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18話 旅支度


 四日目



「ねえクノちゃん。出来たら、なんだけど――」

 この日の朝一番、朝食を無理やり飲み込んだアヤさんが、若干涙目になりつつ口を開いた。


 朝食の内容は昨日の鹿肉。

 クノの勧めに従い、昨日のうちに食べない分を、野営地の脇で見つけた湧水の流れに漬けておいたのだ。

 流水にひと晩晒された肉からはすっかり生臭さが抜け、また違う味になっていたが、朝から肉食は女性陣には厳しかったかもしれない。ミツバは文句も言わず食べていたが、朝に弱いっぽいアヤさんはほとんど手をつけていなかった。


「……朝からお肉はちょっと豪華でしたね」

 櫛名田のおっさんが微笑んだ。まあ自分はしっかり完食している。


 年を取れば脂っぽいものが苦手になると聞くが、おっさんは大丈夫なようだ。贅沢を言える状況ではない、ということを理解しているだけかもしれないが。



 これから俺たちは、クノの助けを借り、一日かけて旅の準備を進める予定だ。


 目指すカヤ族の村はここから西に半月ほど歩いた先にある。今の俺たちは着の身着のまま、ほぼ手ぶらの状態。

 クノ先生によると、基本は現地調達しながらの移動になるけれど、事前に用意しておいた方が良いものがいくつかあるとのこと。


 しかし、移動に半月も歩くなんて――まあ、多くは言うまい。文明社会は便利だった、ということだ。


 ま、これから目指すカヤ族は農耕の民、うまく交渉できれば食事環境は改善できる筈だ。

 クノによると、大型の獲物の肉や皮を持って行けば喜んで穀物や野菜と交換してくれるという。



「あ、いや、ご飯じゃなくて――」


 アヤさんが、とんでもない、というように手をひらひら振り、少し恥ずかしそうにクノを見た。


「あんまりワガママは言いたくないんだけど……。あのね、服とかってどうにかなる? さすがにこれだけじゃ……」

 そう言って自分のブラウスの胸元を、つ、と摘まんだ。


 よくある企業の制服である。どう考えてもこんなサバイバル生活には向いていない。純白のブラウスはいかにも薄く、耐久性などないに等しい。それにもう四日目、さすがに着替えも欲しいところだろう。


 そう言う俺もスーツだ。膝は無残にも破れ、ワイシャツの袖は汚れが目立つ。

 我ながらひどい格好だと思う。朝一番で顔と手は洗っているものの、着替えたいし風呂にも入りたい。


 周りを見ると、櫛名田のおっさんもスーツで、イツキとミツバはそれぞれの学校の制服。スーさんだけはトレーナーにジーンズというラフで耐久性も高そうな服装だが、汚れているのはみんな一緒だ。



 だがスーさん……


 あんまりアヤさんの胸元を凝視するのはやめた方がいいぞ。少し恥ずかしそうにチラ見するイツキを見習え。

 まあ、確かに結構な膨らみがそこにはあるんだけれども。



「みなさんの服のようなものはないですけど……コレで良かったら作れますよ?」


 男性陣の動揺をよそに、クノがアヤさんに向かって遠慮気味に自分の服をさらりと撫でた。

 亜麻色の毛皮が巧みに組み合わされたそれは、俺たちの世界で買えば数十万円はするのではないだろうか。

 ふかふかとした柔かな毛並みがクノの指の動きにすんなりと従い、極上の触り心地がこちらにも伝わってくる。


「ホント!?」

 アヤさんだけでなくミツバも揃って歓声を上げた。


「あ、でも時間はかかります。私のはお父さま直伝の霊力を使ったちょっと特別な作り方なので……材料もないし、すぐは無理です。ごめんなさい」


「いいよ気にしないで。ワガママ言ってるのは私だし、逆にこっちこそごめんなさい。それに、うふふ、そのもふもふの為ならもうちょっと我慢できるかも」

 アヤさんが女性同士特有の気安さでイタズラっぽく微笑んだ。


 年上の女の人のこういう顔はちょっとズルいよな。ミツバはミツバで生真面目な顔でこくこくと頷いている。


「あとそれと、ケースケ君とスーさんにもお願いがあるんだけど」


 いきなりアヤさんの矛先がこちらに向かってきた。今度はクノのもふもふを締まらない顔で眺めていたスーさんが、慌てて背筋を伸ばしているのが横目に映る。


「昨夜あれから女の子同士で話していたんだけど……お風呂って作れるかな?」

 体を乗り出し、僅かに首を傾げてアヤさんは言う。


「ミツバちゃんが土で形を作って、スーさんがそれを固めて、私が水を出してケースケ君が沸かす、みたいな」


 ほっそりした腕で小さな身振りを交えて説明するアヤさんに、ミツバがこくこくと頷いている。


「そんな感じで、私とミツバちゃんの部分は大丈夫だと思うんだけど、男の子チームはどうかな?」 


 ああ、それは俺も少し考えていた。問題は俺の炎の魔法でどうやって沸かすかなんだが――。


 しかし、俺が口を開くより前に、スーさんが何かを見つけた迎撃ミサイルのように喋り始めた。



「お、お風呂! こんな大自然の中でキャッキャウフフと……うはは、夢がひろがりんぐだね! やろう、ぜひやろうすぐやろう」



 お、おいスーさん……。問題は夢とかじゃなくてだな……。


「大丈夫! 水を溜めた浴槽にさ、昨日のケースケ君のメテオをダダダって撃てば一瞬だよ! みんな普通はファイヤーボールでやるんだから」


 スーさんが止まらない。これはきちんと説明しないといけないか。


「なあスーさん、俺のあの魔法、炎の核の部分が結構脆いんだよ。ひょっとしたら水面に当たった衝撃だけで砕けて、そしたら周りに火が飛び散ると思う。ちょっと危ないって。でも、かといって着火の魔法だと時間がかかり過ぎるし――」



「なら、こういうのはどうですか?」

 それまでニコニコと俺たちを見守っていた櫛名田のおっさんが口を開いた。


「イメージとしてはドラム缶風呂、ですね。このお肉を焼いていた炉の上にドラム缶のような浴槽を乗せて、下でどんどん火を焚く感じでどうでしょう?」


 器用に枝で地面に絵を描いていく櫛名田のおっさん。上手いもんだ。


「まあそれだと出入りするのが大変なので、炉と浴槽の形は別途考えるとして。問題は、浴槽の底をある程度薄くしないとなかなかお湯が沸かないというところですが――」


「それなら任せて! 昨夜僕ね、錬成の魔法をいろいろ試したんだ。ミツバちゃんに手伝ってもらえれば、きっといいのが出来ると思うよ!」

 スーさんが胸を張って言う。


 鼻息が荒いのは自信の表れか、それともダダ漏れの欲望がゆえか。


 でも事実だけを見れば、スーさんは寝る間を惜しんで自分の能力を研究し、それがさっそく役に立っている、ということになる。

 今ひとつ素直に賞賛できない気もするが、頼りになる仲間なんだろう。




 まあそんなこんなで朝のひと時は過ぎ、俺たちは手分けをして旅の準備に取り掛かった。


 スーさんとミツバは風呂作り。やっぱりみんな入りたいからな。


 風呂が出来たら、昨夜スーさんが試していた武器を作ってくれるらしい。槍とか斧とか、いろいろ構想はあるようだ。

 狩りにも使えるし、身を守るのに武器はぜひ持っておきたい。あの化け物だけでなく、やはり熊とか狼とかもいるらしいし。



 俺とイツキは狩り。


 将来的な交易も含め服作りその他で毛皮が大量に欲しいのと、やはり肉。すぐに食べきれない分はクノが燻製にしてくれるらしい。

 とりあえずは昨日と同じ、力任せの方法で挑んでみることになった。


 そして残りの三人はクノの指導の下、細々とした道具を製作する担当だ。


 まずは草をベースにした紐作りをしつつ、食べられる野草を集めてくるとのこと。ああ見えて櫛名田のおっさんは野草に詳しいらしく、その話を聞いて妙に嬉しそうだった。

 なんでも山登りにハマっていた時期があって、その時に野草の楽しさを覚えたんだとか。

 あとは元が大工だけあって、細かい道具作りにも腕が鳴ると言っていた。


 で、ある程度の紐が出来たら、その一部を使ってクノが荷物を運ぶ背負いかごを作ってくれるとのこと。

 それと本当は火打石や火口、熾き火を運ぶ器も必需品らしいが、これは俺の火の魔法があるので割愛。余裕があったら簡単な弓の製作もお願いしておいた。



 まあ、どう考えてもクノ班が一番大変なので、他の班は終わり次第合流することを約束し、それぞれの作業に取り掛かった。


 俺たち狩り班のノルマは鹿一頭。おそらく昼には帰って来れると踏んでいる。午後はそれを捌いて燻製にしつつ、毛皮をなめすクノ先生の授業が待っている。


 夕方の風呂を楽しみに、ひとつ頑張るとしますか。




 ◆ ◆ ◆




 そして夕方、俺は期待どおり風呂に入ることができた。

 今日一日、みんな本当に良く働いたと思う。


 俺たちは無事に鹿を一頭仕留め、なんとか皮のなめしまで進めることができた。

 本当はなんとかという名の草の汁に漬けたり伸ばしたり、場合によっては噛んだりと、かなりの工程が必要になるらしいんだが、白猿ヤマクイ直伝の特殊な工法のお陰で噛むのは免れた。

 流水で洗っているとはいえ、生の毛皮をクチャクチャ噛んでほぐすのは流石に勘弁だったからな。


 今は干してあって、あと何回か洗って乾かしてを繰り返しせば完成らしい。



 その他、弓までは作れなかったものの、細々とした目標のものは概ね準備することができた。

 先生と呼ばれて少し照れくさそうなクノの指導の下、みんながうまく協力して良く頑張った結果だと思う。



 何より素晴らしいのが、スーさんとミツバの力作、俺が今入っているこの風呂だ。


 湧水の流れの脇に目隠しの壁と一緒に作られたこの一人用の風呂は、シンプルながらも洗い場まで備え、ドラム缶風呂の範疇を超えた仕上がりだ。


 持って行けないのが残念だと口にしたら、一度作ってしまえば比較的楽に再現が可能とのこと。

 お湯を沸かすのに時間と手間はかかるが、明日からの移動の中でも余裕があれば積極的に作っていきたい。これはみんなも同感だろう。




 ああ、しかし風呂はいいな。四日ぶり、か。



 スーさんが一人用の風呂と知った途端になにやら元気がなくなった、とミツバが言っていたが、そんなことはないだろ。


 しかし、明日からは移動だ。いろいろと準備はしたつもりだが――そんなに楽な行程ではないだろうな。


 何か足りないものはないだろうか。クノがいるとはいえ、俺たちでなんとかなるだろうか。

 無事に向こうの村に辿りつけるといいが――。



 ま、今になって考えていてもしょうがない。

 今日はゆっくり休んで、明日に備えよう。



 さ、次はイツキが風呂に入る番だ。

 さっさとあがって、交代してあげるとするか。




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