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32話 冬の到来と忍び寄る影(上)


 五十日目



 この手帳が正しければ、今日であの隕石落下から一ヶ月半以上が経ったことになる。

 途轍もなく長かったようにも感じるし、あっという間だったようにも感じるが、俺たちはまだこの世界で生きている。


 季節は冬になった。

 ここに来た時は秋だったのに、日に日に寒さが増し、今朝起きたらなんと雪が積もっていた。この世界の元々の住人、カヤ族のアキツが言うには、ここの冬は長く厳しいらしい。


 アキツ達の元いた村へはあれから何度も遠征し、未収穫だった米を含めて目ぼしいものはほぼ回収が済んでいる。また、周辺に逃げ散っていた他の奴隷にも会うことが出来、今ではこの宿営地も三十人を超える賑やかな大所帯になった。


 幸いなことに猿人にはあれから出くわしていない。まあ、初遠征の時にあれだけ殲滅したから、この地域にはもうほとんど残っていないとは思うけどな。


 ただ、例の赤目の化け物たちに関しては――



「ケースケさん、また怪しい足跡があったっす」

「こんどは、でっかいトカゲみたいなやつ!」



 真新しい毛皮の防寒着を厳重に着込んだイツキとコチが、ドームに帰ってくるなりそう言ってきた。朝一番で水田計画地の偵察に行ってくれていたのだ。


 そう、襲われてこそいないが、このところあの化け物の類いがこの宿営地の周辺にかなり出没しているようなのだ。

 今朝は雪もあるし何かしらあるだろうとは思っていたが、二日に一度は今回のような明らかに異常な足跡が見つかるし、五日に一度は誰かがそれっぽい姿を目撃している。


「やっぱり、水田のところも外壁で囲った方がいいんですかね?」


 柔らかい炎揺らめく暖炉へ直行するイツキ達をねぎらいつつ、ドームの隅でミツバと真剣な顔で打ち合わせをしていた櫛名田のおっさんに尋ねてみた。



 今、この二人は水田計画の最終打ち合わせをしているところだ。

 この宿営地の人数が増えたことや種籾が手に入ったこともあり、俺たちは、来春から稲作を始めてみることになっているのだ。

 廃村の奥にあった畑からかなりの量の野菜を苗ごと移植したものの、やはり稲作の生産性には敵わない。


 幸か不幸かアキツ達は元々そっち方面の奴隷だったから、基本的な実務ノウハウはある。まあ、整地や水路などの大がかりな土木作業は、ミツバの土魔法であっという間にできてしまうんだけどな。


 ただ、もう少しすると本格的に地面が雪に覆われ、開墾どころではなくなってしまうらしい。どうせならその前に形だけでも、ということで、今朝は櫛名田のおっさんとミツバでその最終打ち合わせをしていたのだ。


「ううーん、予定地の辺りにも足跡ですか……」


 すっかりごま塩の渋い髭面が板についた櫛名田のおっさんが、ミツバの淡褐色の瞳を心配そうに覗き込んだ。


「私なら大丈夫です! この杖もありますし――」

 ポニーテールに結った黒髪を踊らせ、誇らしげにスーさん作の杖を取り出すミツバ。


 黒く艶やかなそれは例の光る石を使ったものであり、形はミツバの強い希望に沿って、俺の両手杖を長さ五十センチぐらいに小型化したものだ。

 女の子なんだからアヤさんのようにお洒落なブレスレット形――それでも問題ないらしく、スーさんの発想力には驚かされる――にしてもらえばいいのに、ミツバはこの形がいいとのこと。


 そんなこの杖を使ってミツバは必死に練習を積み、スーさんのアドバイスどおりに岩を弾丸として飛ばせるようになった。念願の遠征にも何度か同行している。

 また、土の操作も格段に上達し、宿営地を取り囲む外壁は今や高さ五メートルをゆうに超え、百メートル四方をぐるりと囲むまでになった。もはや城壁と言っていい。


 その中にある畑のように、水田予定地もそんな壁で囲ってしまえば、空を飛ぶもの以外は確実に入ってはこれないのだが――


「でも、今回の予定地全体を囲む外壁となると、さすがに……」

 櫛名田のおっさんが口ごもった。



「あ、それならケースケさん手伝ってください! なら絶対大丈夫です。ね、いいでしょ?」



 いや、心配してるのはミツバの魔力切れであって、土魔法を使えない俺が行っても変わらないんだが――


 嬉しそうに笑いかけてくるミツバに押し切られ、俺は肩をすくめた。この笑顔に弱いんだよな。


 まあ今日は狩りにもならないだろうし、この寒空の下で俺だけぬくぬくしてるのも悪い。

 新しい化け物の足跡も気になるから、今日はミツバお姫様の護衛をするか。



「じゃ、アヤさんのところに行って防寒着もらってくる。イツキ、今日の狩りはお休みな。スーさんの手伝いでもしてやってくれ」



 そう言って立ち上がると、ミツバもイツキも歓声を上げた。

 このところスーさんは、廃村から引き上げてきた道具をサンプルに、独りで熱心に製作をしている。たまにはイツキと喋りながらやるのもいいだろう。


 俺はニコニコと見守る櫛名田のおっさんにため息をついてみせ、アヤさんのいるドームに向かって表に出た。




 ◆ ◆ ◆




「うお、寒っ!」


 外に出るなり全身を包んだ尖った冷気に、俺は思わず身震いをした。

 重く垂れ込む曇天の下、身を切るような風が宿営地に並んだ各種ドームの上から雪を巻き上げ、小さな渦を作っている。


 元園芸部のミツバが嬉々として世話をしている自慢の畑も、しっかりと雪をかぶってしまった。まあ、今は冬越しをさせる僅かな種類しか植えられてはいないのだが。


 それにしても、あれからドームもだいぶ増えた。連れ帰ってきたカヤ族の新たな住人用に二つ、倉庫兼作業用に二つ大型のものが作られている。


 アヤさんがいるのはその大型ドームで、特に女性陣の手仕事用に作られた方だ。

 最近アヤさんとクノはカヤの子たちを引き連れ、ここに籠もっていることが多い。


 俺は靴底入りのモカシンで三センチほど積もった粉雪を蹴散らしながら、賑やかなお喋りが漏れ聞こえるそのドームの入り口をくぐった。




「あっ、けーすけサン!」




 ニソルが織りかけの麻布を手に駆け寄ってきた。カヤの子たちはみんな手先が器用なのだが、ニソルは飛び抜けて上手い。


「おお、これはまたキレイに織ってるなー」


 ニソルが手にしている織りかけの麻布は、例によって感心するぐらいに目が均一になっている。


「えへへ、これ、けーすけサンの服にする」


「はは、ありがとさん」

 はにかんだように見上げるニソルを俺はぐいと持ち上げ、肩車して奥に進んだ。




「あー、けーすけサンだー」

「ニソル肩車、ズルいー!」


 広々とした中二階に上がると、暖かい空気と共にカヤの子どもたちが一斉に群がってきた。

 ここは櫛名田のおっさん自慢のオンドル床暖房でいつも暖かく、この時期の手作業にはもってこいの空間だ。


 俺を取り巻くカヤの子たちは総勢二十人以上、最近はみな肉も付いてきて、楽しそうにここでの共同生活を送っている。


 カヤ族は小柄で幼く見えるのでついつい忘れてしまうが、子供たちといっても実はみんな高校生ぐらいの年齢だったりする。まあ、反応とかは子どものようではあるのだが――。


 ようやく覚えた一人ひとりの名前を呼びつつ、ニソルを肩から降ろして皆の相手をしていく。



「あらケースケ君、今日も狩りに行くの?」



 奥でクノと毛皮を縫い合わせていたアヤさんが、カヤの子たちに放り出された機織り機の列の向こうで顔を上げた。


「あー、今日ミツバたちが水田を作る辺りに変な足跡があったらしくって、ちょっとボディガードに」


「あ、それならちょうど良かったです」


 クノがぱっと立ち上がり、小走りで駆け寄ってきた。片側で束ねられた白金色の見事な髪と一緒に、きれいに畳まれた毛皮を胸に抱えている。



「あの、これケースケさんに着てもらおうと作ってて――」



 若干頬を赤らめたクノが、はらりと毛皮を広げた。その見事な出来映えに、周りのカヤの子たちが一斉に歓声を上げる。


 山羊の毛皮だろうか、白を基調とした丈のある防寒着で、艶やかな毛並みは触らなくとも柔らかさが分かる。クノが着ているふかふかの外衣と同じ仕上がりだ。


 俺は促されるままに袖を通し、そのあまりの上質さ、着心地の良さに言葉を失った。ウン十万するデパートの既製品なんて目じゃない。

 軽く動いてみる。しっかりと厚みがあるのに驚くほどに動きやすく、特に腕の動きに全く阻害感がない。


「これからはその色の方が狩りにも便利かなって……。どう、ですか?」


「いやこれ、スゴいぞ。ほら、こんなに滑らかに――」


 投擲の動きをなぞってみせる俺に、クノはぱっと花が咲いたような可憐な微笑みを浮かべた。背後で長い尻尾がくねくねと踊っている。


「あは、それはケースケさんが狩りをやりやすいように……」


「クノちゃん、そこにすっごい時間かけてたんだよー」


 いつの間にかそばに来ていたアヤさんが、うんうんと頷きながら話に入ってきた。

 床暖房で暖かいからか上着は着ておらず、新作と思われる麻布のシャツ一枚をスタイル良く着こなしている。


「ちなみに、ベースデザインは私。どうかな?」


 長い髪をかき上げ、アヤさんはほんわかと笑った。

 どうも何も、これ以上ないぐらいじゃないか。


「ありがとう! 大事に着させてもらうよ!」

 俺は反射的に二人の手を取って大きく上下に振った。


 真っ赤になって幸せそうに微笑むクノとなぜか少し動揺しているようなアヤさん。カヤの子たちは周りで輪になってはしゃぎ始め、妙なお祝いムードになっている。



「そ、それと――」



 アヤさんが俺に握られた手をスルリと引き抜き、珍しく口ごもりながら後ろを振り返った。

「ミ、ミツバちゃんたちのも出来てるから持っていってあげて。イツキ君のはもう本人に渡してあるから」


 そそくさと元いた場所に戻り、毛皮の山を漁りだすアヤさん。なんだかちょっと様子がおかしいが――




 でもまあ、この防寒着は本当にありがたい。


 今のところ狩りが俺たちの生命線だし、冬で獲物が減ることを考えると、俺が外にいる時間はこれまで以上に増えることだろう。


 それに、例の化け物の足跡の件もある。

 今朝ので少なくとも三種類目だ。一度本格的な周辺探索をしてみてもいいかもしれない。




 ……その時の俺は、のん気にそう考えていた。






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