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24話 おっさんの実力

 狩りから戻った俺は、とりあえず獲物の猪を中庭の隅に置いてクノたちに任せ、しきりとまとわりつくミツバに手を引かれながら奥の作業現場に向かった。


「ああケースケ君、お帰りなさい。狩りはどうでしたか?」

 難しい顔で腕組みをしていた櫛名田のおっさんが、腕を解いて歩み寄ってきた。


「ああ、アキツ達が大物を追ってきてくれて――」

 俺は返事をしつつも、思わず奥の光景に目を奪われた。


 まず、昨夜まで寝泊まりをしていた、かまくら形のドームがひと回り大きくなっている。

 そして、その上にカブト虫のツノのような突起がついていて、スーさんがそこにしがみついて何やら作業をしているのだ。


「冬が近いらしいですからね、シェルター化と併せて煙突を取り付けようかと」


 櫛名田のおっさんが難しい表情に戻って解説してくれた。ひと回り大きく見えたのは、単純に外壁を厚くした結果のようだ。そう言いながも、その目は心配そうに高所で作業をするスーさんを見つめている。


「オッケー、できた! あ、ケースケ君、おかえ――うわあ!」

 と、俺に気づいたスーさんがお約束のようにバランスを崩し、出来たばかりの煙突に激しく抱きついた。


 ……どうやら大丈夫だったらしい。おっかなびっくりドームから降りてくるスーさん。

 櫛名田のおっさんはじっと煙突を見ていたが、無事に戻ってきたスーさんに悪戯っぽく握手を求めた。


「お疲れさま、スーさん。それと――」

 煙突を振り返り、にっこりと笑う。

「強度を心配していたのですが、その試験にもなりました。大丈夫そうですね」


「えええー! ひどい、ひどいよ櫛名田さん!」

 大げさに抗議をするスーさんに、ミツバがクスクスと笑いだした。

「確かに櫛名田さん、ひどいです」


「だよねえミツバちゃん――て、ミツバちゃんも笑ってるよ!?」


「あはは、だって煙突につかまった時のスーさんの顔! 今思うとすっごい必死でしたよ? あの顔でしがみついて壊れないなら……あははー」



 ――まあ、建築班も楽しくやっているようだ。


 それに、彼らの成果も素晴らしい。

 周囲を見回すと、まず目に入ってくるのは、この宿営地をぐるりと取り囲む土壁だ。

 小川を跨ぎつつ全体の直径は五十メートルにもおよび、壁の高さは三メートル近いのではないだろうか。空を飛ぶ化け物以外はこれでシャットアウトできる。

 夜は門を塞ぐことで、不寝番からも解放された。外から見たら、ちょっとした砦に見えてしまうぐらいだ。


 そして、今しがたシェルター化と煙突取り付けが終わったという寝泊まり用のドームが一棟。

 以前は男女別の二棟だったのだが、安全面と今後の暖房効率を考え、先日から内部に部屋を持つ大型ドーム一棟となっている。


 その他、肉や毛皮の貯蔵用ドーム――寝泊まり用と一緒だと生臭くて嫌らしい――、お風呂のドーム、男女別のトイレと立ち並び、まるで映画の基地を見ている気分になってくる。


 全てミツバの土魔法とスーさんの錬成魔法の共同作品なのだが、一番の功労者は建築の指導をした櫛名田のおっさんだろう。さすがは大工からの叩き上げ、小さいながらも工務店を経営している建築のプロだ。

 話を聞くと、どれもシンプルながらも、細かい配慮や構造上の工夫が行き届いていることに感心してしまう。


 櫛名田のおっさん曰く、スーさんの錬成魔法が便利すぎるらしい。一度固めた物を一部だけ「戻し」て細工をしたり、違うパーツを溶接のように内部から一体化させたりできるそうだ。

 現代建築を根本からひっくり返すほどの魔法らしいんだが、櫛名田のおっさんがいなければ、俺たちだけでは半分も活用できないだろう。


 きっとリフォームした寝泊まりドームも凝ってるんだろうな。この後のお披露目が楽しみだ。

 ああ、その前にあの猪の解体かな。あれは大仕事だ。こっちはひと段落みたいだから、みんなで行くか。




 ◆ ◆ ◆




 それから皆で解体をし、改装したドームのお披露目を兼ね、少し早めの夕食にすることになった。


 今回の解体は大物だったので、毛皮の鞣しも含めて全員総出の大作業だ。クノの祈りをすると不思議と忌避感がなくなるのはアヤさんやミツバも同じようで、解体の前後や食事前にみんなでするのが習慣になっている。


 カヤの子供たちも一緒になって大騒ぎしながら第一段階の当日分の処置を終え、皆で恒例の祈りを捧げた後はいよいよドームのお披露目だ。

 煙突がついた、つまり中で火を焚けるようになったこともあって、今日の夕食は実験がてら室内調理をしてみるらしい。これで天候の心配も少なくなって冬も快適ってことだな。櫛名田のおっさんは天才だ。




「うおお、すっげー! 暖炉っス!」

 フライングでドームに駆け込んでいったイツキが叫び声を上げた。


「あああ! まだダメだよー!」

 スーさんがドタドタと追いかけて行くが、

「ロフトがあるー! かっけー!」

 イツキの更なる叫びで足を止め、がっくりと肩を落とした。


 隣でクスクス笑っているミツバによると、どうやら今回はスーさんが華麗にお披露目する方針だったらしい。


「まあまあ、びっくりポイントはまだありますから」

 櫛名田のおっさんがスーさんを慰めている。

「まずは暖炉に火を入れて、うまく燃えるかテストしましょう」



 新装ドームの中に入った俺は、内部のあまりの変わりっぷりに言葉を失った。一棟にまとめて大型化した結果、元々が直径十メートル、高さが三メートルほどのガランとした空間だった筈が――


 風除室を抜けた先、正面に大きな暖炉があるのはイツキの叫びで分かっていたが、その後ろ、ドームの奥三分の二が暖炉の上端から続く分厚い床で上下に分割されていたのだ。


 その床の上、中二階とでも呼ぶべき空間はイツキがロフトと叫んでいたものだろう。中央の壁で左右に分割されている。

 暖炉の脇から床の下を覗くと、奥は地面が掘り下げられ、充分な高さが確保された半地下の空間となっていた。


「ああ、そこは食料品の――生臭くない食料品の、貯蔵庫的なイメージですね」


 俺の視線に気づいた櫛名田のおっさんが解説してくれた。

「ご覧のとおり半地下ですので、気温も涼しめに保たれると期待しています」


「――上は寝る部屋だよ!」


 スーさんが説明役を取られまいと必死に割り込んできた。

 うん、それはなんとなく分かってた。左右の分けは男女の分けでしょ。


 ただ、無情に突っ込むのはためらわれ、端に取り付けられた階段から何も言わずに中二階に上がってみた。


 地面から一メートルほど上がった床に実際に立ってみると、なんとも言えない高揚感がある。他のみんなは大はしゃぎで、イツキとコチなんかは階段を使わずに何度も飛び降りてはまた登ってきている。おいおい怪我するなよ?


 ふと視線を上げると、吹き抜けになっている入り口側、風除室の上に明かり採りのスリットが横に何本も走っていた。


「あれ、私がデザインしたんです!」

 ずっと隣にいたミツバが嬉しそうに言う。

「雨とか風とかが入ってこないように、外にかわいい屋根がついてるの」


「おお、大したもんだ。よく考えたな」


 思ったまま口にすると、ミツバは弾けるような笑みで小さくガッツポーズをした。この子、こういうとこが堪らなくかわいいよな。




「さ、ケースケ君、暖炉に火をお願いします」


 俺がミツバにほっこりしていると、笑顔の櫛名田のおっさんに促されてしまった。

 そうだった、それをやるって言ってたっけ。慌てて一階に戻るミツバと俺。


「初めは小さく火をつけてみてください」


 俺は言われるがまま、暖炉の中に積まれていた小枝にガスバーナーの魔法で着火をした。パチパチと小気味よく、普段どおりに燃え上がる。


「では――」

 櫛名田のおっさんが、その火の上にいきなり太い薪を乗せた。

「あ、ケースケ君は何もしちゃ駄目ですよ」


 え? さすがにそれはまだ燃えないだろ?

 意味が分からず見守っていると、やはり薪が太すぎるのだろう、なかなか火が燃え上がらずに燻り始めてしまった。


「……よし。まあまあですね」

 もうもうと上がり始めた煙を眺めていた櫛名田のおっさんが、しばらくして満足そうにつぶやいた。


「はい、ありがとうございます。もう景気よく燃やしちゃってください」


 俺はもう訳が分からず、言われるがままに火を操り、盛大に炎を立ち上げた。どんどん薪をくべていく櫛名田のおっさん。


「はは、狐につままれたような顔をしてますね。実は今のは――」


 櫛名田のおっさんによると、煙突の引込ドラフトの実験だったようだ。暖炉の煙突というのは設計が難しいらしく、充分に煙を引き込まないとよく燃えない上に室内が煙で大変なことになるとのこと。


 が、逆に引き込みが強すぎると、煙と一緒に室内の暖かい空気も勢いよく持っていってしまい、代わりに外の冷たい空気が家のどこかの隙間から入ってきて、焚けば焚くほどうすら寒くなる欠陥暖炉になってしまうそうで――正直なところ良く分からなかったが、櫛名田のおっさんは満足そうだし、上手く出来たんだと思う。


 なんというか、プロって凄い、と改めておっさんに感心した一幕だった。




 ◆ ◆ ◆




 その後、暖炉の火でつつがなく料理を行い、テンションが上がりっぱなしの皆で大盛り上がりの食事をした。


 いつもミツバの反対側で俺についてくるクノが妙に静かだと思ったら、新装ドームのあまりの出来映えに度肝を抜かれてしまっていたらしい。


「マレビトのみなさんは凄いといつも思っていましたが……」


 聞けば俺たちに会うまでは、草で葺かれた円錐形の小屋ぐらいしか見たことがなかったようだ。竪穴式住居みたいなものだろうか。白猿ヤマクイの群れも寝ぐらといえば洞窟か木の上だったようだし。

 そりゃこんな建築物を見ればびっくりするよな。


 そしてそのクノは、食後に更に驚くことになる。


 櫛名田のおっさんの目配せを受けたスーさんが、もったいをつけて皆を二階にもう一度案内をしたのだ。


「さあ皆さん、なんということでしょー、床に触ってみてくださーい!」


 笑いが堪えきれない様子のスーさん。

 ミツバもにこにこ、櫛名田のおっさんもにこにこ笑っている。



 何だよ?

 ――って、これ!



「何これ、あったかいです!」

 スーさんに促されるまま、素直に一番最初に床に触れたクノが驚きの叫びを上げた。


「え、床暖房になってる!」

 アヤさんがぺたんと床にしゃがみ込んだ。カヤの子供たちは意味が分からないながらも、じんわりと温かい床に喜び、しきりと撫でまわしている。


「ふふふ、折角の煙の熱ですからね、床下を通してオンドル風にしてみました」


 満面の笑みの櫛名田のおっさん。ミツバもスーさんもしてやったりという笑顔を浮かべている。

 どうやら、暖炉の煙突を中二階の床に通し、煙の熱で床暖房を狙ったらしい。


 どおりで暖炉の真上に煙突がない訳だよ。妙な違和感はあったんだが、これはやられた。



「ハイタッチ、する?」


 コチが覚えたばかりのハイタッチを建築チーム三人にせがみ、さらに場は和やかに盛り上がるのだった。




櫛名田のおっさん無双回でした(^^)

暖炉の煙突の話は本当ですが、オンドルは実際は温まるまでにもっと時間がかかります。一度温まればしばらく暖かいんですけどね。


次話はプロットに戻ります。


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