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46話 懸念と答え

「……僕たちが襲われた、あの化け物っていったい何だい?」


 有村さんが穏やかな表情が一転させ、真剣な眼差しでストレートに尋ねてきた。周囲の厳つい後輩たち三人もスープを掻き込む手を止め、居住まいを正して俺の返答を待ち構えている。


 ……有村さん曰く、自分たち投げ出された集団に混じるように異形の化け物が十体ぐらい出現して、唐突に狂ったように襲いかかってきたという。意味の分からない展開に、それはそれは混乱したそうだ。



「――俺も、詳しいことは分かりません。ただ、あの化け物たちは俺たちと同じようにこの世界に出現していることと、それなりに数がいて、俺たちやこの世界の住人に問答無用で襲いかかってくること、それぐらいでしょうか」


「そうか……やっぱり、とんでもない世界に来てしまったってことか……。いや、失礼、別にケースケ君たちに文句を言いたい訳じゃないんだ。助けてもらった上にこうして世話をしてもらい、丁寧に状況まで教えてもらっている。僕たちとしては文句どころか、どうやってお礼をすればいいのか分からないぐらいだ」


 とにかく、ありがとう――有村さんが深々と頭を下げた。



「それで、もうひとつ聞きたいことが。最後に僕たちを追いかけてきた化け物たちなんだけど――」



 有村さんたちに襲いかかった化け物たちは、最後には化け物同士で殺し合いを始めたそうだ。そんな狂乱の場を制圧したのが、人の上半身を持つ大蛇と翼を持つ半人半狼――俺たちの前に登場した、例の赤目二体だ。



「――それであの二匹、いや、あの化け物たち自体、元は人間ってことでいいのかな?」



 な……!?



 思わず絶句した。


 なんだよそれ!

 前にトカゲ女と戦った時から薄々そうは思っていたけど、なんでこの世界に来たばかりの人がそれを知ってるんだよ!



「その顔は、外れてはいないってことか。いやさ、実は――」



 初めは、極度の混乱もあって、化け物から逃げるのに必死だったそうだ。

 しかし、逃げ惑ううちに、背後の声に聴き覚えがあることに気が付いた。

 振り返るとそれは翼を持った半人半狼の声で、大蛇にはっきりと「クロカワ!」と呼ばれていたことで有村さんは確信した。


 それが、閃光に呑まれる直前、元の世界の路上で通行人に難癖をつけていた、ヤクザ風の二人組の声だということを。


 まさかと思っても、よくよく二体の顔を見てみれば、変わり果てていても正にその二人。

 有村さんは閃光を浴びた時、路上で迷惑行為をする二人を止めようと一歩踏み出すところだったらしい。閃光さえなければ本当に間に入っていたと。

 だから良く見ていたし、見間違いや聞き間違いだとは思わないというのだ。



「………………」



 俺は今度こそ言葉を失った。

 薄々そうかもとは思っていたが、まさかこんなところで裏付けが転がり出るとは。



 あの二体の元が人間なら、他の赤目もやっぱり同じなんだろう。

 以前にミツバに怪我をさせたトカゲ女の死に顔が、電光のように脳裏にフラッシュバックする。


 ――まだらに残っていたアイシャドウ、力なく開いた口の奥に見えた金歯……どこにでもいそうなおばちゃんの、苦悶の果ての死に顔。



 くそ、やっぱりそうなのかよ!


 俺たちが知る限り、みんな五体満足でこの世界に転移してきた。

 死んでる人もいたけれど、それが当たり前だなんてのはただの思い込みだったんだ。

 あの閃光がどういう仕組みなのかは分からない。人間を何人も移動させるぐらいだから、きっとものすごいエネルギーの奔流なんだろう。

 俺たちは運良く五体満足で死にもせずにこの世界に出現したが、死んでる人もいたし、ひょっとしたらそのエネルギーの中で突然変異したり、他の何かとごちゃまぜにされてしまった人もいたんだろう。


 それが赤目の化け物の正体。

 俺たちと同じ言葉を話し、同じように魔法が使え、そして五体満足な俺たちに激しい憎悪を抱くもの。


 ヤツらが本当の人間だとしたら、俺はこれからどうすればいい?

 こっちを襲ってくるからといって、ヤツらを殺していいのか?

 いや、既に少なくとも一人は殺している。

 俺はやっぱり、人殺し、なのか――



 それに、俺はこれまで、その重苦しい疑念を自分の胸一つに収めてきた。

 罪悪感を覚えるのは俺一人で充分だし、誰かに伝えて、いざ襲われた時に妙な迷いがその誰かの手を迷わせて、危険を招くようなことにはしたくなかったのだ。


 でも、その疑念が本当だと裏付ける目撃体験をした人がいる。口外しないようにお願いしたところで、またどこか違うルートで広まってしまうだろう。

 俺はいったいどうしたら――



「ケースケ君?」



 気が付くと、有村さんが俺の肩を揺さぶっていた。


「ケースケ君、落ち着いて」


 視線を上げると、有村さんとその後輩たちが俺の顔を覗き込んでいる。

 向こうのクノと母娘は――大丈夫、まだ楽しげに話し込んでいる。


「……すみません。まだ誰にも言っていなかったので……少し、びっくりしました。あの、前にこの手で、首を――直接、トドメをさしたことがあったので」


「そうか」


 ポン、と肩に置かれた有村さんの手から何とも言えない励ましを感じて、こわばった身体の力が自然と抜けていくのが分かった。


「ケースケ君はそれ、仲間を、この場所を守るためにやったんだろ? ああ、言わなくてもいい。昨夜櫛名田さんと少し話をしたし、周りの人の君を見る目を見ればそれぐらい分かるさ」


 有村さんの手は大きくて、太い腕、分厚い肩、そして武骨だけれど誠実そうな顔にはすがりつきたくなるような安心感があった。


「あいつらはもう人間じゃない。文字どおりの化け物に変わってしまっている――それは、この世界に来て間もない僕たちだって分かることだ。そして何より、人を襲ってくる。だからもし、次にあの化け物が襲ってきたら」


 有村さんはそこで一旦言葉を切り、にこり、と何の気負いもない笑みを浮かべた。



「――その時は、僕たちも一緒に戦うさ。例え元が人間であろうとも、な」



「何が出来るのかは分からないけど、出来ることがあったら遠慮なくいってくれ」

 なあ、と後輩たち三人に同意を求める有村さんに、おう、と一斉に答えが返ってくる。


 はは。

 何だよ、これまでずっと背負っていた荷物が、ふいに肩から外されたような気分だ。

 そんなに単純なことだったんだよな、きっと。


「と、偉そうに語っちゃったけど、ここに住まわせてもらう以上、ここを守るのは当然のことだと思うぞ? それに、この間の戦いでもみんなで戦ったんだろう? ま、そういうことだよ」


 気にしすぎるなって、と有村さんは爽やかに笑った。


 やっぱり、大人には敵わないな、と思った瞬間だった。

 櫛名田のおっさんも、相談すれば同じように答えてくれたかもしれない。きっと、そうだろう。



 ともかく、何はともあれ――



 これから一緒にここで暮らす新しい大人が、有村さんたちで本当に良かった。

 この人たちなら今の和を乱すことなく解け込んでいってくれるだろう。


 暇を告げ、ドームを後にした俺の肩は、そんなことも含めて随分と軽くなっていた。

 心配なことはたくさんあるけれど、協力してくれる仲間がいるし、いざという時に頼れる大人もいる。人は、一人ではないのだ。



 さて、今度こそ自分の朝食を食べようか。なんだか久し振りにたくさん食べれそうな気がする。


 俺の足取りは、さっきのスーさん以上に軽やかなものだった。





次話「束の間の平和」

第二部完結まであと2話です

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