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06話 水魔法

「魔法キターーー!」

 突如として現れた水の球に、オタクの兄ちゃんが奇声を上げた。


「きゃっ」

 その突拍子もない奇声に驚いたのか、それとも突如として顕現した奇跡をようやく頭が認識したのか――呆然と水球を見上げていたOLのアヤさんが可愛らしい悲鳴を漏らした。

 そして、その悲鳴と共に、完全な球体を維持していた水が崩れた。見る間にひしゃげたクラゲのような形となり、俺たちが何も出来ないでいる間にその水の塊は地面に落下していく。


 べしゃり、と鈍い音がし、幾ばくかの飛沫が飛び散った。

 全員が呆然と見守り、誰も彼も固まって動かない。


「あ、あああーーーっ!」

 オタクの兄ちゃんこと鈴木がドタドタと駆け寄り、水球が落ちた草地に鼻面を突っ込んだ。


「水、みずぅーーー」


 しかし、水は綺麗に地面に吸い込まれ、跡形もない。鈴木の兄ちゃんはしつこく草をかき分けていたが、やがて飛沫がついた草を手にしおしおと立ち上がった。


「ええと、どういうことだろうか?」

 櫛名田のおっさんが俺たちを代表して声を発した。


「どういうことも何も、今の、どう見ても魔法じゃないですか」


 気を取り直したのか、さも当たり前のことのように言い放つ鈴木の兄ちゃん。これまでオドオドして人の陰に隠れていた態度が嘘のようだ。

 妙なハイテンションに取りつかれたように手にした草を高々と掲げ、一歩前に踏み出した。実に嬉しそうな満面の笑みが少し怖い。


「そう、僕たちは魔法を使えるんですよ。まさにテンプレ。ひょっとしたら、とは思ってたんですよねー」


「テンプレ?」


 俺の頭は、突然現れた水の球にも、突然喋りだしたこの兄ちゃんにもついていけない。他のみんなもそうだったろう。


「そう、テンプレですよ。召喚ときたらもう外せないでしょ? 魔法を使えるんですよ、僕たち。いいですか、今から僕が――今更ですけど、僕のことはスーさんと呼んでください――この僕が見本に魔法を使って、もう一度水を出してみせましょう」


 まさによどみない夢想郷マシンガントーク。俺たちは鈴木の兄ちゃん――自称スーさんの頭を疑いつつも、情熱ともいえる勢いに呑まれ、ただコクコクと頷いた。


「では、行きますよ」


 スーさんは片手を腰に当て、草を握るもう一方の手で複雑な模様を虚空に描き出した。同時に不可思議な詠唱をすらすらと口ずさんでいく。


「世界を支配する水の精霊よ、我が求めに応じよ――第三級魔法、ウォーターボールッ!」




 ……何も起きなかった。


 夕焼け空の下、一陣の風が涸れ沢を駆け抜け、ふんぞり返ったスーさんの髪を揺らしている。




「あ、あるぇ? もう一度――大地に遍くマナよ、我が命に従い敵を撃て。ウォーターボールッ!」




 ……何も起きない。

 イタい人なのだろうか、スーさんは。



「そんなハズがっ! いや、まさかのアブラカダブラなのかっ? それとも、ちちんぷいぷいっ?」


 必死の形相で頭を掻きむしるスーさん。

 悪い人じゃなさそうだが、そっとしておいてあげるのが優しさかもしれない。


 ちょうどその時、気を失ったままだったたくちゃんの彼女が身じろぎをした。

 俺はこれ幸いとスーさんから離れ、彼女の様子を見に行った。他のメンツもぞろぞろとついて来る。


 スーさんは独りまだぶつぶつ言っているが、俺は寝返りを打つ彼女の脇に膝をついた。身動きした拍子に、俺でも知ってる都内の有名女子高の制服のスカートがずり上がり、真っ白な太腿が露わになっている。この場にいるもう一人の女性、OLのアヤさんが自分の制服の上着を脱ぎ、そっと被せた。


 皆で見守るうち、たくちゃんの彼女がビクリと体を震わせ、ぼんやりと目を開けた。


 驚いた。

 とびきりの美少女じゃないか。


 俺は目を疑った。若さが凝縮したような、瑞々しく健康的な肌。派手さこそないものの、愛嬌のある整った目鼻立ち。抱えて走りながらも、そこまでは目の端で見ていた。

 だが、その瞳が珍しい淡褐色で――駅のホームでちらりと見た時は意識しなかったが、こうやって間近で目と目とが合うと吸い込まれるように魅かれていく。


 いかんいかん。

 たくちゃんの彼女だぞ。厚意はいいが、好意はNGだ。


 それに今はそんなことにうつつを抜かすほど余裕のある状況じゃない。普段だったら人間関係において容姿はそれなりのファクターになり得るが、今はそんなもの全く役に立たない。

 ここにある事実は、肉体的に弱い年下の人間がひとり、ようやく目を覚まして自分で動けるようになった、ということのみ。


 俺が意識して目を逸らすと、櫛名田のおっさんとアヤさんが混乱する彼女に状況の説明を始めた。

 二人とも、この不条理で進退窮まった状況を俺よりよっぽど上手に説明している。彼女――瀬戸 美津葉ミツバちゃんという名で、高校二年生らしい――は取り乱すこともなく、比較的落ち着いた口調で質問なんかも挟んでいる。


 ミツバちゃん、しっかりした子じゃないか。


 心の中でたくちゃんに祝福と、俺に何の報告もないことでの恨み言を言ってみる。どういう経緯でこんな子と付き合うようになったんだろう。今度会ったらぶっとばしてやる。

 胸の奥がちくりと痛んだが、今はそれまで生き延びることに意識を向けないといけない。


 俺は櫛名田のおっさんとアヤさんを始めとした面々にこの場を任せ――俺から独自に付け足す情報なんてほとんどないしな――、未だブツブツと呟いているスーさんのフォローをすることにした。

 数少ない生き残りの仲間だし、どこかたくちゃんに似ている気がして妙に憎めないんだよな。


「何がいけないんだろ……でも絶対……」

 スーさんは肉付きのいい背中を丸め、独りでまだ何か言っている。

 俺はその背中をどやしつけてやった。半分は八つ当たり、半分は友情表現だ。


「あわっ!」


 スーさんが小動物のように振り向いて俺を認めると、再び情熱のトークが始まった。


「ああケースケ君か。さっきのをちょっと言い訳させてもらうとさ、だいたいこんなケースは召喚したお姫様が色々と説明してくれるのがセオリーでさ、魔法の使い方なんかもその時に教えてくれるのが普通なんだよ。詠唱から探さないといけないなんてそれどんなハードモード? 詠唱なんて何百種類あるのか分からないのにさ。あれ、でもさ……ケースケ君さっき身体強化の魔法を使ってたじゃん。あれってどうやったの?」


 スーさんは言葉を切って俺をキラキラした目で見詰めてきた。が、俺は途中から内容的に置いてけぼりだ。お姫様? 身体強化の魔法? 俺が使った?


「そうだよケースケ君、さっき君さ、岩を持ち上げる時に体を光らせてたでしょ? それであんなに大きいのを軽々と――」


「ちょ、ちょっと待てよ。確かにあんな岩を動かせるなんて自分でもビックリだけど……体、光らせた?」


「えええ、何を言ってるの? じわって光ってたじゃない。イツキ君が走る時と一緒の光。まさかあれが光ってないとでも――」


「イツキも俺も光ってなんてない。そっちこそ何を言ってんだよ」


 らちがあかない。

 さっぱり話が通じなくて、俺が匙を投げようとした時。


 スーさんが口をあんぐりと開けた。そしてまた一人で叫び出す。


「……そうかっ! 僕だけのスキルだよ! 魔眼!! 僕だけに見える魔力の光――それだよ! 俺TUEEEE!!」


 俺も口をあんぐりと開けた……すまないが、ついて行けない。 

 でも、スーさんの目には、強い希望の光が浮かんでいた。




次話「夜明け前」

お楽しみいただければ幸いです。

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