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27話 廃村にて(上)


 十六日目



 櫛名田のおっさん達に見送られ、今、俺たちは道なき道を慎重に歩いている。

 宿営地付近ではついぞ見かけなかったが、いつ猿人の群れやあの化け物に出くわすかもしれない。イツキには悪いが、彼の探知魔法はずっと全開だ。


 猿人についてクノに聞いたところ、この辺りに何種類か生息する亜人のうち、かなりタチが悪い方の種族らしい。

 言葉を喋らないのは他の亜人と同じだが、知能は高く、その性質は狡猾で残忍。捕らえた獲物をすぐに殺さずに、拉致していたぶり続けることもあるそうだ。


「彼らがこんな所まで進出しているなんて……。お父さまが知ったら、さぞお怒りになるでしょうに」


 クノがその北欧系の可憐な顔を曇らせ、小さく身震いをした。どうやら過去にクノの父、白猿ヤマクイの眷属に手を出したことがあるらしい。

 俺はあの齢数百年の山神さまの迫力を思い出して苦笑いを浮かべた。俺だったら絶対に逆らわないんだがな。


 だが、それだけのことをやる奴らが、ほぼ確実にこの辺りにいる。油断は禁物だ。


「猿人、ヒト食べる。とても怖い」

 カヤの少年、心優しいニソルが足を止め、体を震わせながら俺を見上げてきた。


「大丈夫だよ。ほら見てっ!」


 そんなニソルを見たイツキが、手にしたバスタードソードをひと振りした。覚えたばかりのエアショットの魔法が、すぐ先の藪に突き刺さる。

 派手な音を立てて枝や低木をなぎ倒し、奥に消えていく風の魔法。


「「おお!」」

 アキツとコチの歓声が上がった。あくまでも爽やかにドヤ顔を浮かべるイツキを、二人は尊敬の眼差しで取り囲む。


「いつきサン、すごいセジ持ってる。かっこいい!」

 コチが胸の前で手を握りしめてイツキを見上げた。小学校高学年ぐらいの身長しかないこの子がそれをすると、イツキの弟にしか見えない。これでたしか十六才なんだよな。


「けーすけサンも、偉大なセジある。本当のマレビト」

 ニソルがそれに負けじと、誇らしげに俺を見上げてきた。ギリギリ中学生ぐらいの身長しかないこの子も、たしか同じ十六才だっけ。


 ただ、前にも言われた気がするが、セジって何だか知らないけどな。


「あ、それはマレビトさん達の持つ、大いなる力のことです」


 ニソルの言葉にうんうんと一人頷きながら、一緒になって俺を見上げていたクノがさらりと説明を入れてくれた。

 まるで心を読んだかのようなタイミング……俺、そんなに分かりやすいだろうか。


「私やお父さまが持っているような、この世界の万物に遍く神霊の力を、ヒ、と呼ぶのはこの間話したかと思いますが――」


 そうそう、そんなこと言ってたな。

 俺が素直に頷くと、クノは嬉しそうに微笑んで話を続けた。


「カヤの民は、自らが崇拝するマレビトさん達の持つ大いなる力のことを、セジ、と呼んでいるのです」


 ううーん。平たくいうと魔法のことかな。まあ、びっくりドッキリの出鱈目な力ではある。だからといって、崇拝とかなんとかは勘弁してほしいけどな。




 ◆ ◆ ◆




「けーすけサン、村、たぶんこの先」


 先ほどから妙に落ちつかず、きょろきょろと辺りを見回していたアキツが、俺の隣に来てささやいた。


 いよいよか。


 俺は即座に手を挙げて全体の歩みを止め、目についた茂みの影に誘導した。音を立てないように手振りで指示をし、イツキに目配せをする。あらかじめ決めておいたとおりだ。


 いつになく真剣な顔で頷いたイツキが、大きく息を吸いながらギュッと目をつぶった。まずはこの位置から最大限の探知魔法で探ってもらいつつ、少しずつ接近していくのだ。村は、どうなっているのだろうか。



 そのまま十秒、二十秒と無言の時が流れていく――。



 俺は息を止めていたことに気がつき、ゆっくりと呼吸を戻しながらイツキを見つめ、ただひたすら待つ。


 やがてイツキは小声で話し始めた。


「この先、二百……二百五十メートルぐらい先で林が終わって……川の音……その先は広い空間で……これ、村かな。で…………何かいる!」


 イツキが洩らした喘ぎに、全員がビクリと体を動かした。


「うわ、なんだこれ……四つ足、でもあの化け物じゃない……呼吸の位置が低い……デカい犬? そんなのが何体もウロウロと……」


 そこまで報告をしたイツキは、ふう、とひと息ついて目を開いた。


「……どうします? あれ、犬にしちゃデカいっす。村でそんなの飼ってたりした?」


 イツキの視線に、一斉に首を横に振るカヤの少年三人。雰囲気に呑まれたのかみんな顔を真っ青にして、三人固まって震えている。


「もうちょっと近づいてみよう。嫌な展開だが、まだ何とも言えない。こっちに気がついている様子はなかったんだよな?」


「はい。川を挟んで向こう側だったし、よっぽどの音を出さなきゃ平気かも」



 イツキの言葉に後押しされた俺たちは、それでも息を殺して慎重に前進し、無事に川の手前まで進むことができた。これ以上はさすがに危険だろう。


 全員で姿勢を低く保ち、少しだけ散開してそれぞれ茂みの影からそろそろと覗く。



「な、何ですかあの狼……」



 クノが隣で驚きの喘ぎを洩らした。

 視線の先、粗末な竪穴式住居が散らばる集落の中には、数頭の獣が悠然と歩き回っていた。


 アレ、狼、なのか?

 焦げたような茶色の毛並みの中に、ビール瓶を陽に透かしたような褐色の縞があり、いかにも俊敏そうな足運びをしている。


 が、その体格は、狼というより虎。一メートルはゆうにありそうな体高に、太く強靭な四肢。


 そして、握りこぶしほどもある巨大な牙を堂々と晒し、凶悪さを感じさせる顔には――



 あの化け物と同じ、暗く赤い燐光を放つ目が浮かんでいた。



 ……出やがった。

 ただの狼じゃないのは確かだ。


 隣を見ると、クノがその美しい白金の髪ごとガタガタと震えている。広い見識を持つ付喪神の娘が、だ。


 これはヤバい。

 撤収しよう――と、思ったその時。



「ケースケさん、後ろから何か来るっ!」

 恐慌状態のイツキがにじり寄ってきた。



 目を限界まで見開き、わななく手で背後、俺たちが来た方向を指差している。


「あと五十メートル、地面付近で鼻をクンクンいわせながら――ッ! 匂い、追ってきてるのかも!」


 くそ、なんだそれ!

 このままじゃマズい。落ち着け、俺。


「イツキ、後ろは何匹だ?」

「え? ええと……たぶん五匹!」


 くそ、一、二匹だったらイチかバチかここで不意打ちって手もあったんだが、五匹か!

 ダメだ危険すぎる。

 なら、村にいる奴らに気付かれるのを覚悟の上で――


 俺は村の手前に流れる川に視線を向けた。

 川幅は約十メートル、浅瀬がメイン。河原はそこそこ広い。よし!


「みんなこっちに来い!」

 ひと声叫んで走り出す。


 途中、腰を抜かしてガクガクと震えていたニソルを抱え上げ、川沿いに上流めがけて草地を疾駆する。

 他は――よし、みんな来てる。


 後ろには早くも、村にいたのと同じ狼もどきが林から抜け出してきている。


「あそこまで行け! 振り返るな!」

 俺は走りながらイツキにニソルを預け、しばらく先の大岩を指差して叫んだ。


 あそこなら村からの距離もあり、川幅も広い。村にいた奴らを迎え撃つには悪くない場所だ。


 後は――。

 俺は背中の両手杖を抜き放ち、一人足を緩めた。みんなあっという間に俺を抜き去っていく。




 さあ、くそったれどもめ。




 俺は振り返りざまに、両手杖から火炎放射器のごとく炎を撒き散らした。十メートルは伸びた火炎が大きな円を描いていく。


 先頭の狼もどきが鼻を焼かれ、悲鳴を上げてもんどり打った。もうそんなに近づいていたのか。

 俺はすかさず両手杖を持ち替え、先端から炎の球を打ち出した。発動が早い。さすがスーさん、この杖最高だ――瞬時に飛び去る灼熱の球が、転げ回る狼もどきを炎に包む。


 まずは一匹。


 残りの狼もどき達は混乱しながらも見事に足を止め、俺を囲んできた。巨大な牙を剥き出しにし、獰猛な唸り声を上げている。


 さあ、かかってこい、化け物め。


 俺は盛大な炎の魔法を両手杖に流し込み、発動はさせずに留めた。杖が唸り、まばゆい輝きを放っていく――炎の魔法剣だ。


 一斉に飛びかかってくる狼もどきを左に飛んで躱し、手近な一匹の腹を純白に輝く光の杖で下から殴る。重い手応えの一瞬後に、背中が激しく火を噴いた。断末魔を上げて転がっていく巨大な狼。


 なるほど、生き物相手だとこうなるのか。


 そのまま杖を持ち替え、今度は上から次の一匹めがけて振り下ろす。重い手応え、地面に向けて爆散する獣。


 と、次の一匹は俊敏に右後ろから回り込んできた。振り下ろした状態の杖をすかさず後ろにスライドさせ、反対側の端で突きを放つ。

 咄嗟の一撃は綺麗に相手の胸に突き刺さり、その背中から炎が天高く吹き上がった。


 残るは一匹――


 振り返った俺の視界を、一本の矢が鋭く横切った。トス、という軽い音を立て、最後の一匹の暗く光る赤い目に突き刺さった。


 クノだった。

 一人ぽつんと河原に立ち、白金の髪をなびかせながら、真っ青な顔で射終わった後の弓を激しく震わせている。


 目に矢が突き立った狼の化け物が、土煙を上げてドサリと倒れた。



「クノ?」



 クノの背後では、イツキたちがようやく指示した大岩に到着したところだ。

 クノ、あんなに怯えていたのに、加勢に戻ってきてくれたのか?


「クノちゃーーん!」

 イツキが慌てたように両腕をブンブン振り回している。その指し示す先には――




 村にいた狼もどきが十数匹、一斉に川めがけて駆け下りてきていた。




 そしてその先には、一人ぽつんと立ち尽くすクノが――。




 俺は全力で地面を蹴った。




「ケースケさんっ!」

 間に合った。

 胸に飛び込んでくるクノを右腕に抱え、俺は半身になって狼の化け物の群れと対峙した。


 奴らは浅瀬を物ともせずに飛び込み、水飛沫を上げて駆け寄ってくる。


 この化け物どもめ。

 俺がなんでここを選んだか――


 俺は両手杖を左手で掲げ、無数の炎の球を作り出した。


 スーさんが徹夜で作ってくれた両手杖は、瞬く間に辺りを埋め尽くす量の炎の球を生み出してくれる。スーさん、あんた最高の生産職だ。


 周囲の気温が一気に上昇し、クノが俺の胸で驚きの声を洩らした。ようやく状況に気づいたようだ。


 ああ、心配しなくていい。

 だってな――




 ――喰らえ。




 無数の灼熱の球を、渡河の最中の狼もどきの群れをめがけて次々に放っていく。


 轟音と共に続く連続爆発。

 河原の石は次々と弾け飛び、猛烈な炎が吹き荒れる暴風と化して、群れがいた一帯を覆い尽くしていく――






 全ての炎弾を撃ち尽くした俺は、討ち漏らしがないか慎重に目を配っていった。

 炎が消えた後には、動くものは何一つ残っていない。大丈夫だったようだ。


 悲鳴を上げてしがみついていたクノが、俺の胸から顔を上げ、恐るおそる周囲を見回している。




 先ほどの気違いじみた炎はきれいさっぱり、跡形もなく消えている。あんな激しい爆発があったなんて信じられないくらいだ。


 だが、川からは濛々と水蒸気が立ち昇り、地形も若干変わってしまっている気がする。


 自分でやった事ながらも、しばしクノと二人、あまりの魔法の威力に茫然と立ち尽くすのだった。




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