39話 冬の暮らしと集落の形成(下)
「……ギルド?」
何それ?
思いっきり首を傾げた俺を、櫛名田のおっさんがにこにこと見守っている。
そんな俺に、ぽっちゃりした手をひらひらとさせてスーさんが説明を始めた。
「そう、ギルド! ゲームとかじゃ良くあるんだけどね、仕事を斡旋して報酬を受け渡す、仲介窓口みたいな」
……ハローワークみたいなものだろうか?
「でね、仕事が欲しい人は登録しておいて、その人の実力でAとかBとかランクをつけて、ランクに応じた仕事を請け負うんだよ! Fが初心者で、上がっていけばだんだん難しい仕事も貰える、とかそんな具合! Sランクになるとドラゴンの退治とかすっごい仕事がゴロゴロしてて、真の英雄が所属してるんだよ!」
だんだん熱く語り始めるスーさんだが、ええと、ドラゴンだって?
見ればミツバもポカンと口を開けている。
「……あ、それはまあ将来的な話で」
スーさんは俺たちの表情に気が付いたのか、少し頬を赤らめてマシンガントークのスピードを落とした。
「ええと、それでね、今ってカヤの人が増えたじゃない? アヤさんが料理とか布織りとかで手伝ってもらってて、それでなんとなく日々が回っているんだけど、ちょっと人が余り気味というか。特に、新しく来た大人のカヤの人たちって、あんまりやることがないと思うんだよね」
スーさんの話に、カヤの少女、ウイナとユクが大きく頷いた。
「更に言うと、あの人たちはアキツ君たちと違って元の村では布織りは全然してなかったみたいで、なおのこと何をやってるのか分からずに入り込みづらいみたいだし」
……そんな事情があったのか。
最近は魔物とか狩りとか、外にばかり目が向いていて知らなかった。
スーさんは尚も語り続ける。
「それに、カヤの人たちって素朴だから言われるままに手伝ってくれてはいるけど、人によっては料理とか布織りとか実は苦手で、他にもっと得意な仕事があったりもするだろうし」
「あ、それ分かります!」
ミツバが思わず、といったように大きく頷いた。
「私も料理はあんまり上手じゃない……あ、いや、ちゃんと出来ます、よ?」
しまった、という顔をして、チラリと俺を見て口ごもるミツバ。
はは、知ってたよ。でも気にすることじゃないさ。
「ミツバは他のところでそれ以上に大事な仕事をしてくれてるし、別にいいじゃないか。俺も料理は苦手だし、それをしてるぐらいだったらもっと狩りに行っていたいしな」
俺がそうフォローすると、ミツバは嬉しそうに顔をほころばせた。
スーさんもその言葉を捕まえ、更に話を進めていく。
「そう、それなんだよ! 僕たちはありがたいことにそれぞれ得意なことで役割分担みたいなのがあるんだけど、カヤのみんなにはそれがないんだよね。アヤさんの料理や布織りの手伝いだって大事な役割だけど、ケースケ君の狩りだってもうちょっと人手があれば成果も増えるだろうし――」
ああ、それは事実だ。
魔物の危険を考えると難しい部分もあるが、落とし穴以外に少し遠征もしてみたい。周囲の状況も知りたいしな。
「――で、そこでさっき言ったような、ギルドみたいなのがあればいいかなって思ったんだ。そこで自分の得意な仕事を選んでもらうみたいにすれば、全体としても良い方向に回るんじゃないかなって」
スーさんはキラキラした目でそう話を終えた。
う、うーん、そうくるか。
言いたいことは分かった。カヤのみんなの居場所ってことだよな。
確かに新しく入ったカヤの大人たちは手持ち無沙汰で、俺たちの輪にどう入っていいか戸惑っているように見える。そこに自信を持ってやれる仕事があれば、ぐっと解け込みやすくなるのは確かだろう。
それと、俺たち主体の現状でもなんとかやっていけないことはないけど、それだとカヤの人員がダブついているのは事実。そのマンパワーをきちんと活かせれば、確かにもっとこの宿営地を良くすることが出来る。
まあそんなことだと思うんだが、でもなあ……。
「ちょっと面白い仕組みでしょう、ケースケさん?」
にこにこと見守っていた櫛名田のおっさんが口を開いた。
「ただ、仕事を斡旋しても報酬を渡すような、貨幣経済的なものは今の我々の共同生活では難しいですけれど」
そう、それなんだよな。
今の俺たちは文字どおりの共同生活だ。仕事の内容や多寡にかかわらず平等に食事をし、平等に生活をしている。カヤの子たちも純朴で、それで文句もなく円満に過ごせている。
そこに差をつけるような、ある意味で資本主義的な仕組みを導入するとか、ちょっと時期尚早なのではないだろうか。
なんだかスケールが大きすぎる話に必死に頭を働かせている俺に、櫛名田のおっさんが柔らかく微笑みかけてきた。
「確かにいきなりの移行は混乱するだけでしょう。それに、今は人が余っていますが、春になれば水田や畑での農作業で全員作業になってくるでしょうしね」
話について行けずにポカンとしているコチの頭を撫でながら肩をすくめる櫛名田のおっさん。
「でも、将来的なことを考えれば、悪くない話だと思いませんか? まずは現状を見直して、全員に基本的な仕事を割り振ります。あまりガチガチに分ける必要はないですが、料理班とかモノ作り班とか、狩り班とか大雑把に分けて、今の共同生活体制は続行ですね。その上で、追加の仕事をご褒美的な報酬と共にこのギルドという仕組みを使って捌いていく――そんなイメージはどうでしょうか?」
……ううーん。それなら悪くはない、のか。
カヤの大人たちの居場所も作れそうだし。
普段は班の仕事をしてて、ギルドで追加の仕事をもらえば、ご褒美的な報酬で多少の贅沢もできるって生活だな。
まあ、その報酬を何にするかは置いておいて、うん、モチベーションの維持にもつながりそうだし、いいんじゃないだろうか。あとは――
「アヤさんはこの話、知ってますか?」
「まだ詳しく話してはいませんが、いつだったか料理と布織りではカヤの子たちを捌き切れないと愚痴をこぼしていましたので、おそらく大丈夫かと」
「なら俺も賛成です。そうなると、まずは基本の班分けの体制を考えないといけないですね」
◆ ◆ ◆
「では、そろそろ始めましょうか」
昼食後、俺たちは暖炉の前に集まった。
櫛名田のおっさんに俺、スーさん、イツキ、アヤさんにミツバとクノという、カヤ族以外の顔ぶれだ。
スーさんが「第一回マレビト会議だね」なんてはしゃいでいたけれど、まあ、午前中の話の延長で、人数が増えてきたこの宿営地の体制についての話し合いを全員でしようという訳だ。
「だいたいの話は皆さん分かっているかと思いますので、まずはどんな仕事が必要か、改めてそこから洗い出していきましょう」
櫛名田のおっさんが滑らかに話を誘導していく。
さすがはおっさん。
で、出てきた仕事とまとまった班分けが大体こんな感じだ。
まず、俺とイツキが中心となる第一班。
これは狩りや宿営地の防衛など、対外的な部分を主な担当とする班だ。
ここで新たに話が持ち上がったのが、外壁からの見張りという概念。門を閉ざしていれば大抵の魔物の襲撃には対応できるが、一度だけ遭遇した空を飛ぶ赤目の化け物のことを考えると、不意打ちを回避するためにも見張りはいた方がいい。まあ、昼間だけで夜までは必要ない。夜はシェルター化したドームに入って入り口を閉ざしてしまうからな。
だが、昼間みんなが活動している間は交代で見張りを立てようということになった。通常の魔物の襲撃にも余裕を持って対応できるし、空からの襲撃があったとしても準備時間が作れるしな。
同時に、カヤの子供たち全員にクノから弓を指導してもらうことも決まった。
もちろん第一班を希望するカヤの子供たちを重点的に鍛えてもらうのだが、万が一を考えると全員が使えた方がいい。
日常的には主に俺が何人かのカヤの班員と落とし穴の見回りをして、探知魔法が使えるイツキが残りの班員と見張りの担当となる。まあ、様子を見ながら流動的に交代していく予定だ。俺とイツキの他に、カヤ族から十人ぐらいの希望者を募りたい。
次いで、アヤさんとクノの第二班。
ここは日々の料理から服など諸々の製作など、内勤的な部分が主な担当だ。
春になって農作業が始まるまでは、第一班を除くほとんどのカヤの子たちがここの所属となる。とはいえ、クノは弓の指導をしたり櫛名田のおっさんと癒しの研究をしたりと忙しいので、ある意味一番大変なのはここかもしれない。まあ、狩りに行っていない時は俺たちも出来るだけ手伝うつもりだけどな。
そしてスーさんとミツバの第三班。
ここはいわゆる土魔法チームだ。櫛名田のおっさんの手足となって外壁やドームなどの建築をしたりする。
それがない時は、スーさんには錬成魔法で各種道具や武器の研究を進めてもらう。午前中に言っていた魔石の件もあるし、生活水準の向上には欠かせない重要な役割だ。
ミツバは春になったら畑や水田の管理で動いてもらう方向で、それまではフリーに動いて他のサポートをしてもらうこととなった。アヤさんとクノの第二班が忙しそうだし、俺とイツキの第一班でも調査と狩りを兼ねた周辺遠征に行ってみたいしな。
「とまあ、そんな骨組みでまずはやってみましょうか」
櫛名田のおっさんがみんなの顔を見回した。
皆が一斉に頷く。
ちなみに櫛名田のおっさんは全体を統括する係だ。
櫛名田のおっさん自身には、クノと癒しの研究を進めたり、各種建築物の改善設計や春になったら米作りの指揮と、色々とやることがあったりするんだけどな。
ギルドについては、この班分けが落ち着き、そして、やることが本格的に増えるであろう雪どけ頃を目途に立ち上げることになっている。
それまでに各班で募集する仕事を考えておくのだ。
魔物さえいなければ山菜採集の依頼とか良さそうなんだけどな。ずっと中にいる人の気分転換になりそうだ。あとは薪割りとか。ま、時間もあるし追々考えていこう。
「では、そんなにガチガチに業務分担をする訳ではなくて、手が空けばこれまでどおりどんどん他を手伝っていくということで」
これにも皆が頷きを返す。そう、これまでどおり和気あいあいと助け合って暮らしていきたいからな。
しかしまあ、人数が増えてきたこの宿営地、こうやって骨組みを作っていくと、村、というと言い過ぎかもしれないが、なんだか共同生活をする集落っぽくなってきたのではないだろうか。
と、そんな感慨に浸りつつ、スーさん言うところの「第一回マレビト会議」は終了した。
外に出るとだいぶ午後の陽も傾いてきており、この後は夕食まで各自解散となった。
皆がこれからのことを口々に話し合っている。良い傾向じゃないか。
「そうそう、あのカヤの大人たちのリーダーっぽいカグラが言ってたんだけど、あの人たち、良い土さえあれば土器が焼けるらしいわよ――」
「えっホント!? 土器を焼くなら窯も作って、僕の錬成魔法を併用して鉄とか挑戦できるかも――」
アヤさんとスーさんが価値のある情報交換をしている。
こういうのも大事――
その時。
突然の閃光が大空を走った。
雷かと空を見上げるも、雨雲は一切ない。冬特有の青く晴れあがった空だ。
もう一度光り、断続的に激しく数回。
一陣の強風が宿営地を駆け抜けていく。
おい、まさか……。
強烈な閃光が立て続けに瞬く。
そして外壁の向こう、かなり近いところに雷のように光の柱が何本も落ちているようだ。
俺は猛然と外壁へ走った。
内階段を駆け上がり、外壁の上の胸壁越しに外を確認する。
目の前で、天から光の柱が次々に大地に突き刺さっていく。丘のふもと、林に何百メートルか入ったところだ。
ここも強風が吹いているが、光が落ちているあたりはまさに暴風が吹き荒れているようだ。巨木群が呆れるぐらいに翻弄されている。
「ケースケさん! アレはっ!」
一歩遅れて駆けつけてきたイツキが驚愕の叫びを上げた。伸びてきた髪が強風でくしゃくしゃにされている。
眼前の閃光と暴風は時間を置いて衰えるどころか、ますますその激しさを増していく。
「俺たちが現れた時と同じ、閃光と暴風……」
俺の呟きが強風に呑まれて消えた。
だがなんで今になって……しばらくなかったのに……
思わず呆然と閃光を眺めていると、背筋に猛烈な悪寒が走った。
これは赤目の化け物の出現に違いない!
しかもヤバい奴だ――
「櫛名田さんッ! 魔法を使えない人を全員ドームへ避難させ――」
俺の嫌な予感を追い立てるように、ひと際強烈な閃光が世界を真っ白に染めた。
いよいよ第二部のクライマックスへ突入します。