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16話 ミッシングリンク

 クノから聞いたマレビトの話は、俺たちに大きな衝撃を与えていた。約一名、スーさんは違う衝撃を頭に受けて悶絶していたが。


「それはそうと、明日からはどういう方向で動きましょうか」


 しばらく沈黙が続いた後、櫛名田のおっさんがいつもの柔らかい顔に戻ってそう切り出した。


 ああ、確かにそれは考えておかないといけない。

 今日一日で、狩りに成功し、野営ドームも製作しと、随分と前進したからな。次のステップを考えないといけない。

 さあスーさん、そろそろ目を覚ましてくれ。




 ◆ ◆ ◆




「じゃあ、そのカヤ族の村を目指すってことでいいか?」

 俺はそう言って皆の顔を見渡した。


 カヤ族とは、例の日本語を話すという農耕の民の名だ。近年急速に西から広がってきているらしいが、一番近い村でもここから西に半月ほど歩いた先だという。


「やっぱり、お野菜とかお米とか食べたいものね」

 アヤさんがほんわかとした微笑みを浮かべながら、うんうんと何度も頷く。

「それに、日本語が通じるっていうのも魅力的よね。ちょっと遠いのが難点だけど」


 そう、クノによれば、半月も歩かなくてももっと近くにヒトの集落はあるらしい。

 例えば、北の山を越えた先にあるというクノの母親が住んでいたという村。

 若しくは、南に大きく下ると千年樹というまた別の付喪神の領域があって、そこにもまたひとつヒトの集落があるらしい。


 ただ、どちらも住んでいるのはコシという昔からこの地に存在している狩猟系の民族で、そこでは俺たちの言葉は通じない。


「そうですね、今日のイツキ君の話を聞いていると、私達、狩りの獲物には困らないで済みそうですし――」

 ニコニコと笑いながらそう話しだしたのは櫛名田のおっさん。狩りの獲物に困らないという部分に、我らが師匠、クノ先生がかわいらしく頷いている。

 いやいや、あれは邪道だろ。……でも、結果的には良いのか?


「――それなら、その獲物を野菜や穀物と交換できる、農耕系の部族と繋がりを持った方があとあと良さそうですね。クノさんには申し訳ないですが――」


「お母さまが住んでいた村のことなら気にしないでください」

 クノがびっくりしたように言った。

「それよりお父さまと縁が薄い、新しいカヤ族の村に行く方が、私としても気が楽というか……」


 あ、そうか。

 この子、山神ヤマクイの使いと崇められて嫌な思いをしてきたんだっけ。それなら尚更――


「じゃ、カヤ族で決まりだな」

 俺は少し強引に割り込んだ。



 その後は、移動自体のことに話が移っていった。いきなり半月もの旅になるわけだが、俺たちは手ぶらに近い。準備はした方がいいだろう。


「ううーん、みなさんなら、大抵は現地調達でどうとでもなると思いますが」

 俺たちの顔を見回し、くすりと笑うクノ。

 いや、その妙な信頼はどうかと思うぞ。


「――前もって用意できれば良いものとか、いくつかはありますけど」


「よし、明日はまずその用意をするか。それから出発ということで。またいろいろと教えてくれな、クノ先生」


「はい!」

 クノの天真爛漫な返事に、イツキはもちろん、スーさんやアヤさん、櫛名田のおっさんまでが微笑んでいる。まあ、可愛いのは事実か。


 それから皆で、何が必要か、何が用意できるかを和気あいあいと話し合っていった。TVのサバイバル番組のノリだな、これは。


 しかし、農耕の民とか、狩猟の民とか、付喪神とか。


 どんな世界だよ。

 聞けばTVで観るどこかの原住民のような、ほとんど原始時代に近い生活をしているらしい。

 いや、近いというか、原始時代そのまま。縄文時代とか弥生時代とか、おそらくそんなレベルだ。


 そこに俺たちが入って行く。


 クノ曰く、俺たちは神、もしくはそれに近い存在として迎えられる可能性が高いらしい。

 ヒト族の伝承ではマレビトは特別な神、自分たちの祖であり偉大なる技術を授けてくれた伝説上の存在とのこと。

 あの喋る猿の神と同格以上とか、どんな冗談だって。


 でも、付喪の存在さえなければ、俺たちの世界の弥生時代と変わらないんだよな。


 狩猟をメインにしていた縄文文化の島国に、海を越えて西から稲作の弥生文化が流入していく――縄文人を土着のコシ族、弥生人を西からのカヤ族とすれば、ほぼそのまんまだ。

 そんな時代背景なら、あの神々しさ満載の白猿ヤマクイを神と崇めるのも当然かもしれない。


 で、クノは神の使いと。

 尻尾さえなければ普通の人として生活できたんだろうに――



「あ、あの、そんなに見ないでください」



 気がつくと、クノがはにかむように尻尾を腰のくびれに巻き付け、両腕でそれを覆い隠していた。

 みんなの話の輪に加わらずに独り思考を彷徨わせていたら、ピコピコと揺れるクノの真っ白な尻尾に視線をずっと載せたままだったらしい。


「ケースケ君の視線て、意外とえっちよね?」

 アヤさんがニヤニヤ笑いながら髪をかき上げた。


 おいおい、俺は尻尾をぼんやり眺めていただけだぞ? それとも、尻尾ってそんなに見てはいけないものなのか?


 こらミツバ、そんなにショックを受けたような、裏切られたような目で俺を見るな。この空気はどうすればいいんだ?


「……クノちゃんの尻尾ってキレイだよね。自由に動かせるの?」


 イツキがナイスなフォローを入れてくれた。

 話を大きく動かさずに少しだけ方向を変える、年に似合わぬ高等テクニックだ。ただ単にクノと話したいだけかもしれないが、男子チームも結束が固まってきたということにしておこう。すかさず櫛名田のおっさんも乗っかってくれた。

「それだけ動かせるのなら結構便利そうですねえ」


 クノは皆の注目に頬を赤らめながらも少しだけ尻尾を解き、胸の前でくねくねと可愛らしく動かしてくれた。

「えと……軽いものなら持ったりも出来――」


「ね、ねえ。さ、触ってもいいかな?」


 思わぬ伏兵が鼻息も荒くクノににじり寄って行く。

 おいスーさん、あんたなんて事を。

 今このタイミングでそう来るか。せっかくの流れが……。


 あ、スーさんの目がクノの尻尾にロックオンしたままイッちゃってる。幼女を連れ去る不審者の目だ。お巡りさんこの人です。


「オトコってこれだからもう。そのもふもふは女の子だけのものなのよ、ね?」

 アヤさんはスーさんを非難するかと思いきや、手をわきわきさせながらクノににじり寄って行く。


 なんだこのカオスな飲み会のような流れは。アヤさんってこんなキャラだったのか?


 女性陣は俺たちを置き去りにしてひとしきりきゃーきゃーと騒ぎ、そのまま女性用のドームに流れて行った。ミツバが最後にぺこりとおやすみなさいーって、もう寝るらしい――は?




「なんだかなあ」

「ま、いいんじゃないですか?」

 茫然と女性陣を見送った俺に、櫛名田のおっさんが微笑んだ。


「あんなに暗かった状況が一気に改善しましたからね。久しぶりにお腹も膨れましたし、彼女たちなりの発散ですよ」


「……そういうもんですかねえ」


「そういうもんです。それに、緊張してたのかあれだけ縮こまっていたクノさんもなんだかんだで楽しそうでしたし、これで溶け込んでくれるのではないでしょうか」


 私たちにとっても良いことですよ、櫛名田のおっさんはそう言って薪を一本、下火になりつつあった炉に放り込んだ。


 私たち、か――俺は即座に煙を上げる薪を眺めながら、更にもう一本薪を炉に投げ込んだ。


 クノの話によると、日本語を話すカヤ族にしても俺たちとは姿が少し異なるらしい。

 俺たちはあくまで俺たち、この世界風に言うと「マレビト」なんだろうな。


 そう考えると俺たち――俺、櫛名田のおっさん、イツキ、スーさん、アヤさん、ミツバ――この六人は文字どおりの希少な同胞だ。

 クノも特異な存在という意味では仲間だろう。


 そうだな、やっぱりチームだ。気持ちのいい、良いメンバーじゃないか。役割分担もしっかりできている。

 このままこのチームで力を合わせ、生きていこう。まずは――


「ふふ、ケースケ君、なんか嬉しそうですね」

 視線を上げると、櫛名田のおっさんが何とも優しい笑顔で俺を見ていた。


「はは、なんか少しずつですけどなんとかなりそうな気もしてきて。ま、まだまだこれからなんですけどね」


 そう、今日でまる三日間を生き延びたんだよな。これまで何人死んでいったことか。まだまだ状況に流されているだけだけど、なんか、徐々にここでやっていける道筋が見えてきた気がするんだ。

 まあ、そうは言っても、気を緩めるつもりは全くないが。




 しばらくして、櫛名田のおっさんとイツキはもう寝るという。

 スーさんは炉の脇で何やら土をこねくり始めている。ああ、不寝番か。そんな話をしていたっけ。

 なら、俺もとっとと手記を書いてしまおう――手帳はどこだ?



 ……三日目の今日もいろいろあったけど、この手帳にはまだ空白の頁がたくさんある。

 これからどんなことがここに書かれていくんだろうな。面白おかしいことをたくさん書いていきたいものだ。


 ま、それにはこれからも生き延びてくのが前提か。

 やってやるさ。

 魔法なんてとんでもないものを使えるようにもなっているし、クノという頼りになる先生もいる。


 しかし、魔法と言えば、マレビト、だよな。


 俺たちはこの世界ではマレビトという括りらしいが、クノの話を聞いていろいろ考えさせられてしまった。


 マレビト――。


 俺たちと同じ、突然訳も分からずこの世界に現れた人たち。

 毛のない猿までしかいなかったこの世界にヒトを生み出し、その発展に関わってきた人たち。


 元の世界の人類進化論では、猿と人との中間の存在が見つからずに「ミッシングリンク」なんて言葉があったけどさ。


 ミッシングリンク――猿から人へと繋ぐ、進化の空白。


 この世界だと、俺たちマレビトがそのミッシングリンクに該当しているのではないだろうか。


 今はまだこの世界のヒトの生活レベルは縄文時代と変わらない。姿かたちも俺たちマレビトとちょっとだけ異なるという。

 だけど、俺たちのひとつ前のマレビトは稲作の技術をこの世界で再構築し、ヒトの暮らしを弥生レベルに持ち上げる流れを作った。


 ならばこの先、俺たちも積極的に関わっていったりすると、遠い将来、この世界の「ヒト」は俺たちの世界の「人」と同じようになれるのだろうか。


 俺たちが知るような進んだ文明をいつか築ける程に繁栄できるのだろうか。


 もしそうなれば――。


 遥かな未来、この世界の考古学者が俺たちマレビトのことをミッシングリンクと呼んで首を捻っているのかもしれないな。はは。



 ――でも、それは、俺たち異邦人が名も知らぬこの世界であがいた証。


 悠久の時の中で俺たちが歴史の闇に埋もれてしまっていたとしても――それが、俺たちマレビトが生きた証。



 はは、やってやろうじゃないか。

 ただ生きるだけじゃない。もうひとつ目標が出来ちまった。





 ふと見上げればそこには満天の星空。それは俺たちが暮らしていた元々の世界と何ら変わることはない。







 ―  第一部 了  ―






本話で第一部は終了、幕間を一話挟んで、第二部へと移ります。


2015.6.14

頂いたみなさまのアドバイスを元に、ここまでの部分を大幅に改稿し、また題名を「ミッシングリンク ~とある転移者たちの奮闘記~」に改めました。

(詳しくは活動報告をご覧ください) 


また、改稿に際し、譜楽士さまから頂いたアドバイスは本当に為になりました。この場を借りて厚くお礼を申し上げます。

なお、その譜楽士さまが連載している『川連二高吹奏楽部~ここがハーレムだと、いつから錯覚していた?』は私のイチオシの青春小説です。宜しければぜひ読んでみてください。学生時代に部活の経験がある方、特にオススメです。

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