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12話 錬成魔法

「僕のことはこれから、さすらいの錬金術士って呼んでっ! 生産職、キタコレーーーー」


 スーさんのマシンガントークに一同がぽかんと口を開けていると、櫛名田のおっさんが興味津々といった顔で土壁だったものに手を伸ばした。


 俺もつられて触ってみると、明らかに材質が変わっている。反り立つ土の塊りだったものが、まるで素焼きの瓦のように平坦で硬いものになっている。

 試しに中指の甲で叩いてみると、スーさんの時と同様、コンコンと硬く乾いた音が帰ってきた。


「ほ、ほう……いや、これは良いものになりましたね」

 櫛名田のおっさんが壁を撫でながら感嘆の声を漏らした。

「レンガというか、素焼き陶器の方が近いかな……これが自由に操れれば色々な物が作れますね」


「おおおー、よっしゃ、さすらいの錬金術士なめんな! ミツバちゃん、これは言ってみればボクたちの共同作業……の成果……?」


 自分で口にした言葉で急に恥ずかしくなったのか、それまで絶好調だったスーさんは頬を紅潮させ、オロオロとミツバから視線を逸らした。

 対するミツバは展開に理解が追い付いていないのだろう、若干引き気味の表情で固まっている。


「ええと、整理すると、ミツバが魔法で土を操ることができて、スーさんはそれを変質させることができた、そんなところで合ってる?」


 俺の要約に、スーさんが救われたかのように飛びついてきた。

「さすがケースケ君、そ、そのとおりだよっ! ミツバちゃんが土魔法でベースを作ってくれれば、ボクがそれを錬成できるってことなんだ。お皿とか武器とか、いろいろ作れちゃうってことだよ!」


「えと、その……私がさっきので形を作れば、スーさんが固めてくれるってことですか? じゃあ、例えば――」


 ミツバは再び地面に手をつき、集中を始めた。今回は五十センチ四方ぐらいの地面がうねり、背の低い植木鉢のようなものが現れた。

 実に不思議な光景だが、出てきたものは全体的に少し歪んでおり、縁の厚さも不揃いになってしまっている。


「――うう~ん、イメージと違う……小さいものは難しい、かも……」


「何事も初めは練習だし、まずは無理に薄くしなくてもいいんじゃないか?」

 どうやらお皿を作りたかったらしく痛々しいほど一生懸命に集中を続けるミツバに、俺が軽い口調でフォローを入れた。スーさんも凄い勢いで頷いている。


「そうそう、そうだよ。それに、例えばなんだけど、途中途中でギュッて圧縮しながらやってみるとか」


「これはこれで、私が作る水を受け止めるのにちょうどいい形じゃないかなー」


「うふふ、皆さん優しいですね。ちょっと嬉しいかも……でも、もっと練習はしなきゃですね!」

 俺とスーさん、そしてアヤさんの言葉を受けてミツバは素直に整った顔を上げ、元気の詰まった淡褐色の瞳を再び輝かせた。


「そ、それじゃ、ちょっと固めてみようか」


 急にまた動きがぎこちなくなったスーさんがミツバからお皿もどきを受け取り、ひと呼吸おいて仁王立ちして頭上に掲げた。


「大地に遍くノームよ、その大いなる力を我に示せ!」


 ええと、スーさん、さっきはそんなコト言わずにやってなかったか――俺の内心のツッコミにはお構いなしで、周囲には再びオゾン臭が立ち込め、スーさんの手には素焼きのように固まったお皿が残った。

 先程と同じ仕上がり、魔法としては成功だ。


 俺を含め他のみんなには必要なさそうだが、スーさんにとってはポーズやら詠唱やらが補助的な何かになっているのかもしれない。

 人それぞれだな。ツッコまないでおこう。


 ともあれ、ミツバが懸命に作った形そのままに、しっかりと固まったお皿ができている。アヤさんが早速水を満たしているが、お皿は水をしっかりと受け止め、あたかも水を張った洗面器のようだ。これは使えるだろう。


「ふむ、どうやらホンモノのようですね。これは色々と期待できそうです」


 櫛名田のおっさんが無精髭の生えた顎をさすった。アヤさんや俺だけでなく、ミツバとスーさんまでが自然に魔法を再現しているのを見て、徐々に魔法というものを受け入れ始めてきているのだろうか。目の奥から少しだけ魔法に対する警戒の色が薄れた気がする。


「ミツバさんとスーさん、お二人には、その魔……魔法で、作ってほしいものが山ほどあります」


 櫛名田のおっさんがどこか照れくさそうに言葉を継いだ。軽く首を振って続ける。


「この後、食べ物に目処が立ってからですが――良い場所を見つけて、仮住まいを作ってみませんか? お二人に手伝って貰えれば、しっかりとした建築物が作れそうです。最終的には、器や鍋などなど細かいものも是非欲しいところです――大変ですが、お願いできますか?」


「はい!」

 胸を張ったミツバとスーさんが声を揃えた。


「アヤさんはこれまでどおりお水と、出来れば料理の担当もお願いするとして――」


 そこで櫛名田のおっさんが少し間を置き、アヤさんの頷きを確認――料理が苦手という訳ではなさそうだ――した後、次いで意味ありげに俺に視線を寄越した。


 そうか、さすがおっさんだな。


 今のミツバとスーさんの魔法で、俺たち個々の大体の方向性が見えたからな。複数の人が効率的に動くには役割分担が必要、ここでサラリと自然にその流れを作ってくるか。

 なんとも社会経験が豊富なことで。若しくは、聞いたことがない工務店ながらも流石は社長さんってところか。


 でもな、ちょっと方向修正させてもらう。俺はすかさず後の言葉を引き取った。


「俺とイツキで外回り――情報収集と食糧調達――ですよね? 任してください」


「あは、さすがケースケ君だね。私も入って三人で頑張ろう」

 そう来ると思ったよ。率先して自分も動いてみせるタイプだもんな。

 だけど、今回はそこまでしなくてもいいと思うんだ。


「いやいや、櫛名田さんは家作りの監督をお願いします。確か、家を作る関係のお仕事をされてるんですよね?」


 初めの自己紹介でそんな事を言ってたからな。一介の大工から始めて自分の工務店を立ち上げた、とかなんとか、もう死んでしまった年配の男性と話してたのも思い出してるんだ。


「……ケースケ君には敵いませんね。確かにその方面の知識はあります……ただ、実際はミツバさんとスーさんの魔法で作ることになるので、結局私一人だけ楽してしまうような――」


「そんなことはないですよ。私たち素人が適当に作って、寝ている間に倒れてきました、じゃ洒落になりませんし。適材適所です」


「……そうですか。そこまで言ってくれるなら、引き受けましょう」


 よし、ここで更にもうひと押し。 


「ありがとうございます。そして、もし余裕があるのなら――」

 俺はそこで一旦言葉を切り、少し表情を改めて櫛名田のおっさんを見詰めた。

「――全体の調整役みたいなことをお願いしてもいいですか? 僕たち若造の取りまとめ役というか――みんなの意見をバランスよくまとめたり、進むべき方向の舵取りをしてもらったり、個人個人の相談に乗ってもらったり――そんな感じなんですが?」


 あんたがやらないで誰がそれをやるって言うんだよ。まあ、こんなことわざわざ言わなくても、なんとなくそんな雰囲気だったけどな。ここはちょっとそれを形にさせてもらうってことで。


 櫛名田のおっさんは少し吃驚した顔をしたものの、やれやれと肩をすくめた。


「今のままでもケースケ君を中心に充分まとまっていると思いますが……まあ、年寄りを立ててくれる気持ちはありがたく受け取っておきましょう」


 よし、これでこの訳が分からない世界を生き延びる、チームとしての形が整った。


 結構いいチームなんじゃないだろうか。


 櫛名田のおっさんがソフトなまとめ役で――俺はとんがり過ぎてるからな。やったとしてサブリーダーぐらいが精一杯だ――、肉体派の俺とイツキが危険もありそうな外回りをして、残る女性陣二人とスーさんで内勤的な部分をしてくれればいい。


 これまで発動できた魔法的にもバランスはいい。

 風の魔法で人並み外れた敏捷さで動けるイツキと、火の魔法という攻撃・防御手段を持った俺――この二人で慎重に動けば、大抵の危険も回避できるだろう。

 あの化け物のような存在がまだいるかもしれないこの不条理な世界で、とにかく動き回って情報を集めるには悪くないコンビだ。


 そして、動き回る外回りコンビの背後で、アヤさんの水魔法は生存に必要なものだし、ミツバの土魔法とスーさんの……錬金って言ってたかな、まあそんな魔法で、拠点やら道具やら生活環境を整えてもらえる。


 魔法にはまだ抵抗がありそうな櫛名田のおっさんが自分で魔法を使えるようになるには時間がかかりそうだが、あの人の真価は現場仕事じゃない。

 ただでさえ少ない俺たちが仲違いして分裂なんてしないよう、あの人柄と気遣いでまとめてくれればそれで充分だ。俺たちに何が必要か、何に気を付けるべきか、ちゃんと考えてくれてるしな。


「さあ、そろそろ行動を開始しませんか? どんぐりもぼちぼち集まりましたし、山神のお嬢さんも来ているかもしれません。いったん戻ってお昼にしましょう。あと、この先、また昨日のような怪物がいるかもしれません。皆さん、注意だけは怠らないようにしてくださいね」


 ほらな。

 櫛名田のおっさんの言うとおり、慎重に移動するとしますか。




 ◆ ◆ ◆




 そして、俺たちが警戒しながら初めの地点に戻ると、あの平岩の上に、ぽつんと人が座っていた。


 明るい陽光を浴びた白金色の髪が後光のように輝き、身にまとった亜麻色の毛皮から純白の尻尾が優雅に伸び、肩越しにゆらゆら揺れている。


 間違いない。白猿ヤマクイの娘、クノだ。


「おおーい!」

 イツキが一目散に駆け出した。呆れるほどの反応速度だ。


 クノが俺たちに気づき、平岩からぴょんと飛び降りて小さく手を振った。

 どこまでも可憐なその顔には、安堵と恥ずかしさが入り混じった控えめな微笑みが浮かんでいる。



 そして、歩み寄った俺が声をかけようとした時。


 後ろで立ち止まってプルプル震えていたスーさんが、唐突に拳を天に突き上げた。



「モ、モフモフ姫、キターーーーーーッ!」



 え、えーと、スーさん?




次話「付喪神の娘」

お楽しみいただければ幸いです。

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