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20話 戦いと解放

 待ち構える俺の前、川の向こうに、襤褸ぼろをまとった人に近い何かが複数、転がるように逃げ出てきた。


 なんだアレ――


 いや、人といえば人だろう。そして、子供といえば子供だ。ただ、違和感がひどい。

 必死に逃げ惑う恐怖に歪んだその顔は明らかに高校生ぐらいの若者の雰囲気を持っているのに対し、体は小学校高学年か良くて中学生程度の身長しかない。

 筋肉がついて成熟しつつある身体のバランスはミツバや隣にいるイツキと同じもの。

 しかし、一緒に並べば全員が二人の胸や肩までしかないのではないだろうか。


「きゃあッ!」


 俺が唖然として見守っていると、最後尾を駆けていた女の子が地面に足を取られた。


「ヤヒメ!」

 寄り添うように脇を駆けていた男の子がすかさず手を伸ばす。日本語の発音だ。

 しかし、女の子がつんのめった勢いは殺せず、二人はもつれるように地面に転がった。


「ニソル! ヤヒメ!」

 前を走っていたもう一人の男の子が振り返り、足を止める――が、顔を絶望に染めてその場にへなへなと腰を落とした。



 視線を辿ると、禍々しい化け物が林の中からその姿を現したところだった。


 暗く赤い燐光を放つ二つの目、獣の四肢に猿の上半身を持つ化け物。

 背中には蝙蝠のような黒い皮膜を持った翼を持ち、下半身は猪ではなく灰白色の狼のような逞しい何か。


 その化け物が、死人の顔に薄笑いを浮かべ、悠然と小人たちに歩み寄っていく。



 ――クソが!

 俺は右手の両手杖を思いっきり背後に回し、助走をつけて力の限り投擲した。


 俺たちが出くわした化け物とは違うが、同じような存在だ。俺が投げた両手杖が唸りを上げ、いまいましい化け物目がけて一直線に飛んでいく。


 どうだ!?


 しかし、化け物は予想外の動きをした。

 背中の黒い皮翼を広げ、ふわりと宙に飛び上がったのだ。


 二メートルはあるその翼をゆったりと羽ばたかせ、悠々と空中を近づいてくる化け物。小人たちは置き去りだ。その奥で、林の木に突き刺さった俺の両手杖が力なく揺れている。


 化け物が俺と目を合わせ、勝ち誇ったような雄叫びをあげた。

 あまりのおぞましさに俺の背中が総毛立ち、口中に嫌な味が広がる。


 くそ、馬鹿にしやがって!

 俺はひとつ息を吸って、魔法でファイアーボールを作り出した。


 一個を二個、二個を四個、四個を八個と倍倍に増やし、瞬く間に辺りを埋め尽くす。いつだったか試した自己流メテオだ。

 周囲の気温が一気に上昇して空気が暴れるが、化け物はしっかりと視界に収めている。


 喰らえ。


 千を超える灼熱の球を、川の真上にいる化け物目がけて次々に放っていく。


 轟音と共に繰り返される爆発。

 川面は真っ赤に染まり、猛烈な熱気が暴風となって断続的に押し寄せてくる。


 化け物が驚くべき瞬発力で初めの数発を躱すのを見たが、その後は当たっているはずだ。それでも俺は、ある限りの炎獄の凶器を全て叩き込む――





 無数のファイアーボールを撃ち終わり、周囲の騒乱が収まって煙が晴れるのに少し時間がかかった。

 ひたすら長く感じたが、時間としては十秒もかかっていないうちに全弾を撃ち込んだはずだ。


 やがて煙も晴れ、周囲に静寂が戻った。わずかに鼓膜に耳鳴りが残っているだけで、川は何事もなかったように滔々と流れている。


 川の真上、化け物がいたあたりには何も残っていない。逃げた形跡もない。

 慎重に周囲を見回し、自分の魔法の威力に今さら茫然としつつも、俺はいつしか強張っていた肩の力を抜いた。




「す、すっげー……。ケースケさん、メチャクチャ格好よかったです!」

 イツキがいやにキラキラした目で俺の腕を掴んできた。

「あ、ああ。確かに凄かったな」


「ちょっと! 何があったの? すっごい音が――」

 イツキからさりげなく後ずさりしているところに、ドームに避難してもらっていたアヤさんが息せき切って駆けつけてきた。ミツバやスーさんも続いている。


「ケースケ君、今のまさかあのメテオ!? こないだとは全然別物の音がしたけど、いつの間にレベルアップさせたのさ? も一回やって――」

「ケースケさん! あの、怪我はないですか――」


 混乱しているみんなに簡単な説明をし、俺は可及的速やかに川向こうの小人たちに話題を移した。


 彼らは今や全員が精根が尽き果てたように寄り添って固まり、怯えが混じったような目でこちらを窺っている。


「で、クノ、あの子たちってひょっとして、例のカヤ族だったりするか?」

 カヤ族、俺たちが目指して旅をしてきた農耕の民だ。

 俺の視線を辿り、こくりと頷くクノ。

「そうですね、カヤの若者のようですが……でもなんでこんなところに?」


 そうか、やっぱりカヤ族か。日本語っぽい発音をしていたからそんな気はしてた。しかし、あれが若者だって?


「あー、あの化け物から逃げてたっぽいです。化け物自体はケースケさんが吹っ飛ばしちゃいましたけど」

 未だに魔法の興奮から冷めやらぬイツキがクノの疑問に答え、賞賛の眼差しで俺にニカッと笑いかけた。


「ねえ、あの子たち怪我してるわよ。手当てとかしてあげちゃダメかな?」


 アヤさんの言葉に皆が頷いた。確かにひどい有り様をしていて、小柄な体も相まって無性に庇護欲が駆り立てられる。

 早速歩き出そうとした俺を、クノが申し訳なさそうに引き止めた。


「あの、さっきの魔法を使ったのはケースケさんですよね。そのケースケさんがここでいきなり行くのはちょっと……。皆さんのようなマレビトはこの世界ではとても特別というか、なんていうか――」


「――畏怖の対象、ですからね」


 遅れて合流してきた櫛名田のおっさんが、言い辛そうに言葉を選ぶクノの後を苦笑いしながら引き取った。慌てて服を着てきたようで、珍しくワイシャツの第一ボタンが外れたままになっている。


「そうです。しかもあの威力の魔法を目の当たりにしていますから、最悪、怯えて逃げ出してしまうかもしれません」

 クノがそう言いながら心配そうな目で俺の顔を覗き込んでくる。


 そうか、自分も猿神ヤマクイの縁者として散々寂しい思いをしてきたって言ってたからな。優しい子だ。


「うーん、ケースケ君。ここは女性陣に任せて、我々男性は向こうでご飯の準備でもしていましょう」


 胃袋を掴んでしまえばこっちのものですよ――と耳元でイタズラっ子のような笑みを浮かべる櫛名田のおっさんに連れられ、俺たち男子チームは焚き火の前に戻っていった。



 ◆ ◆ ◆



「で、ファイアーボールがシュバババって行って、ドガガガーンってなったんスよー」

「うわあ見たかった! あの化け物が跡形もないんでしょ? ロマンだよね!」


 俺と櫛名田のおっさんが焚き火の脇で料理の準備を始める中、イツキとスーさんはずっとさっきの魔法について語り続けている。


「それで魔法を撃ってる間のケースケさんのポーズがメチャクチャ格好よくって、こんな風にして――」

「おおお! それってもしかして――」

「そうそう、そうなんスよ! それで――」


 俺はひっそりとため息をついた。

 櫛名田のおっさんが無言で励ますように肩を叩いてくれ、俺たちは二人の話には加わらず、粛々と食材を用意していった。



「まあ、今回は相手がちょうど川の上に浮かんでたから」

 クノのナイフで無心に肉を切り分けていると、頭の中のイメージがそんな言葉になってぼそりとこぼれた。


「でも、こんな森ばかりのところでは滅多に使えない、と」

 誰かの声が続きを告げた。


 顔を上げると、櫛名田のおっさんがにっこりと笑っていた。

 ……今回の魔法のことを考えているのがバレバレだったらしい。さすがおっさん、良き理解者といったところか。


「まあ、我々にとって、あの化け物を確実に倒せる手段をひとつ確保している、ということは大きな安心材料ですよ。それにこの魔法というもの、かなり柔軟なようですから、皆さんならそのうちもっと汎用的なものを編み出せるんじゃないでしょうか」


 皆さんなら、か――。

 俺はチラリとスーさんとイツキに目を遣った。


 二人は何やら決め台詞を叫びつつ、ノリノリで大仰なポーズを披露しあっている。


「……うん、その魔法を使うのは出来れば俺以外の人でお願いしたいです」

「奇遇ですね、ちょうど私も同じことを思いました」


 櫛名田のおっさんと俺は静かに微笑み合い、それはやがて声を押し殺した笑いに発展していった。妙なツボに入り、二人してどうにも止まらない。



「……はあ。アヤさん達が戻ってきましたね。出迎えるとしましょうか」

 櫛名田のおっさんが涙を拭って立ち上がった。

 ふう。俺は手早く肉を火にかけ、櫛名田のおっさんの後に続いた。






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