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37話 冬の暮らしと集落の形成(上)


 八十日目



「ケースケさん、今ですっ!」


 ミツバの合図と同時に、すばしこく動き回っていた魔物の足元に大きな穴が出現した。

 どうっ、と転がる六本足の大鼠。大型犬ほどもある体が勢いあまって雪面に投げ出された。


「ナイスだミツバ! 喰らえ!」


 宿営地を取り囲む土壁の上、ぎっしりと設けられた胸壁の隙間から、俺は身を乗り出すように眼下の魔物に炎弾を放った。


「あと五匹!」


 堅く圧縮した炎弾が彗星のように尾を引いて鼠の魔物に吸い込まれ、膝まで積もった雪ごとまとめて吹き飛ばす。


 最近、この手の魔物――人面の化け物と同じ赤く光る目を持った、いびつで凶暴な獣――が数多く宿営地にやってくる。

 その都度こうやって、城塞化した土壁の上から撃退しているのだが――


「大技、行きます!」


 イツキが胸壁の上に飛び乗り、輝く剣を鋭く振るった。

 同時に雪に覆われた大地に直径二十メートルはあろうかという竜巻が巻き起こり、轟音と共に残った魔物をまとめて呑み込んでいく。


「うひゃー! 我ながらかっけーっ!」


 小躍りしながら、貪欲にうねる竜巻を惚れ惚れと見上げるイツキ。

 厚さ五メートル、高さ十メートル近いところまで増築された宿営地の外壁、その上に立っている俺たちだが、巨大な竜巻はその俺たちの遥か頭上に荒々しく伸びている。巻き上げられた大量の雪が不可抗力の螺旋を描き、大気を切り裂いていく。


 巻き込まれた魔物がきみもみしながら唐突に正面を通過し、赤い目と一瞬だけ視線があった気がしたが――


「えいっ!」


 ミツバが杖を一閃し、無数のつぶてを飛ばした。

 ショットガンのような礫の群れの追撃を喰らい、悲鳴を上げながらあっという間に暴風の螺旋に呑み込まれて消える魔物。


「ちょ、今のやらなくても大丈夫だったって」


「油断大敵! ……ですよね、ケースケさん?」


 肩下まで伸びた髪を強風になびかせ、ミツバがさっと振り返った。


 整った可愛らしい顔には淡褐色の瞳が生き生きと輝いている。その明るい笑顔には、ひと月ほど前にした大怪我の名残はまるで残っていない。あの時は俺自身かなり取り乱したものだったが、クノと櫛名田のおっさんのお陰でミツバはこうして元気に日々を過ごしている。


「ああ、まあな。イツキもお疲れさん。これで今日は狩りに出れそうだな」


 俺は慎重に眼下の雪原を見渡し、他に何もいないことを確認した。春になったら稲作に挑戦する予定なのだが、今の俺たちの生計を支えているのはやっぱり狩りだ。


 こうやって襲撃してくる魔物の肉は意外と美味しいものもあるけれど、選べるのであれば、安心して食べれる普通の動物の方が好ましい。

 まあ、今日の六本足の大鼠――スーさん流に言うとラージマウス――は、いずれにせよ臭くて食べれたものではないが。


「そうっすね、今日はあの赤目もいないみたいだし」


 胸壁からぴょんと飛び降りたイツキが、剣を鮮やかな手つきで腰の鞘に納めた。すっかりサマになっている。背後では、あんなに激しかった竜巻が嘘のように霧散し、キラキラと舞い散るパウダースノーに混じって魔物の亡骸がバラバラと落下していく。


 イツキがドヤ顔で爽やかに口にした赤目というのは、人面の化け物のことだ。何種類か遭遇しているうちに分かってきたことだが、奴らは今日のようなただ凶暴なだけの魔物とは桁が違う。

 おととい現れた半人半蜘蛛の化け物は危険極まりなくて絶対に接近戦はしたくないし、ミツバの負傷の原因となった人面トカゲは口から強烈な魔法すら放ってきた。

 そんな人面の化け物のことを、魔物とは一線を画する存在として俺たちは赤目と呼んでいるのだ。


 人面といえば、今のところ俺だけが目にしているはずの、あの人面トカゲを屠った時に見た、赤い燐光が消えた後の死に顔――。


 ――あれはまだ誰にも話せていない。


 土壁をここまで頑強にしてもらったのは赤目の魔法対策でもあるのだが、遠距離で仕留めることによって、あれを皆に見せたくないという俺の密かな願望も入っていたりするんだよな。

 折を見て櫛名田のおっさんに相談しようとは思っているのだが――。



「ケースケさん、今日の狩りは私も行ってもいい?」



 胸壁ごしに雪原を眺める俺の隣に並んだミツバが、どこか甘えるように尋ねてきた。


 最近の狩りは落とし穴での罠がメインだ。クノに聞いた時は半信半疑だったが、仕掛けてみるとこれが意外と馬鹿にならない。試しにミツバの土魔法で幾つか作ってもらったところ、二日に一度見回れば大抵は大型の獲物が何頭か落ちている。

 お陰で当面の狩りは俺ともう一人だけで行動すれば充分だ。見回りとメンテナンス、とどめと回収が主な仕事なので人数はいらないということと、この宿営地の守りも必要だからだな。


 宿営地の守りに関して、これだけ立派な外壁があるので門を閉ざしておけば大概の襲撃は問題ない。問題はないのだが、いつぞや遭遇した空を飛ぶ赤目もいる。まあ、そんなのはアキツ達との出会いの時、その一回しか出くわしていないが、危険性を考えると魔法で攻撃できるメンツも常に残しておきたい。

 戦力としては、アヤさんも水球を飛ばせるようになっているので、俺とイツキ、ミツバの四人が中心となる。それにクノの弓矢か。

 クノは最近、櫛名田のおっさんと癒しについて試行錯誤をしていたりと忙しいので、実際に狩りに出るのはたいていは俺とイツキで、たまに俺とミツバという組み合わせになる。


「――そうだな。ちょっと崩れかけてるのもあったし、今日はミツバと行くか」


「やった!」

「よっしゃ、それなら僕はアヤさんのお手伝いをしててイイっすか?」


 妙なところで子供のように喜ぶミツバとイツキ。ミツバは女の子の身でこの雪の中を歩き回るのは大変だと思うし、イツキはイツキで、アヤさんのやっている服作りや料理は俺と同じくらい向いていないと思うんだけどな。


 でもまあ、イツキは最近アヤさんと妙に仲がいい。ミツバの負傷から一時期様子がおかしかったのだが、このところ何かにつけてアヤさんの仕事を手伝うようになって、また元気になってきた。まあ、元気なのはいいことなんだが――。



「あんまりアヤさんの邪魔するなよ? じゃあミツバ、朝メシ食べたら行くか」



「「はいっ」」


 俺は最後にもう一度胸壁の隙間から雪原を見渡し、動くものがないことを確認して土壁から降りる階段へと向かった。




 ◆ ◆ ◆




「はい、どうぞ」

 厨房と化した暖炉の前で、旨そうな匂いが立ち昇る大鍋からクノが深皿に俺の分をよそってくれた。


「お疲れさま。今朝はグレイウルフの雑炊よー」


 クノの隣で、麻布のエプロンをつけたアヤさんがにっこりと微笑んだ。今朝も早くから大人数の食事を作ってくれていたようだ。スタイルの良いその体の後ろで、手伝いのカヤの女の子たちが賑やかにお喋りをしている。


「あー、ケースケさんの方が多いっす! アヤさん、僕のも大盛りにしてください!」


 イツキが子犬のようにアヤさんにまとわりつき、お玉一杯の追加をせしめたようだ。くんくんと雑炊の匂いを嗅ぎ、嬉しそうな顔でアヤさんにお礼を言っている。



「今日はラージマウスが二十匹ぐらい外壁に貼りついてましたよ」

 暖炉から離れ、朝食を手に腰を下ろしながら俺は櫛名田のおっさんに報告を入れた。


 背後ではカヤ族の住人たちが賑やかに食事をしている。

 ここ一か月でまた二十人ぐらい増えた。と言っても、アキツ達が暮らしていた廃村の住民ではない。

 あの廃村に流れていた川の下流にもうひとつ似たようなカヤの開拓村があり、彼らはそこからの避難民だ。やはり魔物に襲われて村が壊滅したらしい。


「魔物が出始めたのは最近らしいですが……この辺りを席巻しつつある、ということでしょうか。嫌な予感がしますね」


 櫛名田のおっさんが深刻な顔つきで朝食の椀の中を覗き込んだ。

 今朝の献立はグレイウルフ――先日襲撃してきた灰色の狼の魔物で、命名はスーさん――の肉入り雑炊だ。味は悪くないが、新たな住民たちの村を襲った魔物でもある。話を聞くと、かなり執拗に追いかけられたようだ。


 ミツバが負傷をした時、そもそもの始まりであった林の中から聞こえた声は、逃げてきた彼らの声だったのだ。


 彼らは村を突然襲ったグレイウルフの群れから命からがら逃げ出し、上流にあると聞いたアキツ達の村に向かったもののそこは既に廃村。戻って魔物の群れと対峙するよりはと更に奥に逃げているうちに、俺たちの宿営地から立ち昇る煙を目にしたらしい。人の営みを明示する、幾筋もの煙だ。

 最後の最後であの人面トカゲに遭遇してしまったが、そこで俺と赤目の化け物の戦いを目撃した。一旦は逃げ出し、ひと晩逡巡したようだが、翌朝自分たちから外壁までやって来たのだ。


「今日はこの後、ミツバと落とし穴を見回ってこようと思っています。昨日おとといと行ってないですからね。大きいのがかかっているといいんですが」


 俺は賑やかなドームの中をざっと見渡した。新しい住人を合わせると全体で五十人を超えているだろうか。

 アキツ達の廃村から引き上げてきた米が大量にあるからまだゆとりがあるものの、この先も安心して暮らしていくには狩りの獲物は欠かせないからな。


 ふと、新しい住人たちのグループに目が止まった。彼らもカヤ族の例に漏れず小柄なのだが、なんと皆が二十歳以上の大人らしい。

 アキツ達の村は若い奴隷が主の開拓村だったが、そういう村ばかりでもないようだ。まあ、大人と言ってもみんな身長は百六十センチもないんだけど。

 ただ、そんな彼らは最近妙に元気がない。元からいるアキツ達に混じって楽しそうに女性陣の仕事を手伝っている者もいるのだが、殆どがうまく溶け込めないでいるようなのだ。


 魔物がうろついている外に戻す訳にもいかないし、ここでの暮らしにうまく馴染んでくれるといいのだが――



「……ケースケさん?」


 ミツバの声に我に返ると、食事を配り終えたアヤさんとクノが席に戻ってきている。


「ああ、すまん考え事をしてた。さあ、冷めないうちに頂こうか」


 ――人数が増えてきたことで食糧事情はもちろん、人が集まることによる微妙な問題も出始めている気がする。それに、櫛名田のおっさんの言うとおり、外の魔物の状況もきな臭い。

 どれも今すぐどうということはないと思うが、問題は山積みだな。


 まあ、まずは出来ることからやっていこう。




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