇ。ま、いつものことだけど。気をつけて行ってらっしゃいな」
笑顔の素敵な奥様に見送られて、店を出る。ホンといい女だよなぁ、メイリアさん。
彼女となら不倫したい、ぜひ。胸とかもたっぷりでさ、あれ揺れるんだぜ?。
などと不埒なことを考えつつ、通りを渡る人の流れや、これから街の外に出て行くらしい馬車を見送りながら、今度は向かい側にある建物へと歩いていく。
見た目は平屋建ての、広い出入り口のある集会場といった趣のそこ。
前に張り出すように設えられた大きな看板には、大陸共通語でこんな名前が彫ってあった。
『冒険者ギルド ノクトルク支部』と。
そろそろ町の外に出ようか。
んでダンジョン行って『深きもの』とか『形容しがたきもの』とか『~~より来るもの』とか倒そうぜ?
タタリ「そんなモンでてきたら街、いや世界が滅ぶわ!?」