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47話 束の間の平和

 八十五日目



 有村さんたちと話し合ってから数日。今日は何日かぶりの良い天気だ。

 昨日と一昨日はずっと雪が降っていて、戦いで荒れ果てた宿営地周辺も雪景色に逆戻りだ。これがここの本来の冬の姿なのだろう。

 焦土と化した丘も、その先の焼け落ちた原生林もすっかり純白に輝く雪に埋もれ、きいんと澄んだ空気の中、まるで何事もなかった静かな世界に見える。


「こっちは異常なしッス、ケースケさん」


 宿営地の裏側の見回りをお願いしていたイツキが、白い息を弾ませながら雪を掻き分けて戻ってきた。

 あの戦いで一旦魔物の姿は消えたが、昨日今日と少しずつ姿を見るようになってきている。あれだけの数を殲滅したのに、現実はそんなに甘くないようだ。

 赤目の気配は今のところないが、それも今だけの話と覚悟している。


「お疲れさん、こっちもそれっぽい足跡はなかった。――ところで、コチはどこ行った?」


 いつも一緒にいるカヤ族のコチと、イツキは今日も仲良く見回りに出たはずだが。


「あー、なんかカヤの大人たちが土器を作ってて、面白そうだとそっちに」

 やれやれ、とやんちゃな弟を持つ兄のように肩をすくめるイツキ。


「はは、コチっぽいな。じゃあ俺たちも行ってみるか」

「ったく、最近全然言うこと聞かないんスよ。今度ケースケさんからガツンと言ってやってください」


 ぶつぶつと愚痴をこぼす姿が本当の家族のようで、思わず笑みをこぼしながら俺たちは再び歩き出した。




◆ ◆ ◆




「あ、ケースケさん!」


 宿営地の外れの人だかりに近づくと、俺たちの姿を目にしたミツバが跳ねるように駆け寄ってきた。

 冷たい空気で頬を僅かに赤く染め、手には小振りの壺のようなものを持っている。


「これ、あの焚き火で焼いたんだって。すごいですよね!」


 先日はスーさんの錬成魔法で一気に土器を作っていたが、今回はカヤ族本来の作り方、焚き火で焼きあげているらしい。

 ミツバに差し出されたままに手にすると、それはまだ暖かく、意外としっかりした素焼きの壺だった。

 ミツバとスーさんが魔法で作る食器ほどの完成度はないが、素朴で充分に使えるものだ。表面につけられた縄目がそれっぽくていい。


「いやいや、カヤの技術も捨てたものではありませんねえ」


 顔を上げると、にこにこと笑った櫛名田のおっさんが歩み寄ってきていた。後ろにアヤさんとクノの姿もある。

 どうやら久しぶりの晴天に、みんなで揃って外に出てきたようだ。有村さんたちはリハビリがてら筋トレをしているということで、まだ完全に怪我の癒えていない若いお母さんと、その傍を離れない女の子の面倒をお願いしてきたらしい。


 背後で燃えている大きな焚き火はどこかお祭りの雰囲気を持っていて、良い気晴らしになったのだろう、櫛名田のおっさんだけでなくアヤさんもクノも晴れやかな笑顔を浮かべている。


 そして、そんなアヤさんの腰にはなぜか、見回りを放棄したコチが満面の笑顔でまとわりついていて――「こら!」とイツキが駆け出していく。コチはアヤさんを盾にぐるぐると逃げ回って、アヤさんはそんな二人の真ん中でほんわか笑っている。なんか最近よく見る光景だ。



「あ、ケースケ君、こっち来てこれ見てよ!」



 焚き火の前でスーさんが手を振っていた。

 その脇には焼きたての土器が並べられていてカヤの大人たちが集まり、まさに焼き終えて品評会をしているところのようだ。


「あった!」

「人形、上手、できた」

 小柄なウイナとユクがカヤの大人たちの最前列で楽しげに歓声を上げている。どうやら、お人形を作って一緒に焼いてもらったようだ。


 人波をすり抜けて前に進むと、十を超える土器が並べられているのが目に入ってきた。

 割れてしまっているものはひとつしかなく、窯もない野焼きとしては十分成功ではないだろうか。


「スーさ、偉大なマレビト」

 カヤの大人のリーダー格、カグラが崇めるような目でスーさんを褒め称えてきた。

「良い土、くれた。これからもたくさん、くれる」


「うんうん、いつでも言って。元の土をちょっと変えるだけだから楽ちんだし、今度は窯でも作ってみる?」


 上機嫌で窯の説明を始めるスーさん。

 まだ窯を知らなかったらしいカグラたちカヤの大人が、目を輝かせて聞き入っている。

 この間まで居心地が悪そうに縮こまっていた姿が嘘のようだ。はは、スーさん、これはしばらく大人気だな。


「ほうほう」

 櫛名田のおっさんが目を細めて俺の顔を見た。

「これは早速作ってみましょう。あと、彼ら大人には専用のドームがあっても良いですね。何組か夫婦もいるようですし、遅ればせながらですが、個別の家を作りましょう。――せっかくのやる気、後押ししてあげたいですからね」


「うわあ、マイホームだあ……」


 ミツバが妙なところに反応して、夢見るようなため息を漏らした。

 ちらりと俺を見るが――ううん、気付かなかったことにしよう。意識しすぎだ。

 それに、作るとしたら櫛名田のおっさんのからだろう。有村さんたちやあの母娘も欲しいだろうし。


 でも、個別の家か。

 全員はいらないにしても、それなりの数は作った方がいいよな。

 なんか、だんだん本当の村っぽくなってくるな――そんなことを俺がぼんやり考えていると。



「コチ、返して!」

「それ、ウイナとユクの、スーさの人形!」

「やだ! これ、もらった!」



 背後でウイナとユクの悲鳴が上がった。バタバタと駆け出す二人と、笑いながら逃げるコチ。

 どうやらさっき焼き上がった二人の人形をコチが取って逃げたようだ。


 ん?

 というか、人形ってスーさんの人形だったんだ?


 意外な情報に内心で微笑んでいると、コチの兄貴分、イツキが瞬く間にやんちゃな弟を取り押さえたようだ。


「こら! 人の物を取っちゃダメって言ったじゃないか! ケースケさんに怒られるんだな!」


 イツキが取り上げたスーさん人形をドヤ顔で俺に手渡してきた――って、俺?

 俺が叱る役なのか?

 おいおいイツキ、別に駄目じゃないが、それはちょっとどうなのか。まあ、イツキらしいと言えばイツキらしいんだけれども。


 喉まで出かかった抗議を飲み込んで土人形を流れのままに受け取り、手にしたその造形にふと目を止めた。


 おう。

 でっぷりとした体に短い手足、スーさんを人形にしたらまさにこんな感じ――


 ん?

 俺はそこで思わず目を疑った。



 これって――






次話は「第二部最終話 そして、未来へ」

いよいよ最終です。

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