08話 ケースケの魔法
三日目
初めに起き出してきたのはスーさんだった。
あまり眠っていないのではないだろうか、寝不足のうえに、何かに怯えてビクビクとしている印象だ。
そんなスーさんは俺たちの表情を見るなり、はっとした顔で全体を見回した。
「二人?」
小声で神妙な顔のスーさんは尋ね、続けて不可解なことを言った。
「やっぱり、竹田さんと早川さん?」
「……やっぱりって何だよ」
久しぶりに発した俺の声はしわがれていた。
が、意味は伝わったようだ。スーさんはわさわさと頭を掻き、自信なさげに視線を逸らした。
「あのさ、確証はないんだけど……で、今だから言うんだけど……僕って魔力の光が見えるじゃない? それで思ってたんだけど、発作を起こすのって、体から変に光が漏れてる人なのかもしれないなって」
光が、漏れてる?
「いや、これまで全員確認してた訳じゃないよ。初めは、何人か光ってる人がいて、なんだろって思ってたんだ」
スーさんが言うには、あの原生林で目が覚めた時、全身の毛穴という毛穴から針のような光が漏れ出ている人が何人かいたらしい。
本人や周囲が気付いている気配はなく、それから例の突風と閃光で何人か出現して、何人か発作を起こしていって。
スーさんが関連性を疑い出したのは、一日目の日没頃。たまたま一人おきに光が漏れている人が並んでて、で、そのとおりに発作を起こしていったらしい。それからは注意して見ていて、例外はなかったとのこと。
「それで、竹田さんと早川さんは光が漏れて見えてた、と」
「うん。本人にも誰にも言えずにいたんだけど、ひょっとしたら夜のうちに、って気になってて」
デカい体をして、叱られた子供のように話すスーさん。
今の表情といい、さっき起きてきた時の様子といい、いい加減なことを言っている訳ではなさそうだ。
もしそれが本当なら――俺は小さく息を吸い込み、聞かなければいけないことを聞いた。
「……他に光が漏れて見える人、いる?」
「いやいやいや、もう誰もいないって。この話の前に、今だから言うけど、って前置きしたでしょ? そんな人がいるのにこの話をできるほど、僕は強い神経してないって」
慌てて否定するスーさんに、俺は握りしめていた拳をほどいた。ミツバが隅っこの方でほっと大きく息を吐くのも聞こえた。
「スーさん、俺やイツキが――身体強化、だっけ――あれを使っている時の光は違うのか?」
「うん、全然違う。ケースケ君とかの光は、自分で力を入れて全体をじわって光らせている感じ。アヤさんが水を出すときの光も一緒だよ。で、発作の人の光は、もっと細くて強烈で。イメージ的に言えば、体の中に強烈な光源があって、それが抑えきれずに隙間という隙間から針山のように光が溢れ出ている、そんな印象かな」
スーさんは喋りながら俺の前に移動し、真正面から俺の目を覗き込んだ。
「で、なんとなく考えている仮説があるんだけど――」
――スーさんの仮説とは、こうだ。
まず、俺たちの中には、この世界に出現した時点で死んでいる人もいるし、出現後に時間を置いて死んでいく人もいる。死んだ人の共通点は、皮膚が爛れているということ。
そして、時間を置いて死んでいく人は、全身から光が漏れ出していた。
ここで思い出すのは、俺たちはみんな、市ヶ谷駅のホームで閃光に包まれ、この世界に閃光と一緒に現れている。そう、ここでも、光。
今のところの生死を分けているのは、この光が根っこで関係しているのではないだろうか。
俺たちはみんな、光に包まれ、この世界に現れた。
出現時に死亡している人は、その光にそもそも耐えきれなかった人。遅れて死ぬ人は、その場は耐えることができたけど、その光を自分の中で消化することができなかった人。最終的にはどちらも光に焼かれ、皮膚が爛れて死んでいく。
――そう考えると、気まぐれにも見えるこのホロコーストにも、ひと筋の理屈が見えてくる。
さらに一歩進めて考えてみる。
ならば、生き残っている俺たちはどうなのか。
スーさん曰く、今残っているメンバーは、光に適合して自分の中で消化させることができた人。光を操ることができ、魔法のような現象を起こすことができるのがその証拠なんだと。
「――だからね、昨日、水を出せたのはアヤさんだけだったけど、ここにいる全員が何かしらの魔法を使えると思うんだ」
……俺はこの話を聞いて、少しスーさんを見直した。最後が少し強引だけど――自分も魔法を使いたいという願望が入ってる気がする――、この理不尽な状況に、一部とはいえ初めて筋の通った説明をしてみせたんだ。
色白で太っててメガネで……典型的な只のオタクの兄ちゃんかと思ってたが、正直すまん。
きちんと物事を独自の視点で分析してるじゃないか。これからは色々と相談に乗ってもらおう。
それにこの話、白猿が言っていた、マレビトが持つという大いなる力に繋がる話かもしれない。
そうだとすると、俺たちはスーさんの言葉のとおり、全員がスーさん言うところの魔法を使える可能性がある。
あながちスーさんの願望とも言い切れないのだ。
まあ、正面きって魔法が云々というのは少々こっ恥ずかしいものがある。こう見えても社会人の端くれだ。だが――
「なあ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
俺は、自分の話が馬鹿にされないか、心配そうにこちらをチラ見しているスーさんに質問を投げかけた。
「アヤさんの魔法について、なんだけど」
そう、アヤさんが水を出現させてくれたことには凄く助けられた。いい年をして真面目な顔で魔法とか言ってたくはないが、今の俺たちの唯一のライフラインだ。馬鹿にするなんてとんでもないし、生き延びるために使えるものはとことん使っていかないといけない。
使えるものはとことん使う――。
そこで気になるのは、何もないところから水を出し、それを宙に浮かせておけるぐらいのことができるのなら、その魔法とやらで他にも何か凄いことができるんじゃないかってことだ。
闇雲に片っ端から試してみるのもいいが、スーさんは魔法に詳しかった。ここはスーさんに聞いてみよう、という次第だ。
「ええと、ありがちな基本魔法は水の他に火、風、土といったあたりなんだけど――」
スーさんも同じことを考えていたのか、いくつか試している所だという。
「火か。望むところだな」
俺は火の魔法というものに興味を引かれた。サバイバルに火は欠かせないし、高校の時のガソリンスタンドのバイトで危険物取扱主任者という燃焼に関する資格を取っていたりする。
まあ、時給が五十円上がるからという理由だったんだが、焚き火とかは好きだし、理屈面も含めて火には親しみがあった。
魔法としても何もないところから水を出すよりは現実的だし、土魔法とか言われてもさっぱりイメージが湧かないしな。
そしてスーさんによると、水やら火やらは属性と言って、人によって得意、不得意があったりするらしい。
なら、俺は火だ。
ちなみにスーさん自身は土かもしれないと言っていた。生産職が好きなスタイルなんだとか呟いていたが、意味は掴みきれなかった。
「――火の魔法って、どうやればいい?」
俺はストレートにスーさんに尋ねてみた。
真剣にこんなことを口にするなんて、一週間前では考えられなかったな。
だけど、火は本当に便利だ。調理をし、暖を取り、危険な獣を遠ざける。使い方によってはあの化け物にも有効かもしれない。今の俺たちには必要なものだ。
「そんなこと僕にも分からないよ……でも、昨日、水を出そうと練習したでしょ? あの時、実はケースケ君が一人飛び抜けた量の光を出してたんだよ。そうね、髪の毛が逆立てばそのままスーパーサイ○人みたいだった、と言えば伝わるかな? 結果として水を出せたのはアヤさんだけだったけど、あの感じでイメージを火に切り替えれば、きっとケースケ君ならイケるかも」
……小学生が観るアニメの登場人物みたいだったと真顔で言われても、正直、生暖かい気分にしかならない。
だが、それなりに成功の可能性はあるのだろうか。俺は心を励まし、火のイメージに集中していった。
マッチ、ライター、ろうそく、アルコールランプ……ガスコンロ、焚き火、ガスバーナー……。
何かが違うな。
そうだ、火が燃えるには、酸素と熱、そして燃えるものが必要だ。燃えるものにはそれぞれ燃えやすさがあって、ガソリンなんかは常温でも揮発しやすく、それは低い温度でも引火または爆発の可能性がある。
それなら――
突然の轟音と共に、頭上に猛火が広がった。
唸りを上げて燃えさかる炎が、一瞬で俺たちの頭上を覆い尽くした。俺がぼんやりと見上げていた先、背伸びすれば届きそうな高さを保ちつつ荒れ狂いうねる様は、あたかも低く垂れ込める灼熱の雷雲のようだ。
轟々と大量の空気が吸い上げられ、同時に鼻を殴らんばかりのキツいオゾン臭が立ち込める。
「うわ!」
「なに!」
寝ていた全員が飛び起きた。
「ケースケ君ッ! 止めてええ!!」
スーさんの悲鳴に、俺は慌てて炎を消した。そう、消せたんだ。
俺の意思のとおり、炎は瞬時に消え失せた。後に残されたのはひどい熱気と、みんなの呆気にとられた顔。
……なんだこれ?
次話「ライフライン」
お楽しみいただければ幸いです。