8 秋吉吉成:追想
それでも、やっぱり嫌だなあと思う僕は、意志薄弱なのだろうか。
「本当に、やるの?」
そう尋ねた僕に、哲はやる気満々に断言した。
「当ったり前だろ」
やっぱり駄目かあ。
格技場の中、僕とは反対側に座っている哲を見て、僕は小さく溜め息をついた。
そして、手の中にしている面を見下ろす。
この防具は剣道部からの借り物だった。
自分のを持ってきたら頼子に知られてしまうから。
(剣道を始めたのはいつぐらいからだったっけ……)
勝負事はあまり好きではなかった。
頼子が剣道を習うと言って誘われた時も、頷かなかった。
頼子は楽しそうに道場へ通っていたけど。
そんな僕に、「男なら自分の身は自分で守れるようになれ」と言って教えてくれたのが剣道だった。
庭先で竹刀を持って二人、いつも頼子が先生だった。
中学に上がった時、自分以外との多少の経験も必要と、僕を剣道部へ放り込んだのも頼子だった。
いろんなことに興味を持って、でもすぐに飽きてしまう頼子。
頼子は何でもすぐに出来てしまうから。
「…………」
僕は、すっと面を被せた。
まっすぐ顔を上げると、視線の先には哲がいる。
哲が、羨ましいな。
頼子が哲に夢中になるのも、わかる気がする。
僕は、幼馴染というだけで頼子の近くにいられただけ。
僕は、つまらない人間だから。
ても、哲は違う。
僕も、哲のようになりたかった。
「じゃあ、投げるのはこれな」
そう言って、哲は合図の鈴を宙高く放り投げた。
審判がいないので、鈴が落ちた瞬間が勝負開始の合図だ。
僕は、下から上へ、上から下へと鈴の軌道を視線で追った。
突然。
「その勝負、待った!」
びくっと僕は固まった。
反射的に声がした方を振り向くと。そこには頼子が立っていた。
それも、すごく怒っている。
僕は青褪めた。
「な……、何だよ、江川。邪魔すんなよな。勝負の途中なんだからさ」
「て……哲」
こんな様子の時の頼子に、口答えなんかしちゃ駄目だ。
そもそも、頼子がこんな風に怒りを露わにして怒ること自体珍しい。
だから、こんな時の頼子には絶対に逆らっては駄目なんだ。
「み、見てるんなら見ててもいいけど、静かにしてろよな」
ぴきっ。
(ああああ……)
直に見えたわけではないけど、その瞬間頼子の青筋が一本増えたのがよくわかった。
あからさまに頼子の神経逆なでしてるし。
「よ、頼子……」
僕は(こんな状態の頼子と向き合う)覚悟を決めて、とりなそうと声をかけた。
「馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、ここまで本当に馬鹿だったとは思わなかったわ」
スルーされた。
「何……」
「黙れ」
ああ、頼子が怒ってる。
僕は泣きたいような気持になってきた。
「私は物じゃないのよ? 勝手に賭けの対象にしておいて、私に何かを言える立場だと思ってるの」
哲はぱっと僕を見た。
僕は慌ててふるふると首を横に振った。
「情報源は吉成ちゃんじゃないわよ」
頼子はそれを見て否定した。
「金田が聞いてたのよ。あんた達からは死角になる場所で、と教えてもらったわ」
「金田……」
その名前には聞き覚えがあった。
中学の時、「悪」として有名だった先輩だ。
同じ高校だと聞いていたけど、なんで頼子に……?
頼子はちらりと僕を見たけど、その解答は今はくれなそうだった。
また、哲に向き直ると睥睨し言った。
「あんたの考えなんかわかってるわよ。私を賭けの対象にでもすれば、吉成ちゃんが本気になって自分の勝負を受けると思った。そうでしょう? 私のことなんか好きでもないくせに」
(え……?)
哲が、頼子を、好きじゃない……?
僕がびっくりして哲を見ると、哲はまるで図星です、とばかりに顔を反らした。
哲は、頼子を好きってわけじゃなかったのか……。
僕はどこかほっとしたような気分になった。
それにしてもやっぱり頼子はすごい。状況判断だけで、真相をぴたりと言い当てるのだから。
(あれ……?)
でも、どうして頼子を賭けると僕が本気になると哲は思ったんだろう。
はて、と僕が首を傾げて考え込んでいるうちに、いつのまにか哲と頼子が勝負することになっていた。
しかも、一切の防具なしで。
「頼子……」
止めようとする僕に、頼子はにっこりと笑った。
「大丈夫よ、吉成ちゃん。手加減するって」
僕は、その笑顔を前に無駄だと悟った。
頼子は、怒りが頂点に達すると、笑うのだ。
それも、最高の笑顔で。
「じゃあ、吉成ちゃん。合図よろしく」
「…………」
哲、ごめん。僕には頼子は止められない。
心の中で哲に謝ると、僕は合図の為の手を挙げた。
まさか、頼子も、殺すまではしないはず。
「始め!」
決着は、一瞬でついた。
次回は哲視点です。




