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40話 閃光と暴風、再び

 大嵐の雷のごとく、大空から何本もの強烈な光が林に落ちている。

 暴風が荒れ狂い、樹齢何百年もの巨木群が小枝のように弄ばれている。


「櫛名田さんッ! 魔法を使えない人を全員ドームへ避難させ――」

 背筋に走った猛烈な悪寒と同時に俺は声を上げたが、全てを言い終わらないうちに。



 ひと際強烈な閃光が世界を真っ白に染めた。



 それは、俺たちがこの世界に飛ばされた時と、全く同じ光で――


 その光の中、短いとも長いとも思える濃密な時が流れ――





 ――やがて、唐突に光は収まった。





「――みんなッ!?」


 振り返ると、外壁の上、胸壁の後ろで皆が呆然と立ち尽くしている。

 イツキ、ミツバ、クノ、アヤさんに櫛名田のおっさん、スーさん。


 良かった。みんな、無事のようだ。どこにも飛ばされていない。

 内庭にはアキツやコチ、ニソル達カヤの子供たちが驚愕を浮かべてこちらを見上げている。

 となると――


 光が暴れていた中心地に視線を戻す。

 雪原の先、丘のふもとから林に数百メートルほど入ったあたりだ。


 あれほど吹き荒れていた暴風は嘘のようにピタリと収まり、原生林は不気味なほど静まり返っている。

 そして、ここからでも分かるほどの禍々しい気配――。


 俺の脳裏に、この世界に現れて間もない頃の光景がフラッシュバックする。

 初めてあの赤目の化け物が現れた時も、こうした閃光と暴風の後だった。


 そして、白猿ヤマクイに出会った時に転がっていた、化け物たちの亡骸。

 そこもやはり、暴風が吹き荒れた後だったと思われる。


 ということは、つまり、あそこには――。


 俺は、ゴクリ、と唾を飲み込んだ。

 全身の産毛が逆立ち、嫌な圧迫感が鼓動を勝手に速めている。




 ――、――――ッ!!


 突然、おぞましい叫びが林の中から上がった。

 言葉にはなっていないが、明らかに人の喉から出た叫び。間違いない、これは赤目。例の化け物だ。


 そして、初めの叫びに呼応するように別の叫びが幾筋も湧きあがり――唐突に林の一角が爆発した。

 雪煙に呑まれ、なぎ倒される巨木群。

 真っ黒な球のようなものが、何発もあさっての方向に飛んでいく。


 断続的に繰り返される爆発。

 おぞましい叫びが鋭く交わされ、断末魔のようなものも混じって、真冬の原生林の上空に響き渡っていく。


 ……まさか奴ら、戦っているのか?


 俺は背中の両手杖を抜き放ち、強く握りしめた。汗ばむ両手に硬い両手杖がしっかりと馴染む。

 高さ十メートルはある外壁の上から、壮絶な戦いが繰り広げられているであろう原生林を固唾を呑んで見守る。


 頻発していた爆発は時間と共に減り、耳障りな叫び声と鈍い物音だけが雪原を渡って俺たちの耳に届くようになってきた。



 ――――――――――ッ!



 どのくらい争いが続いただろうか。

 最後に、ひとつの雄叫びが周囲を圧し包んだ。

 唐突に静寂を取り戻す原生林。


 どうなったのだろうか。

 共倒れ、なんて都合の良い展開だとありがたいんだが――



「ケースケさん、あれ……」



 呆然と立ち尽くしていたイツキが、震える手で原生林を指差した。

 丘のふもと、なだらかに広がると雪原と木々の境を、戦いがあった辺りから逃げるようにコソコソと何かが動いている。


 ……人だ!


 見える限りで少なくとも数人。

 今となっては懐かしい、小綺麗なスーツやワンピースを着た人たちが、背後を振り返りながら必死に雪をかき分けて進んでいる。


 まさか、赤目の化け物と一緒に、今、現れたのか?

 俺たちが現れてから三か月近く経った、今になって?


 逃げる人たちの着ている服は、遠目にも色鮮やかで真新しく見える。

 とても何ヶ月もこの世界で暮らしてきたようには見えない。

 紺色のワンピースを着た女の人が、膝上まである雪の中、ピンクのランドセルを背負った子供の手をがむしゃらに引っぱっていて――



「ああっ!」



 ミツバが喘ぎを漏らした。

 逃げる人々の後ろ、二百メートルほどのところに異形の化け物が顔を出していた。

 熊ぐらいの大きさ、猪のような四つ足から突き出る人の上半身。くそったれ。一番初めに遭遇したのと同じ赤目の化け物だ。


 続いて巨大な蜘蛛が木立から姿を現した。

 黒くこんもりした身体の先端で、血の気のない死人の顔がせわしなく辺りをうかがっている。

 その視線が必死に逃げようとする人々を捉え――猛烈な速さで後を追いかけはじめた。



 くそ!

 ちきしょう、届けッ!!


 俺は咄嗟に胸壁に飛び乗り、力の限り両手杖を振るった。

 飛ばしたのは極限まで圧縮した炎弾。小さくすることで距離と速さを稼ぐ、最近編み出した魔法のひとつだ。


 足元では胸壁の間からミツバも魔法を放ったようだ。岩の弾丸が矢のように飛び去っていく。

 続いてアヤさんが氷の槍を放ち、イツキが剣を振るって風の刃を飛ばしていく。


 ――頼む! 届いてくれ!!


 最初に着弾したのはミツバの岩の弾丸。

 先行する蜘蛛の赤目の後方、後ろを走る半人半猪の赤目の前方にバラバラと雪煙が立った。

 やや遅れて俺の炎弾が大蜘蛛の前方に突き刺さり――少しだけ飛距離が足りず、奴らの進路の数メートル手前に落ちた――、くぐもった爆発で雪を吹き飛ばした。

 アヤさんの氷の槍とイツキの風の刃は化け物どもの付近には届かず、俺の炎弾とほぼ同時に途中の雪原で派手に雪煙を上げている。


 どの魔法も命中はしなかったものの、二体の赤目の注意を引くことは出来たようだ。

 足を緩めて辺りを見回し、ありがたいことにこっちに進路を変えて突っ込んでくる。



 よし!

 逃げていた人々も俺たちに気付いたようだ。


 俺たちは赤目が近付いてくれるのをこれ幸いと、次々に魔法を放っていく。

 これなら仕留められる!


 ミツバの第三射が猛進する化け物蜘蛛を掠め、動きを鈍らせた。

 そこに俺の炎弾が直撃、爆発の炎と共に化け物蜘蛛が大きく弾け飛ぶ。


 その脇を怯まずに突進してきた半人半猪の赤目は、足元に飛来したイツキの風の刃にバランスを崩し、同時にアヤさんの氷の槍で肩を貫かれて激しく雪原に転がっていく。


 こうなったらこちらのものだ。

 ミツバの岩の弾丸が、イツキの風の刃が、アヤさんの氷の槍が次々に動きを止めた赤目たちに襲いかかった。

 最後は充分に溜めを作った俺の炎の玉が、二体をそれぞれ跡形もなく消し飛ばす。



「おおーい、こっちだよ!」



 魔法の余韻が収まるや否や、スーさんが手を振りながら大声を上げた。

 呆然と赤目の化け物の最期を眺めていた雪原の人々が、口々に何か叫びながら即座に向きを変えてこちらに走り出した。

 よかった、何とかなりそう――



 だが。

 喜んだのも束の間だった。



 後ろの林から、新たな赤目が姿を現していた。

 俺とミツバに怪我を負わせた、魔法を使うトカゲ女が雪原をものすごい早さで這い進んできている。

 その上には、巨大な皮翼を羽ばたかせた半人半狼が。

 更に背後の林から、胴回りが三メートルはあろうかという緋色の大蛇が。



 どろりとした異様な圧迫感が押し寄せてくる。

 特に、あの蛇はヤバい。全ての感覚が狂ったように警鐘を鳴らしている。


 反射的にありったけの炎弾を飛ばすと同時に――


 先頭のトカゲ女が、ぐわり、と奈落のような大口を開け、忌々しい漆黒の魔法を吐き出した。






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