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ミッシングリンク ~とある転移者たちの奮闘記~  作者: 圭沢
番外編

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番外編 もうひとつの転移者の物語

<ネット小説大賞>一次審査通過記念の番外編です。

同じ世界観、本編とは別の時代のサイドストーリーを書いてみました。

応援してくださった皆様に感謝をこめて。

 遥か東の高原に無数の光が降り注ぐ、その百五十年ほど昔。

 西の大陸との玄関口から南に離れたこの平野にも、小規模ながら突風が吹き荒れ、光が暴れたことがあった。

 これはその光と共に現れた、とある姉弟の物語である。



 ――――――――――――――――――――――――――




姫子ひめこ姉さん、じゃあ行ってくるよ」

 村外れの木立の陰で、一人の奴隷の少年が傍らの少女を軽く抱きしめた。


「本当にやらなきゃ駄目なの? これまでと同じでもいいのよ?」

 抱き締められた少女が、大きな瞳に涙を浮かべて少年に訴える。

「ああ、このままじゃいけないってこと、散々話したろ。もう決めたことだよ。みんなの心も決まってる」


「俺たち、ヒメコ、守る」

「領主、いらない」

「俺たち、領主なしで、暮らす」

「ヒメコとタイシ、本物のマレビト。領主、ニセモノ」


 少年の後ろに固まっていた一団が口々に声を上げた。

 彼らは姫子と弟の大志たいしが共に生活してきたこの村の奴隷たち。十年ほど前に突然現れた姉弟を暖かく受け入れ、厳しい暮らしながらも大切に育ててくれた恩人たちだ。

 背は一様に姫子たちの胸までしかなく、ぼろぼろの腰皮しか身にまとっていないが、手にはそれぞれ尖らせた木の棒や石を持ち、目には剣呑な光を浮かべている。


「でもっ! あの人は呪術を使うのよ!」

 姫子はちらりと背後の村を振り返り、怯えを浮かべた視線を恩人たちに戻した。

「みんな、怪我してしまう。いや、怪我で済めばいいけれど――」


「――姉さん」


 恩人たちより頭一つ背が高い姫子の、さらに頭一つ長身の大志が鋭く口を挟んだ。

 そして姫子から僅かに身を離し、すっと村の方向に腕を伸ばす。


「呪術なら、僕だって」


 大志の腕の先、掌から突如として炎が噴き出した。轟々と唸りを上げ、炎の渦が螺旋を描いて数メートルの長さに伸びていく。

 背後の奴隷たちが一斉にどよめき、「やっぱり本物!」「タイシのセジ、偉大!」「俺たち、負けない」といった言葉が次々に零れてくる。彼らの目に浮かんでいるのは、姉弟への愛情と崇拝、そして村の支配者に向けた大いなる怒り。


「もう我慢はウンザリだ。奴を殺して、この理不尽から解放されるんだ。みんなで平和に暮らす、姉さんだってそれを望んでるんだろ」


 いつの間にやらたくましく成長した弟の揺るぎない視線を受け、姫子は言葉を詰まらせた。

 そう、実に残酷で理不尽な暮らしだったのだ。


 十年前、両親と電車に乗っていたはずが、気付いたら見知らぬ大草原に投げ出されていた姫子と大志。当時は八歳と六歳、何も知らない幼子だった。

 泣きながら両親を探し、餓死寸前でこの村に辿りついてみれば、幼い姉弟を否応なしに飲み込んだのは、文明の欠片もない原始的な村での厳しい生活だった。村にはヤマダイという名があるらしいが、その他には電気も水道も、人権もない地獄のような世界。

 現代社会で両親と幸せに暮らしていた幼い姉弟を待ち受けていたのは、これ幸いと労働奴隷にされる過酷な日々だったのだ。逆らうと即座に暴力に晒される環境下で、姉弟は互いに支えながらもかろうじて生を繋いできた。周囲の奴隷仲間がこっそり親代わりとなってくれ、陰に陽に手を差し伸べてくれたのも大きい。


「僕にはこの力がある。姉さんの力と併せれば、ここでみんなと暴力なしに暮らしていけるんだ」


 炎を出していた掌を握りしめ、大志が姫子の瞳をまっすぐに覗き込んだ。

 姫子は十八、大志は十六。二人とも成長期の栄養が不十分だったせいで年齢の割には発育が悪く、そして、虐げられ強制的に大人の精神を宿した者特有の、擦り切れて疲れ果てた顔をしている。しかし、支え合って生きてきた姉弟二人の間にある絆は本物だ。言葉にせずとも幾つもの想いが二人の間を交錯していく。


「じゃあ、行くよ。今なら奴らは昼寝してるか、海の向こうから連れてきた妾相手にいやらしいことしてるか、どっちかだ」


 大志は吐き捨てるように姫子に告げ、くるりと背を向けた。

 そう、今日いやらしいことをされている相手は、一歩間違えたら姫子だったのだ。この間から奴らは妙な目で姫子を見始め、使い捨ての妾としていつ領主館に拉致されてもおかしくない状況が続いている。


 決行は今日。

 これ以上伸ばすことはできない。


「よし、みんな行くよ。領主の相手は僕がする。みんなは説明したとおりに。いいかい?」


 背後の一団から無言の頷きが返ってくる。覚悟は本物だ。

 大志と強い眼差しが交わされ、ガクガクと震える姫子を木立に残して、一同は決然と、そして静かに村に駆け込んでいった。




 ◆ ◆ ◆




 姫子と大志がこの村で奴隷となって十年。

 無気力と絶望に満ちた二人の状況が変わったのは、姫子が奴隷小屋の裏に秘密の畑を作った時だ。

 絶対的に少ない自分たちの日々の糧を少しでも補いたいとの願いから、その日の朝に配給された雑穀をこっそりと地面に埋めたところ、姫子の願いそのままに突如として豊かに生育し始めたのだ。


 いつまでも帰ってこない姫子を探しに行った親代わりの奴隷仲間は、文字どおり腰を抜かして驚いた。

 彼らカヤ族に伝わる、大昔の偉大なるマレビトが持っていたという伝説のセジがそのままに発露していたのだ。作物の成長を促進させるという、偉大なるマレビトが持っていた奇跡と同義のたぐいまれなる呪術。


 この村で絶対的な権力を持つ領主は、その偉大なるマレビトの末裔と名乗り、炎を操る呪術を容赦なく使って奴隷たちを支配していた。その恐怖の呪術が霞み飛んでしまうほどの、偉大なるマレビトそのものの奇跡。


 確かに不思議な現れ方をした姉弟であり、理解の出来ないことを喋り、カヤ族の平均から大きく外れるまでに成長した不思議な二人である。

 姉の姫子がそうならと弟の大志に奴隷たちの視線が向けば、やがて弟は弟で炎を意のままに操る力があることが判明する。領主と同じ力ではあるが、偉大なるマレビトの末裔を名乗る領主とは、比べ物にならない程に大きな力。


 姉弟と奴隷の仲間たちはこの力のことを領主には秘密にするが、徐々に疑いの目が向けられるようになってしまった。

 殴る蹴るの暴力は元からあったが、領主の追及を空とぼける仲間たちは、より過激に締め付けられていく。そして、ついに姫子に目が付けられ始めて――。




 ◆ ◆ ◆




 決起した大志たちの狙う先は、村で唯一の木造建築、領主館。

 そこには憎き領主を始め、海の向こうから連れてきた高慢ちきな妾どもと十人ほどの兵士が暮らしている。


 ずっとこの村で暮らしてきた大志たちは知っている。

 一番日差しのきついこの時間、領主館の内部がだらけきっていることを。

 今この時間こそ彼らが最大に油断をしていて、不意をつけることを。


 目に決意の焔を灯した大志たちは、足音を極力抑えつつ、村内をひた走る。

 理由なき暴力を払いのけ、姫子とそして自分たちを守る為に。

 自らの口には絶対に入らない米を強制的に作らされる日々に終わりを告げ、自らが作った食糧を自らが口にする明日を創る為に。


 眼前に領主館が迫る。

 建築中に柱が倒れ、三人の奴隷仲間が死傷した巨大な建物。

 自らの手で作ったのに、普段は近寄るだけで「汚らわしい」と折檻を受ける、領主権力の象徴。


 先頭の大志が大きく手を挙げ、反乱者達はさっと散開して領主館を押し包んだ。




「お、お前たち、奴隷の分際で――うがあっ」




 領主館の中を駆け抜ける大志の後ろで、領主の兵士が腹に木の棒を突き刺されて崩れ落ちた。

 この兵士は、領主の威光を笠に散々暴力を振るってきた相手だ。


「クキのかたき!」

「カブラのうらみ!」


 複数の怒りに満ちた声と共に、鈍い音が兵士を襲っていく。

 もちろん奴隷たちの恨みを買っていたのはこの兵士だけではない。館のあちこちから別の兵士たちの絶叫が上がっている。

 油断しきっていたところへのまさかの反乱に、これまで散々暴威を振るってきた兵士たちが、あっけないほどに脆く蹂躙されていく。兵士たちは奴隷たちと同じカヤ族、領主の呪術がなければ同じヒトなのだ。


 この反乱の唯一そして最大の脅威、その領主へは大志が向かっている。

 いくら兵士を斃しても、呪術を操る領主のズクが一人残っていれるだけで容易くひっくり返される。そのことを充分理解している大志は、館の最奥の扉の前でピタリと立ち止った。一瞬の逡巡の後、気合と共に板張りの扉を蹴り飛ばした。


「ズク、覚悟しろ!」


 部屋の中には誰もいない。

 いや、奥の寝台の上で震える半裸の妾が二人。充満する麝香の匂いが大志の意識の表層をひどく戸惑わせるが、労働を知らない妾たちの白い肌と、その身体の下にこれでもかと敷き詰められた毛皮の山――その全てが、領主に命じられ、大志たちが命がけで狩ってきたものだ――、そして自らに向けられる狂った獣を見るような眼差しに、大志の怒りが再び燃え上がった。


 大志が何より大切にしている姉は、栄養が足りずに頬がこけ、傷だらけでも無理やり働かされている。そして、足元がふらついても呻き声をこらえて従い続けているのだ。それは、自分が周りの足を引っ張ると、班の全員が暴力を振るわれると知っているからだ。


 そんな姉と、目の前の妾たちとを見比べる。

 領主館に住む一団が自分たちにしてきたこと、そしてその結果として彼らが享受していた贅沢な暮らし。

 この世に一人しかいない姉、姫子の痩せ細った体。その姉が体力の限界で足をもつれさせて倒れ、班全体が折檻を受けた日の深夜、こっそり独りで忍び泣いているあの細い肩の震え――


「うおおおおっ!」


 大志はいつしか雄叫びを上げていた。荒れ狂う憤怒の波が理性を飲み込み、ここ数日で懸命に練習してきた炎の呪術が勝手に掌から溢れ出していく。


「全部、ぜんぶ壊してやるっ! 燃えろ、燃えやがれえええ!」


 大志が怒りに任せて掌から破壊の炎をまき散らし始めたその瞬間、蹴り開けたはずの扉が勢いよく大志にぶつかってきた。


「お前、何してる! その炎――!? くそ、殺してやる!」


 扉の陰から飛びかかってきたのは領主のズク。

 これまで長きに亘って恐怖の象徴だった炎の呪術の使い手だ。

 大志の掌から迸る炎を見て衝撃を受けたようだったが、そこは熟練の術者、自らも掌から巨大な炎の球を生み出しつつ大志の腹に猛烈な蹴りを見舞ってきた。


 ぐふう。

 予想外の不意打ちに大志の息が絞り出され、一瞬視界が暗転する。

 日々肉体労働をしてきたとはいえ、碌な食事を与えられてこなかったのだ。肉弾戦を戦えるほどの体力はないに等しい。


 それでも大志は歯を食いしばり、膝をついてズクを睨みあげた。


「なんだその目は! 奴隷が! 焼き殺してやる!」


 ズクの両手に浮かぶのは巨大な炎の球。

 これまで仲間を散々痛めつけ、苦痛と共に死に追いやってきた理不尽の極致だ。


 その両手が高く掲げられ、人の頭ほどもある炎の球がふたつ、大志の頭上高くで燃え上がる。


「死ねっ!」


 振り下ろされた両手と共に、炎の球が大志目掛けて落下した。

 渦を巻く紅蓮の炎が暴力的な熱気と共に大志に迫って――




 大志の目の前で虚空に静止した。




「な!?」

 ズクが驚愕に目を見開き、炎の球を押し下げるように両手を振り回す。

「な、なんだ、どうなってる!?」


 大志がゆっくりと立ち上がり、憎しみに満ちた目でズクを睨みつけた。

 虚空に静止した炎の球が、ゆっくりとズクの方へにじり寄っていく。


「ば、馬鹿な! こいつの方が力が上だというのか! こ、この、奴隷の屑の方が!?」

 ズクが一歩後ずさり、炎の球を押し戻すように両手をぐるぐると振り回す。

「おいお前、来るな! あっちへ行け! 命令だ!」


 命令。

 大志の脳裏に、そのひと言の下にこれまで散々服従させられた、暴力で彩られた理不尽な日々が甦る。


「おい、それ以上近寄るな! そ、そうだ、お前を兵士長に取り立ててやるぞ。そこの女も抱かせてやろう、特別だ!」


 ズクが半裸の妾を顎で指す。

 室内には初めに大志がまき散らした炎が広がり、これまで何の労働もせずに我が儘放題に君臨していた妾たちが煙に激しく咽せている。

 その様は仲間のカヤ族の奴隷たちと同じ、血肉が通った当たり前の人間の姿だった。これまで問答無用で搾取してきたその張本人たる妾たちが、人並みに生に執着して新鮮な空気を貪る姿は、大志の目に浅ましくさえ映った。


「全部、燃えろ」


 大志の全身から、文字どおり怒りの炎が立ち昇った。

 僅かな逡巡を押し殺すように、灼熱の炎が瞬時に部屋を埋め尽くし、領主のズクを、妾たちを、贅沢な室内の全てを焼き尽くしていく。




「領主、死んだ! 兵士も、全部、死んだ!」


 大志が茫然と立ち尽くしていると、火が回り始めた領主館の中から仲間の奴隷たちが駆けつけてきた。


「タイシ、逃げよう! 危ない、ここ!」

「ヒメコ、待ってる! タイシ、行こう!」


 大志は仲間たちに手を引かれるがまま、燃え盛る領主館から外に出た。

 姫子が駆け寄ってくる。

 大志にとって、かけがえのない存在。

 この理不尽な世界に放り出されたあの時からずっと、自分を守ってきてくれた大切な人。


 これで姉さんを守れた、よな。


 大志は燃え落ちようとする領主館を振り返りもせず、この世界で唯一の肉親を固く抱き締めた。




 ◆ ◆ ◆




 それから数年の月日が流れ。

 ここ、ヤマダイの村は、暴力のない平和な村として緩やかな発展を遂げていた。


「すごい、今年も豊作」

「ごはん、いっぱい食べられる」

「ヒメコとタイシのおかげ」


 村外れの丘の上から、カヤ族の元奴隷たちが黄金色に輝く一面の水田を嬉しそうに見下ろしている。

 彼らにとってここは天国だ。


 理不尽な暴力も搾取もない。自分が働いた分だけ、自分の食べ物が増える。

 奴隷時代は考えたこともなかった、奇跡のような生活。


 それも全ては、辛い奴隷時代に自分たちが保護した姉弟のお陰。

 二人はなんと偉大なるマレビトだったのだ。弟のタイシは炎を支配し、姉のヒメコは作物を支配する呪術の持ち主。

 この村はそんな姉弟の奇跡の業に支えられ、平和で豊かな暮らしが約束されている。


 将来、この村はますます発展していくだろう。

 人が増え、国にすらなるかもしれない。

 そうなれば、タイシを永遠の王、ヒメコを永遠の女王として、二人の死後もこの地のカヤ族は末永く二人を崇め続けるだろう。


 自分たちカヤの民を奴隷から救い上げ、この地を豊かにしてくれた偉大な二人が、この地に住む人々に遥か未来まで讃え続けられるように。

 カヤ族の誇りにかけて、二人の名が忘れられるようなことがあってはならない。

 それは恩義を忘れないカヤ族の信念。


「さ、行こう」

「ヒメコ、待ってる」


 元奴隷たちは、誰からともなく笑い声を上げながら丘を駆け下りて行った。




 彼らは知らない。

 彼らの想いが、遠い将来に訪れる異国の使いによって実現されることを。

 彼らが敬愛する奇跡の女性の名が、文字というもので後世に残されることを。


 平和な村は、人々の願いを乗せ、今日も緩やかに発展していく。




ちょっと強引ですが、こんな遊びもありかなーと。

本作の世界観で皆様が少しでも楽しんでいただければ幸いです。


<ネット小説大賞>一次審査通過記念、応援してくださった皆様に感謝をこめて。

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