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21話 決意

「――ほら、こっちに火も熾してあるわ。遠慮なく火にあたってもいいのよ?」

 アヤさんに優しく声をかけられながら、カヤの若者たちがおずおずと野営地に入ってきた。


 カヤの人々はやはり小さく、雰囲気は大人びているものの一番大きい子でも百四十センチぐらいしかない。この世界のヒトは俺たちと姿がちょっと異なる――そんなクノの話が今さらのように思い出された。


 彼らが着ている麻のようなもので編んだ粗末な服はボロボロで、目には怯えの色が強く浮かんでいる。姿かたちはともかく、俺たちと同じ人間であることに間違いはなさそうだ。



「今、お肉を火にかけたところですよ。焼けたら食べていいですからね」

 櫛名田のおっさんが、人当たりの良い笑顔で彼らを焚き火のそばに迎え入れる。


 後ろにいた女の子――たぶん、転んでた子だと思う――が俺に気付いてビクリと体を強張らせ、隣の男の子――転んだ子に真っ先に手を伸ばした子かな――がその子を庇うように体を前に入れた。


「ほら、大丈夫よ。お腹減ってるんでしょ? たくさんあるからいっぱい食べてね」

「そうですよ、ほらほら、もっと火のそばに入ってください」

 ミツバとクノが柔らかく急き立てるように促し、ようやくカヤの子たちは焚き火の周りに移動してくれた。


 俺はせっせと肉を火にかけ、盛大に焼いているところだ。隣ではミツバとスーさん作の鍋がくつくつ音を立て始めている。中身はいわゆる男料理だ。俺と櫛名田のおっさんで食材を大量に突っ込んでしまったが、まあいいだろう。また獲ればいいだけの話だ。


 焼ける肉の香ばしい匂いか鍋の湯気のふくよかな薫りか分からないが、いつの間にかカヤの子たちの視線は俺の手元にくぎ付けになっている。

 顔を上げるとニコニコと俺を見守るミツバと目が合った。アヤさんとクノは珍しいものでも見るような目で俺を見ている。

 悪かったな。どうせ俺は普段料理なんてしませんよ。


「ほら、好きなの食え」

 少しぶっきらぼうになった俺の言葉に、カヤの子たちがわっと群がった。


 夢中で肉を頬張るその脇で、クノとアヤさんが手際よく鍋を小皿に取り分けている。小皿ももちろんミツバとスーさんからなる土魔法チームの作品だ。他にも小皿と一緒に配っているスプーンとか、肉を焼いている串なんかもそうだ。意外と細かいところでお世話になっている。


 しかし、カヤの子たちはよっぽど腹が減っていたようだ。スプーンの使い方をミツバに教わり――初めは手で食べようとしていた――、肉を食べ尽くして鍋まで完食しようかという勢いだ。

 結構な量があったはずだ。ここまで食べてくれたら作ったこっちとしても嬉しくなってくる。なんともカワイイ奴らかもしれない。


 途切れ途切れながらも交わす会話で、彼らの境遇も少し分かってきた。

 住んでいた村をあの化け物に襲われ、どうにかこうにかここまで逃げて来たらしい。ようやく振り切ったと思ったところにさっきの新手が現れ、そこに俺たちが――ということのようだ。

 リーダーっぽい男の子がアキツ、転んだ女の子とそれを助けた男の子は、それぞれヤヒメとニソルという名前らしい。


「はい、じゃあ次はお風呂に入りましょう」

 アヤさんが手を叩き、食べ終わって少し余裕が出てきたカヤの子たちの注目を集めた。

 お風呂って何?――という顔をしている彼らを引き連れ、宿泊用ドームの後ろに作られた我らが土魔法チームの傑作、露天風呂へと移動する。腹が膨れ、会話を交わしたお陰か、彼らの怯えは消え去り、今や好奇心の方が先に立っているようだ。


「うーん、ちょっとお湯が減っちゃってるわねー」

 アヤさんがもう手慣れた水の魔法を発動させ、浴槽の脇に作られた湯がめに特大の水球を落とした。カヤの子たちが大きくどよめく。

 続いて俺が、湯がめごと炎の魔法で盛大に炙り、一気に湯温を上げていく――こちらも手慣れたものだ。結局これまでの旅でも毎日やっていたからな。


 しかし、これがカヤの子たちに大混乱を巻き起こした。

 振り返るとガタガタと震えている者、泣き出す者、土下座している者とほぼ錯乱状態だ。

 騒ぎを聞きつけたクノが飛び込んできて、何ごとか短く叫んだ――。


 ……神とか、マレビトとかの単語が混じっていたように思う。


 正直、やらかした。

 クノや白猿ヤマクイから俺たちの特別さを聞いてはいた。あの化け物に対して使った火の魔法、あれに対する怯えぶりも充分承知していた。だが、ご飯を食べさせ、会話を交わして少し打ち解けてきた様子に、俺は思いっきり油断をしてしまっていた。

 必死になだめるクノの背中を、俺は忸怩たる思いで見守った。


 しばらくしてようやく場が落ち着き、カヤの子たちの中でもリーダー格のアキツが仲間から押し出されるように俺の前にやってきた。震える口調で俺に言う。


「お前、偉大なセジを持つ。俺たち、従う」


 再び土下座をするアキツ。他の子たちもわらわらとそれに従っていく。


 うお、そう来るか――俺が思わず視線を泳がすと、クノが祈るような眼差しで俺を見ている。

 セジが何だか知らないが、ここで失敗するわけにはいかない。だが、どうするのが正解なのか――。


 呆然と彼らを見詰める俺の目に、土下座するニソルの姿勢が他と違うのが映った。足を庇っている。転んだヤヒメを助けようとした時に負ったものだろうか、結構な怪我をしているようだ。そんな素振りは全く見せなかったというのに――。

 その光景に胸がぎゅんと締め付けられ、俺はクノに近づき耳元でささやいた。クノは頷き、腰にぶら下げていた袋から俺の要求したものを手渡してくれた。


「痛かっただろ――」

 俺はニソルに歩み寄って、そっと体を起こして足を伸ばさせた。ひどい怪我だ。

 傷口を刺激しないよう慎重に血を拭い、クノにもらった薬草をやさしく貼り付ける。

「もう安心していい。俺が……俺たちマレビトが守ってやる。よく頑張ったな」


 俺は自分の口にした言葉に若干の驚きを覚えた。だが同時に、俺の中に残っていたふわふわした気持ちが、カチリ、と音を立てて定まった気がした。


 みんなの顔を見る――アヤさんとミツバはウンウンと大きく頷いており、スーさんとイツキは短い頷きを、櫛名田のおっさんは包み込むような笑顔を浮かべている。そして何より、クノは賞賛の眼差しを送ってくれていた。


 そうだよな。

 俺たちが歴史のミッシングリンクになってやるとか馬鹿なことを考えた時期もあったが、そんな大それたことはどうでもいい。櫛名田のおっさんを始めとした仲間たちと生き延びることはもちろんだが、目の前のこいつらもどうにかしてやりたい。それだけで大ごとだし、俺にはそれで充分すぎる目標だ。


 薬草を貼ってやったニソルが、あたかも神に出会ったような顔で俺を見ている。

 いや、彼にとってはそれが真実なのか。おいおい。


 そして、そんなニソルの頭を、ヤヒメ――転んだ女の子――がなんとか下げさせようと後ろから必死にぐいぐいと押している。




「そんなこと、いいから」

 俺はヤヒメの手をそっと押し止めた。

「まあその、なんだ。……お風呂でも入っておいで」


 微妙に恥ずかしさが込み上げてきた俺は、そう言ってその場を逃げ出した。






『セジ』(wikipedia「琉球神道」より抜粋)

琉球にはセジという言葉がある。

仲原善忠『おもろ新釈』によればセジは霊力を意味し、セジが剣につけば霊剣に、石につけば霊石となり、門、港、舟、社、城等にもつき、人についた場合は超人となると述べている。

セジすなわち霊力とは「人間としては不可能なことを成し得る能力」を指し、人間は自己の欲するものを顕現してくれるセジを期待するのが至極当然であるからして、琉球における神とは「人間に善をもたらすセジの顕現者」と言う観念に傾斜していくことになるだろう。

(以上、抜粋終了)


本作の概念に近いものなので、少々強引ですが取り入れてみました。

本当に、少々強引ですが(汗

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