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38話 冬の暮らしと集落の形成(中)

「うわあ、キレイ……」

 立ち止った俺の隣で、ミツバがため息を漏らした。


 俺はミツバと二人、罠にかかった獲物を確認しに、雪に埋もれた宿営地の丘を下ってふもとの林に入ってきたところだ。


 雑木林の中は風もなく、降り積もった雪が周囲の音を吸収して、凛と冷えた空気が神秘的に広がっている。昨夜うっすらと降った雪がどこまでも続く巨木群の枝先までも白く縁取って、大自然の造形美を余すところなく俺たちに披露してくれているようだ。


 丘の雪原では膝上まで積もっていた雪もここでは若干減って、ようやく少し歩きやすくなってきた。

 ミツバにはこれまで俺が雪を掻き分けた後を歩いてもらっていたのだが、それでも少し息が上がっている。急いでいる訳でもないので、ここでひと息入れることにしたという訳だ。


「あはは、いつの間にか体がポカポカです」


 ミツバが被っていたフードを取り、頭を振ってふわりと髪を落ち着かせた。そして白い毛皮の防寒着の襟元を開き、弾む白い息ごしにニッコリ笑った。

 その可愛らしく整った顔には目が生き生きと輝き、警戒心の欠片もない親近感が胸をドキリとさせる。


「ケースケさん、空気がひんやりして気持ちいいですね!」

 嬉しそうに深々と深呼吸してみせるミツバ。だいぶ呼吸も落ち着いてきたようだが――


「……ミツバ、疲れてないか? なんだったら乗ってもいいぞ」


 俺は背後のそりを指差した。

 落とし穴に大型の獲物が複数かかっていた時のために、運搬用のそりを曳いてきているのだ。


「えー本当ですか? どうしよっかな……」

 プレゼントを貰った子供のようにくすくす笑いながら、ミツバはそりに向かって一歩踏み出した。


「きゃっ」


 ミツバの足が新雪に腿まで潜り込み――どうやら吹き溜まりだったらしい――、咄嗟に伸ばした俺の手を掴む。

 俺は反射的にミツバを引っ張り上げ、そのままそりの上にすとん、と座らせた。


 一瞬の出来事に目を丸くするミツバ。

 そして「ありがとう」と俺の手を握ったまま、えへへ、と楽しそうに笑った。


 俺はなんだか胸の奥がじんわりと暖かくなって、思わずつられて笑ってしまった。





 それから五分ほどミツバをそりに乗せてエスコートし、初めの落とし穴に辿りついた。


「この先じゃなかったかな――」


 俺の呟きとほぼ同時に、雪面に開いた大きな穴が目に飛び込んできた。

 カモフラージュに被せた木の枝が乱れ、折れた木口をさらけ出している。そして、穴の中から生き物の気配が――。


 ミツバに念のためここで待っているように手振りをして、俺はゆっくりと落とし穴に近づいた。


 落とし穴はだいたい二メートル四方、深さも同じぐらいだ。折れて中ぶらりとなったカモフラージュの枝ごしにそっと中を覗き込むと、立派な猪と目が合った。鼻息も荒く威嚇してくるが――よし、魔物ではないな。


 一つ目の落とし穴でこの成果だ。幸先の良いスタートかもしれない。




 それから俺とミツバは全ての落とし穴を回り、四頭の獲物を回収することが出来た。大猟だ。


 中には雪の重みなのか、獲物がかかっていないのに枝が折れて穴が露出している落とし穴もあった。周囲の雪を見ても大きく乱れた形跡はない。

 まあ、枝葉をかぶせるだけの至って原始的な仕組みだからな。そういったところはまた枝をかぶせて落とし穴として機能するようにしておく。


 獲物がかかっている場合、とどめを刺すのは未だ抵抗があるが、無駄な殺生ではない。クノに教わった散魂の法で祈りを捧げつつ、せめて苦しまないように両手杖の一撃で頭を貫く。彼らのお陰で宿営地の皆がまた生き長らえる。残酷だが、仕方がないのだ。

 その後は身体強化された俺の怪力で軽々と亡骸を穴から出し、ミツバの土魔法で穴の整備をしつつ再び枝をかぶせておく。最後に周囲から雪をかけ、出来るだけカモフラージュしておけば作業は終了だ。

 言葉少なに祈りを捧げ続けるミツバと共に、そうやって落とし穴を順番に巡っていった。


「……仕方ないこと、なんですよね」

 大量の獲物が載ったそりから降り、隣を歩くミツバがぽつりと漏らした。


 気持ちは分かる。

 俺も同じ気持ちだからだ。そして、いつまでも慣れることはないかもしれない。


「そうだな。せめてもう一度、散魂の祈りをしておこうか」


 足を止めて二人で静かに祈る。

 祈り終えると俺はミツバの肩にぽんと手を乗せ、見上げるミツバと微かに微笑み合って、静謐な雪の林を再びそりを曳いて歩き出した。




 ◆ ◆ ◆




「わー、大猟だー」

 宿営地に戻ると、カヤ族のアキツ達が賑やかに出迎えてくれた。


 彼らはこの世界の原住民、狩猟で命を奪うことに関してはさほど忌避感がない。

 ただ、生きていくのに必要な分だけを狩り、きちんと祈る。それで充分らしい。


「お疲れさま。可哀想だけど、助かるわ」

 ニソル達の後ろから、アヤさんがミツバを労わるように声を掛けてきた。

 助かる云々というのは、アヤさんがいつの間にかこの宿営地の台所を仕切るようになっているからだ。食糧の備蓄について俺はよく相談を受けている。


「寒かったでしょ? 処理はみんなに手伝ってもらってやっておくから、二人は暖炉で暖まって来てねー」

 散魂の祈りを素早く行いながら、にっこりと俺たちに微笑むアヤさん。


「おかえりなさい――って、うわーこりゃ大物だ。アヤさん、まずは裏の広場でいいっすか?」


 アヤさんを追いかけてきたイツキが、そりを一瞥してカヤ族の子供たちを振り返った。


「よーし、みんなで運ぶぞー」

「「「はーい!」」」


 カヤの子供たちははしゃぎながらも従順にイツキに従い、俺の手からそりを受け取って賑やかに運んでいく。なんとも微笑ましい光景だ。

 持ち帰った狩りの獲物でこんなに喜んでもらえる、この光景があるからいつも救われているんだよな。ミツバに目を遣ると視線が合い、思わず微笑み合った。同じことを感じていたのだろうか、なんか通じ合えた気がして嬉しい。



「あ、ケースケさん」

 先頭に立ってノリノリでそりを曳くイツキが、にこやかに振り返った。

「そういえば、櫛名田さんたちが相談があるって言ってましたよー」


 そのままアキツ達に揉まれるようにそりを曳いていくイツキ。


「……うふふ、みんな頼もしくて、カワイイわねー」

 楽しそうなイツキ達の後ろ姿を、アヤさんが微笑みながら見送っている。


「さ、この先は私も手伝ってくるわ。櫛名田さんはいつものドームで、クノちゃんと例の練習をしているはずよ。遠慮しないで、休憩がてら二人で行ってきて」


 俺はそこまで疲れていないが、ミツバは慣れない雪歩きで疲れているだろう。アヤさんの言葉に甘え、俺はミツバと連れ立って櫛名田さんのいるドームへと移動した。




「あ、ケースケ君、いいところに」

 櫛名田のおっさんが暖炉の前で立ち上がった。


 周りにはクノとスーさん、そしてカヤ族のコチと女の子が二人座っていた。

 櫛名田のおっさんとクノだけではないらしい。最近クノはずっと櫛名田のおっさんと一緒で、一生懸命癒やしの技を磨いている。少しずつ前進しているとのことで充実した表情をしていることが多いが、コチは今日の患者さんだろう。小柄なカヤ族の中でも特に小さいコチは落ち着きがなくて、しょっちゅう怪我をしているからな。


「ああ、ケースケ君待ってたんだよ! この石なんだけどさ――」


 ぱっと立ち上がったスーさんが光る石を手に駆け寄ってくる。

 その石は魔法剣を作る時の材料だ。これをスーさんが錬成の魔法で武器に混ぜ込むことにより、魔法の発動を補助する杖の役割をしてくれるのだ。


「コレ、なんかもっと使い道がありそうでさ、こないだから色々と試してるんだけど、面白いんだよ! ひょっとしたら魔石ってやつかもしれなくってね、もしそうだとするとすっごいことに――」


 眼鏡の奥の目をキラキラと輝かせ、俺とミツバに石を見せびらかすスーさん。後ろでカヤの女の子二人が尊敬の眼差しでそんなスーさんを見詰めている。

 ――ウイナとユクだったか、アキツやニソル、コチと一緒に合流した初期メンバーだ。この二人は特にスーさんに懐いており、このところずっとの助手のように付いて回っているのだ。


「ね、櫛名田さん、もう一度お願いしてもいい? これはひょっとしたらひょっとする、待望の発見ってヤツだよ! ね、ね、ちょっと見ててね……あ、ほら櫛名田さん、ニコニコしてないでまた光魔法を込めてみて!」


「はは、私のは光魔法なんて、そんな大それたものでは……。まあ、ではもう一度やりますよ?」

 櫛名田のおっさんは一瞬だけクノに助けを求めるような視線を送り、少しだけ肩をすくめてから石を握りしめた。


 ぷん、と鼻を突くお馴染みのオゾン臭。

 ……櫛名田のおっさんはああ言っているが、これは確かに魔法だ。


 そして、困ったような微笑みを浮かべる櫛名田のおっさんの掌から、裸電球のような柔らかい光が漏れ出した。

 石が、光ってる?


「おおおーー! ほらね! ほらね! ケースケ君も魔法だと思うでしょ? それでね、この後なんと……」

 スーさんが大喜びで小躍りしつつ、櫛名田のおっさんから石を受け取った。

 やや黄色味を帯びた、どこか昭和を感じさせる柔らかい光がスーさんの手の中から放たれている。


 スーさんは光る石を高く掲げ、世界の神秘を発見したような恍惚とした表情を浮かべた。


「ほら、すごいでしょ!?」

「いや、ケースケ君の魔法剣だって光るし、そんなに特別な事では――」


 ちょっと疲れたように櫛名田のおっさんが口を開いたが、スーさんは自信満々に首を振った。


「だってほら、まだ光ってるんだよ! 普通は石から手を離したら込めた魔法は消えちゃうのに、この特別配合の石は持続するんだ! これ、もっと持続時間を研究して伸ばしていけば――」


 スーさんは石を俺に渡してきた。そのまま俺の手を握り、大きく息を吸って――



「これ、電気の照明代わりにならないかな!」



 おお。

 それは確かに待望の発見だ。ミツバも目を丸くしている。

 まさかそんなものが作れるとは。凄いぞスーさん。


「まあ、まだ五分も保たないからまだまだなんだけどね。で、これはこれとして、本題なんだけど――」


 スーさんは俺の手を離し、櫛名田のおっさんと俺を交互に眺めた。

 櫛名田のおっさんが励ますようにスーさんに頷く。


「僕さ、こないだ来たカヤの人たちとか、人数が増えていくここの様子を見てて思ったんだけど……」


 少しずつ声が小さくなっていくスーさん。

 やがて意を決したように口を開いた。





「――ギルド、作らない?」






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