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05話 魔法の発露

 それからほぼ一日かけて、俺たちは涸れ沢にたどり着いた。

 急げばその半分以下で来れたとは思うが、どんぐりを集めたり、他に食べれそうなものを探したりしながら、ゆっくりと進んだのが良かったのだろう。途中で四人と遭遇することができ、今の俺たちは八人となっている。


 途中合流した人達は、どうやらさほど遠くないところを追いかけていたらしい。

 が、突然聞こえた凄まじい数の猿の咆哮に驚き、しばらく身を隠していたとのこと。


 その咆哮は、きっとあの時ヤマクイの眷属たちが上げた、化け物の死骸に対する威嚇の叫びに違いない。

 確かに突然アレが聞こえてきたら、誰だって警戒してしまう。


「あとの人たちは、違う方向に逃げて行ったと思う」


 最後に合流した、鈴木って名前のメガネをかけたオタクっぽい兄ちゃんがそう教えてくれた。

 彼が最後尾で逃げてきたとのことで、猿の咆哮も気付かなかったようだ。


 ……確かに足が遅そうな体形ではある。だが、お陰で重要な情報をもらえた。

 この状況、今は他の方角に逃げてしまった人たちまで探しまわるのは厳しい。当面はこのメンツで行動すべきだろう。



 目の前には、クノが言っていた平たい大岩がある。高さは一メートルほどで、テニスコートぐらいの広さがある見事に平らな岩だ。


 イツキとオタクの兄ちゃんが歓声を上げてよじ登り、上で駆け回ってはしゃぎ始めた。元気だな。

 他の面々は疲労の色が濃く浮かぶ顔でのっそりと平岩に上がり、思い思いに体を伸ばしている。


 無性に上に乗りたくなるのは猿たちも同じなのだろうか。この岩の上で何十匹もの猿たちが日向ぼっこをしながら、互いの毛繕いをしている光景が勝手に目に浮かんでしまった。


 きっとここで間違いないのだろう。

 俺は未だに気を失ったままのたくちゃんの彼女を、そっと大岩の上に横たえた。


 周辺は大きく拓けており、大岩を挟むように乾いた河原石が帯状に転がっている。


 聞いていたとおりの場所だ。ここまで話どおりなら、ヤマクイの霊力の残滓が化け物除けになる云々も、それなりに期待していいかもしれない。



 だが、大きな問題がひとつあった。



 俺たちには水が、ない。

 空腹はもちろんだが、昨日から水を一滴も口にしていない。ただでさえ喉は渇くものなのに、朝から全力疾走して、そのうえここまで歩き尽くめなのだ。イツキが一生懸命集めてくれたどんぐりも、一向に喉を通っていかない。


 中国の有名な某故事に倣い、梅干しを想像して渇きをごまかす段階はもう過ぎた。

 今やそんなのものは焼け石に水。

 水がかかってジュっと音を立てる焼け石、それを黙らせるぐらいの大量の水を身体が要求している。


 うっすら期待していた涸れ沢にも、水気は全くない。


 平岩の上に言葉少なに座り込むみんなを、疲労と渇きの重い空気が押し包む。俺は一人乾いた河原に降り、縋るような思いで涸れ沢の河原石をひっくり返してみた。


 湿ってすらいない。掘れば水が……なんて都合の良いことはなさそうだ。


 俺は自棄になって自分と同じぐらいの大きさの丸石に手をかけ――なんと、動いた。石のバランスが悪かったのだろうか。そのままゴロリと転がす。


 いや、コレはバランス云々の話じゃなさそうな?


 俺は丸石を動かした後の穴を覗き込んだ。軽く転がしてしまったが、この丸石、半分は地面に埋まっていたらしい。ちょうど石と同じサイズの穴がぽっかりと口を開けている。


 ひと抱え程度の石だって結構な重量じゃなかったか。この大きさの石なんて動かすことも出来ないのが普通だ。

 試しに足場を選び、別の丸石にしっかりと手をかけて持ち上げてみる――腹まで高さがある奴だ――すんなり上がった。いつもの限界よりも更に上まで、どこまでも力を引き出せるような感覚。

 そう言えば俺、たくちゃんの彼女を抱えてあれだけ激走したんだっけ。どうなってるんだ?



「ケースケ君――」

 いぶかしんだ俺が手当たり次第に石を動かしていると、櫛名田のおっさんが声を掛けてきた。


「気持ちは分かるんだが――ま、落ち着いて話をしようじゃないか」


 妙に腫れ物を触るような口調だった。

 いや、俺は別に自棄を起こした訳じゃないんだが……いや、傍から見ればそう見える、のか。


 俺は手にしていた石を放り投げ、みんなの輪に戻った。鈴木の兄ちゃんがオタクっぽい目で熱心に俺を見詰めてくる。いやいや、俺にはそっちの嗜みはない。勘弁してくれ。


「石の下にも水はなさそうですね」

 妙な空気を振り払おうと櫛名田のおっさんに向けて無難な言葉を投げてみた。


「そうみたいですね」

 少しやつれた感のあるおっさんがため息をついた。そのまま沈黙が俺たちを包む。



「喉、かわいたな……」

 どこかの会社のOLの制服を着たお姉さんが、ポツリと呟いた。


 たしか水島 あやさんという名前で、後から合流してきた一人だ。

 首元に白いリボンが付いた小奇麗なブラウスが、ここでは妙に現実離れして見える。横座りに揃えた形の良い脚の先でパンプスが土でべっとりと汚れている。俺たちと同様、必死で走ったんだろう。


「雨でも降らないかな……」


 そんな年上のお姉さんが見上げる原生林の空は、荘厳な夕焼けに染まりつつあった。残念ながら雨の気配は全くない。


 熱っぽい目で空を見つめながら、OLのアヤさんはうわ言のように言葉をこぼした。

「私、なんでこんなところに……。喉、かわいたよ……水……」




 そのOLさんの願いは、叶えられる運命にあった。




 突如として強烈なオゾン臭が俺たちを襲った。

 同時にOLのアヤさんの視線の先、二メートルぐらいの高さに出現したのは――ゆっくり回転する、バレーボールほどの水の球。


 水晶のように透きとおった水球はあくまでも無色透明で、向こう側の景色が逆さに歪んで映し出されている。


 まごうことなく、水、だった。


「……へ?」


 あまりの現象に、その場にいた誰かが声を上げた。

 誰かは分からない。ひょっとして全員だったのかもしれない。


 ともかく、目の前に浮かんでいるのは、俺たちが望んでやまなかった水だ。

 ヤマクイが執拗に言っていた、マレビトが持つ大いなる力、それがこんな形で発現したのだろうか。




「魔法キターーーーーー!」




 言葉を失った俺たちの沈黙を突き破って、オタクの兄ちゃんが奇声を上げた。



次話「水魔法」

お楽しみいただければ幸いです。

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