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9 岩井哲:理由

「本当に、やるの?」


 秋吉は気が進まないといった様子で俺を見た。


 意外と往生際悪いな、こいつ。


 いや、それだけ江川を賭けの対象にしたのが効いてるのだろう。


 知り合いの剣道部の先輩に頼んで今日の放課後だけ借り切った格技場は、俺達の他誰もいなかった。


 よく柔道部と一緒になっている格技場もあるが、うちの高校は別だ。


 剣道部しか利用しない上、もともとあまり部活に熱心でない顧問と、強くもないので練習よりは仲間でつるむのが重視の部員がほとんどのお気楽クラブなだけあって、借り切るのはそんなに難しいことでもなかった。



(うう、テンション上がるぜ)


 俺は闘いの前に共通する、独自の緊張感に一人悦に入ってた。


 俺も秋吉もすでに準備はほぼ終えており、後は手拭いを巻いた頭に面をつけるだけとなっていた。


 顔を上げると、俺と同じ姿勢で面を手にしている秋吉の姿が目に入る。



 思わず、目を奪われる。



 秋吉は、絵になるのだ。



 秋吉は男女ともに人気がある。


 それはわかる気がする。


 柔らかい物腰と常に笑顔を浮かべているこいつを嫌う奴はそうはいないだろう。


 思い出しても、そんなイレギュラーな態度を取っているのは俺と、そして別の意味では江川くらいのものだろう。



(そういえば、俺はいつからこんなに秋吉のことが気に障るようになったんだっけ……)



 一つのことに夢中になると他のことに目がいかなくなる俺は、そんな当たり前のことも忘れていた。


 打倒秋吉に燃えに燃えまくって、そうなったきっかけを思い出すことはなかった。


(そうだ、あれは……)


 俺の意識は、三年前のあの日に飛んでいった。





 秋吉吉成のことは、かなり早いうちから知っていた。


 初めて会ったのは、中学一年の春。


 塾で俺の前に座るあいつは、やたらと人の目を引く存在だった。


 顔が良いのもあるかもしれない。


 ただ、それ以上に同年代の俺達とは違う、大人びた雰囲気を持っていたからだと思う。


 俺はいつも塾にはギリギリで行っていたし、あいつは授業が終わるとさっさと帰ってしまうから、席が近いのにも関わらず、ほとんど話したことがなかった。


 だけど、そんなあいつを剣道の春の大会で見かけた時は、驚きと同時に嬉しくもあった。


 一年の春の大会、経験者でなければ普通は出られないだろう。


 だから、嬉しかった。


 まったく共通点がないと思っていたあいつが、俺と同じ部分を持っていたとわかったから。


 思わず声をかけた俺に、あいつは笑った。



 そう、笑ったんだ。



 俺は何故か、急速に嬉しいという感情が窄まっていくのを感じた。


 どうしてだかわからなかった。


 胸に、しこりが残ったのを覚えている。


 その時は簡単な挨拶を交わしただけで、その場から離れた。


 違和感の正体をつかめないまま。



 

 その違和感のわけがわかったのは、大会が終わった後だった。



「吉成ちゃん」


 やたら髪の長い、小さな女の子がそう言って、大会会場の出口で秋吉を呼び止めた。


 俺は、すぐその横を通り抜けながら、秋吉の顔を見た。


 秋吉は、笑っていた。


 

 そう、笑ていたんだ。



 ショックだった。


 その笑顔は明らかに俺に向けていた笑顔とは別物だったから。


 その女の子が特別だとかそういう意味じゃない。


 あれは、俺に向けた笑みは『知らないもの』に対する笑みだった。


 やっと、違和感を覚えた理由がわかった。


 何故わかったのかはわからなかった。

 

 あの笑みの正体に気がつくやつはそうはいないと思う。



 だけど。


 わからなかったのなら、わからないと言ってくれれば良かったのに。


 別に、知っていてもらう必要はなかった。


 それまでまともに話したことなんてなかったんだから、俺の事を知らなくても別にかまわなかったのに。


 知らない、とそう言ってくれれば。


 言ってくれさえすれば、自己紹介をして新たに知り合うこともできたのに。



 あいつは、それを拒否したんだ。



 一見優しい言葉と柔らかい笑みで、あいつはその始まりの一歩を否定した。



 それからだったと思う。



 何が何でもあいつに勝って、あいつに俺の存在を知らしめたい、わからせたいと、そう思うようになったのは。


 そうだ。


 別に、あいつじゃなくたって、他にもいたかもしれない。


 僅差で俺の前にいた奴なんて。



 ただ、俺の目にはあいつしか入らなかった。



 あんなに、柔らかな拒絶を受けたのはあいつが初めてだったから。


 だから、あいつに勝ちたかったんだ。


 勝って、俺という存在をあいつの視界に入れたかったんだ。


 いつの間にか、それが俺の行動のすべてになっていた。


 その、初めの理由を忘れたまま。



 だけど…………。 




 ふと気がつくと、秋吉はもう面をつけ終えていた。


 俺も慌てて面をつける。


(だけど、あいつは……、あいつに勝ったからって、何かが変わるのだろうか……)


 そう思うと、俺は急に決着をつけるのが怖くなった。


 

 今回勝てる確証はどこにもない。


 だけど、勝ったら?


 もし勝って、何も変わらなかったら、俺はどうする?


 俺の、こいつに勝ち続けることだけを目標にしてきた三年間はどうなる?



「……哲?」


 動きを止めた俺に、戸惑ったように秋吉が声をかけてきた。


「あ、ああ。悪い」


 俺は顔を上げるとゆっくりと首を振った。



 変わらないかもしれない。


 でも、このままだったら何も変わらない。


 変わらなければ、俺はこのままここから動けない。



(だったら、やるしかねえじゃねえか……!)



 そう、結局は結論づけるしかない。



 俺は深く息を吸い込むと、秋吉を見やった。



「おしっ、いくぞ!」



何故わかったかわからない(by哲)

頼子ならこう答えます。

「まさに野生の勘」

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