31話 帰還
「ただいまーっ!」
夕焼け空の下、宿営地が見えてくるなりコチが元気よく駆け出した。
あれから俺たちは早々に廃村を後にし、なんとか陽のあるうちに無事帰って来ることができた。
本音を言えばしばらく動きたくないぐらいくたびれていたが、グズグズしていて更に何か出てきたら堪ったものではない。
時間も押していたので、持ち帰る予定だった荷物を半分に減らして強行軍で歩いてきた。
あれ以上の戦いはごめんだったし、新たに加わった十三人のカヤの子たちもいるからな。とにかく無事に帰ってこれて本当に良かった。
「おーい! みんな、来たー! 開けてー」
宿営地をぐるりと取り囲む巨大な土壁の中央、しっかりと封鎖された門の前でコチが飛び跳ねている。
こうして見ると随分と土壁が大きく見えるが、コチが小さいのか。どうやら小人のようなカヤ族の中でも特に小柄のようだ。
カヤ族の新しい面々は賑やかだったお喋りを急に止め、目を丸くして宿営地を見つめている。そんな彼らと見比べても、コチは頭ひとつ小さい。本当に小学生にしか見えない。
「――ケースケさん!」
土壁の上からぴょこんとミツバが顔を出した。内側の階段を駆け上ったのだろうか、随分と早い。
そしてこっちに大きく手を振ったかと思うと、壁の内側に何か大声で言いながら、すぐまた引っ込んでしまった。
「ふふふ、あの元気さ、ミツバさんらしいかも」
隣のクノが、薄い水色の瞳で俺を見上げてクスクスと笑った。
その向こう側で剣を誇らしげに腰に差したイツキもうんうんと頷いている。
「門もしっかり塞いであるし、こっちは何事もなく大丈夫だったみたいっすね」
ミツバはきっとスーさんに門を開けてくれと頼みに行ったのだろう。土魔法チームはまだ門の蝶つがいまで手が回らず、今は毎回スーさんの錬成魔法で塞いでいるのだ。
その門が無傷のまましっかりと塞いである。イツキの言うとおり、確かにこっちは無事に過ごせたようだ。良かった。
俺たちはかなり危なかったが、それに見合うだけの確かな成果が皆の背中に担がれている。
麻袋にパンパンに詰められた何袋もの籾米の他にも、鋤や鍬、石包丁や田下駄といった稲作の道具、精米するのに使う杵と臼なんかも持ち帰ってきた。
さらに、何枚もの麻布と、原始的ながらもその麻布が織れる機織り機もある。
本当はお米をもっと持って帰ってくるつもりだったんだが、ま、仕方ないな――そんな事を思いながらゆっくりと歩いていると。
門として作られた窪みがガラガラと崩れ落ち、土煙を突き破って大小二つの人影が飛び出してきた。
「ケースケさん!」
「ニソル!」
ミツバとヤヒメだった。
後ろにスーさんとアヤさんの姿も見える。ヤヒメに続いて同じカヤの女の子、ウイナとユクも駆け出してきた。
「ヤヒメ!」
「ウイナ! ユク!」
新たに連れてきたカヤの子たちが一斉に駆け出した。
アキツたちが説明はしていた筈だが、実際に顔を見ると違うのだろう。連れてきた十三人の大半を占める女の子が、ヤヒメたちと抱き合って再開を喜んでいる。
「ケースケさん! 良かった!」
息せき切って走ってきたミツバが、俺の手を両手で握った。料理でもしていたのだろうか、後ろで結わえられた髪が可愛らしく揺れている。
「良かった……心配したんですよホントに」
「ミツバちゃん、そこはまずおかえりなさいじゃないの?」
追いついてきたアヤさんが、いつものほんわかとした柔らかい笑顔でミツバの脇に立った。
「みんな怪我もなさそうだし、ほっとしたわ。うふふ、おかえりなさい」
「ただいま、アヤさん。心配かけてすいませんでした。まあ何とか無事に――」
「あ、ずるいアヤさん――ケースケさんおかえりなさい! イツキ君も、クノちゃんも、おかえり!」
そう言ってイツキやクノにも笑いかけるミツバ。
輝くばかりの笑顔で俺たちの帰還を喜んでくれているミツバを見て、なんだか本当に無事帰ってきたという実感が湧いてきた。
それに、こんなに可愛い子にこれだけ喜んでもらえるなんて、なんだかこっちも嬉しくなってくる。
「みんなおかえり! 大成功みたいだねっ」
スーさんが弾んだ声を俺たちに投げかけながら、アキツやニソルの背負っている荷物を受け取っていく。
変わりに持ってあげようということだろう。こういうところ、スーさんて実は結構優しいよな。カヤの子たちからも好かれているようだ。
「あれ、例の村の他の子たち? あは、また賑やかになるねえ」
再開を喜び合う小中学生にしか見えない、小柄なカヤの少女たちを暖かく見守りながらスーさんが言う。
「なんかあの世代の女の子って見ててドキドキするよね……ねえケースケ君、飴ちゃん持ってない?」
飴なんて持ってないが――ん? ちょっと待てスーさん。
今、さらりとヤバいことを口にしてなかったか。
それに飴で気を引こうなんていつの時代の……ああ、こいつらだったら大喜びするか。ニソルやコチに食べさせてやりたい。持ってたら良かったな。
「なあミツバ、ひょっとして飴とか持って――」
うお。
振り返った俺に対する視線が、アヤさんともども氷点下だ。
クノは「あめちゃん?」と品よく首を傾げているが、イツキすらドン引きだ。
いやいやいや。
違う。そうじゃなくて。
「うふふ、分かってるわよー。ちょっとした冗談よ」
絶妙な間を置いてから、アヤさんが妙にどきりとするような艶っぽい目でくすくす笑った。
「どうせケースケ君のことだから、ニソルちゃんにあげようと思ったんでしょ?」
なんだよ。心臓に悪い。
しかしアヤさんには敵わないな。すっかりお見通しで、掌の上で転がされている気がする。
ミツバとイツキはほっとした顔をしているが――おい、まさか真剣に疑ってたのか。
「残念ながら飴はないけど、みんなでご馳走作って待ってたのよ? クノちゃんも今日は何もしなくていいからね」
アヤさんの言葉に、おおお、と盛り上がる一同。いつの間にか戻ってきていたコチが飛び上がってはしゃいでいる。
はは、確かに腹減ったな。
「ええと……何かありましたか?」
一人遅れて歩いてきた櫛名田のおっさんが、突然の盛り上がりにニコニコと合流してきた。
訳を説明し、場が和やかな空気に包まれる。
「そういうことでしたか。さてさてみなさん、お疲れさまでした。ふふふ、結構な収穫のようですね。お、それはもしかして――」
ちらりとイツキが背負っている機織り機に目を遣る。
「――ま、こんなところでいつまでも話していても仕方ないですね。まずは中に入って、アヤさん達が作ってくれたご馳走をいただきましょう」
櫛名田のおっさんのひと声で、俺たちは夕陽の草原の最後の五十メートルを歩き出した。
ご馳走、ご馳走とはしゃぎまわるコチにつられて、新しいカヤの面々も一緒に宿営地に向かって走っていく。
ああ、無事に帰ってきたんだな。
やることは盛り沢山だが――ちらりと眼前にそびえる土壁に目を遣る。
三メートルはあるけれど、猿人の巨体を考えるともう少し高くしたい。それに、魔力切れやイツキの魔法剣についての検証と、全体的な自衛力の底上げ。
持ち帰ってきた道具の吟味と、ああ、新しいカヤ族の面々にも打ち解けてもらわないとな。宿泊用のドームも増築してもらって――
「ケースケさん、なんだか難しい顔してますよ?」
いつの間にか隣を歩いていたミツバが、俺の腕にぶら下がるように覗き込んできた。底抜けに明るい笑顔の、目だけが心配そうに俺を見つめている。
……はは、こりゃいかん。
無事に帰ってきたんだ。今は素直に喜ばなきゃ。
よし。
腕にまとわりつくミツバの手を押さえ、怪力に任せてダンスのようにぐるりと一周回転してみる。
「きゃっ、ケースケさん!」
慌てたミツバの声が可愛くて、思わず声を上げて笑ってしまった。
あはは、たまにはこういうのも悪くない。
ありがとな、ミツバ。




