11話 土魔法
失敗した自己流のメテオを過去のものにしようと、俺はなんとかして話題を変えようと頭を働かせた。
「まあその、なんだ……みんな火が上手く出ないなら、他の属性を試してみたらどうだろう? 風とか、土とか。きっと凄いのが出来ると思う」
「僕は火より風がイケそうな気がするんですよね」
さっそくイツキが喰いついた。
いや、でもそこで俺を見るな。そういうのはスーさんだろう、頼むよ。
「風の魔法といえば――」
俺の視線を受けたスーさんが滑らかに後を継いでくれた。
「――昨日からイツキ君がひょいひょい木に登ってどんぐりを採ってるの、あれは風の系列、敏捷系の魔法かもしれないよ?」
「え? あれがそうなんスか? ……まあ、確かに魔法と言われればそうかもしれないけど、あれだけなんだ……」
「えーなに言ってんのさ!」
目をキラキラさせたスーさんが、イツキの肩をがっしりと掴んだ。
「あの素早さで敵を翻弄する、カッコイイじゃん! 当たらなければどうということはない、とか言っちゃってさ」
うおおそうかあ、と急に勢いを取り戻すイツキ。爽やかサッカー少年とぽっちゃりオタクの兄ちゃん、二人の間には俺の理解が及ばない絆が生まれたようだ。
「じゃあ、土の魔法はどんなのがあるんですか?」
僕は風になる!と急に木に登っていったイツキの代わりに、ミツバがスーさんの視線を捉え、小首を傾げながら尋ねた。
スーさんは……ミツバの淡褐色の瞳を正面から受け止めたスーさんは、突然動きを止めた。
これまでの饒舌ぶりが嘘のように口ごもり、明らかに挙動がおかしい。眼鏡の奥の目が泳ぎ、すこし顔が赤くなっている。
ああ、そうか。
ミツバ、かわいいもんな。特に元気を取り戻した今は、明るく溌剌とした美少女と言ってもいい。
そんな子にああやって小首を傾げて見詰められたら、俺だって親友たくちゃんの彼女という心理的ブロックがなければドギマギしてもおかしくないし、オタクの人に――失礼スーさん、悪気はない――その仕草は破壊力が強すぎるかもしれない。
二人がまともに話すのはこれが初めてだと思うし、スーさん、気持ちは分かるかもしれない。
俺がそんな事を思いながら成り行きを傍観していると、その目に戸惑いの色を覗かせたミツバがちらっと俺を見てきた。無言で固まるスーさんに拒絶されたと思ったんだろうか。
「俺も興味があるな。土魔法にはどんなのがあるんだ?」
輝きが再び曇ったようにも見えるミツバの目が妙にいたたまれず、俺は咄嗟に口を挟んだ。
「あ、うん……」
俺なら問題なく話せるのだろう、スーさんはすぐに再起動してきた。ミツバは――ああ良かった。元に戻ったみたいだ。
「そうだね……代表的な土魔法だと、ウォール系――土壁を作って敵の攻撃を防いだりとか、あとは錬金術っぽく何かを錬成したりとか、そんな感じかな」
せっかくのスーさんの解説だったが、内容はなんだか地味だった。みんなもそう感じたのか、微妙な間が広がっていく。
「土壁ですか。それは家のようなものも作れますか?」
沈滞した空気を押しのけるように櫛名田のおっさんが身を乗り出し、熱を込めて話し出した。
「なんだか季節が秋みたいで夜は冷えますし、都合良く洞窟がある訳でなし、ずっと野宿という訳にもいかないですからね、家というか拠点というか、土の魔法でそんなものを作れれば大いにありがたいんですが――」
「あ、それはいいですね――」
ミツバがぱあっと表情を明るくさせ、再び視線を寄越した。確かに雨だっていつかは降るだろうし、夜を安全に過ごせる場所は必要だろう。魔法で作れるならそれに越したことはない。まあ、いちいち俺を見る必要はないんだが――俺は力強く頷いてやった。
「私、挑戦してみます!」
俺の肯定で勢いが付いたのか、ミツバが大きな声で宣言した。昨夜の沈んだ雰囲気は一掃され、眩しいぐらいに溌剌とした笑顔を浮かべている。
これが本来のミツバだろうな。こっちの方が全然いい。
「まずは、土の壁……古い民家の壁みたいなイメージかな……」
飛び出すように輪から離れ、早速試行錯誤を始めたミツバに、スーさんがおずおずと近付いていった。
「あ、あの、ゼロから壁を作らなくても、これを」――屈んで地面を触る――「使ってもいいと思うんだ。必要な分だけ取って、形を作る感じ?」
「え? ……そっか、ありがとうございます!」
ミツバが浮かべた向日葵のような笑みに、今度はノックアウト手前で踏みとどまったスーさん。
では、行きます――ミツバはひとつ気合を入れ、屈んで地面に両手を手をついた。
そのまま目を閉じ、整った眉間に僅かな皺を寄せていく。張りつめたような集中がこっちにも伝わってくる。
しばしの時が流れた。
初めは微かな動きだったが、やがてミツバの先の地面が震え、ゆっくりと音もなく分厚い壁が持ち上がってきた。
五十センチ、一メートル、二メートル。俺たちは声も出せずにただただ見守っていた。
「ぷはあ」
可愛く肩で息を吐いてミツバが目を開けた。
「あ……出来てるっ! やったー、出来たー!」
目の前にあるのは高さが二メートル五十センチ、幅が五メートルはある立派な壁だ。これは凄い。
俺は呪縛から解けたかのように、ようやくここで歓声を上げた。皆も大騒ぎで、ミツバはアヤさんと抱き合って喜んでいる。
しかし、これは魔法と言うより念力やテレキネシスといった範疇に近い気がするが、俺的にはそっちの方が抵抗が薄い。中学に入るまで超能力を密かに信じてたからかもしれない。これはたくちゃんも知らない秘密だ。
ともあれ、俺たち本当に何か凄い力が使えるんだ、とようやく俺が実感した瞬間だった。
俺は一時の興奮が収まると、ミツバが作ったばかりの土壁をまじまじと観察してみた。
表面には荒々しい土の凹凸があり、まるで垂直に反り立つ斜面のようだ。横から見てみると壁の厚みは八十センチほどで、壁の向こうには大きな穴が開いていた。
ああ、ここの土が持ち上げられて壁になったのか。
これはホントに魔法と言うより超能力、テレキネシスっぽいな。何もないところから水や火を出したアヤさんや俺の魔法とは違って、念力で単純に土を動かしたように見える。
でも、やっぱりオゾン臭がぷんぷんと鼻を突くあたり、大元は同じ魔法なんだろう。
「あはは、土のいい匂いがしますね」
魔法を成功させて輝くばかりに頬を高揚させたミツバが、いつの間にか俺の脇に来ていた。犬なら尻尾がぶんぶんと振り回されているだろう。
俺は思わず頭を撫でそうになったが、その前にいい匂いという言葉に違和感を感じてしまった。
「いい匂い……?」
「あれ、いい匂いじゃないですか、良く肥えた花壇の土の匂い……あ、ひょっとしてキライ、ですか?」
間違いをしてしまった子供のように、ミツバは見る間にしゅんと萎れてしまった。いや、そうじゃなくて。どうもまだ少し精神的に不安定のようだ。
周りの視線も何を言い出すんだと云わんばかりだし、みんなの反応を見てみると、どうやらこのオゾン臭を感じているのは俺だけなのかもしれない。
無理に理由をこじつけると、スーさんが魔力を光として目で見ることが出来るように、俺はオゾン臭として鼻で感じることが出来る、とか?
まあ、それはいい。
問題は、せっかくの成功を台無しにしてしまったようなこの空気と、元気をなくしてしまったミツバと、微妙に倒壊が始まりそうなこの土壁だ。
「みなさん、ちょっと壁から離れた方がいいですよ」
櫛名田のおっさんが、土壁の隅を指差して注意を促した。重さに耐えきれずに崩れようとしているのか、両サイドの角からぽろぽろと土くれが転げ落ちている。
あ、ダメ!――ミツバが慌てて土壁に手をついた。プンと漂うオゾン臭……崩壊を押さえようと魔力をつぎ込んでいるのだろうか。
ミツバの操作のお陰か、土壁の崩壊は一時的に抑えられたものの、やがて壁の中央部が大きくたわんだ。これはまずい。
俺がミツバを壁から引き離そうと手を伸ばしかけた時、スーさんが意外なほど俊敏に駆け込んできた。
「ミツバちゃん、ボクに任せて!」
スーさんはミツバの隣で壁に手をついた。うおお、という掛け声と共にまたもや漂うオゾン臭。
すると、どういう仕組みか、でこぼこだった土壁の表面がみるみるうちに硬く均され、中央部がたわんだままの姿で崩壊寸前の壁がピタリと固定された。
「で、で、できた! ボクにも魔法が出来た!」
スーさんが大声を上げた。白っぽく色が変わった土壁を気が狂ったかのように撫でさすっている。
何をしたのか、本人が一番分かっているのだろう。ぽかんと口を開けたままの俺たちに、スーさんがドヤ顔で振り返った。
「ほらほら! この音を聞いてっ!」
スーさんが手の甲で壁をノックすると、コンコン、と硬く乾いた音が帰ってきた。
「ね、ね! ボクが固めたんだ。これが、ボクの魔法なんだ。錬成っ! あはは、どおりで水も火も出なかった訳だよね、物の性質を変化させる魔法なんだから! ふははは、これから僕のことは……さすらいの錬金術士って呼んでっ。そう、さすらいの錬金術士の伝説が今始まったんだよ! 生産職キタコレーーーーーー!!」
お、おう……。
俺たちは口をぽかんと開けたまま、マシンガントークを浴び続けた。
スーさん、いいヤツなんだが……
次話「錬成魔法」
お楽しみいただければ幸いです。