3 岩井哲:俺にとってのあいつ
自分は頭で考えるより、身体の方が先に動くタイプだと思う。
その上短気であるという自覚もある。
そんな俺だが、あいつのことに関しては我ながらよく耐えたと思う。
あいつに初めて会ったのは、中学の時。
一年の春、塾に入った時だ。
あいつは俺の前の席に座っていた。
その塾は成績順に座らせる所だった。
だから、あいつは俺より一つ上の成績だったことになる。
そのことは別に何とも思わなかった。
奴とは中学も違うし、初めて会った奴が俺の前に座っていたからといって、何てことはない。
俺はその塾でトップクラスの成績を取っていたわけではないし、成績順で席を決めるのなら、前横後ろに人がいるのは当然だ。
ただそいつはちょっと見ないような、整った顔立ちをしてたから、ずいぶんモテそうな奴がいるもんだ、と思ったくらいだった。
しかし、問題はその後だった。
俺は、結局三年間一度もそいつを抜くことができなかった。
塾では月に一度、席次を決める実力テストを行っていた。
三年間で、計三十数回のテスト。
その中で俺は一度も奴に勝つことができなかった。
あいつの方が段違いで良い成績だったのなら別に気にならなかった。
だけど、あいつは必ずいつも俺の一つ上が二つ上の位置にいた。
普段似たような成績を取っているなら、多少の入れ替わりはあって当然だ。
しかし、あいつは何故かいつも俺のほんの一歩手前にいた。
何度か絶対抜いてやるとかなり意気込んで、フラフラになるくらい勉強してテストに臨んだこともある。
あまりに何をしても駄目なので、わざと手を抜いてテストを受けてみたこともある。
なのに。
差が、開かないのだ。
いつも、僅差で俺の前にいる。
……わざとか。わざとなのか。
そんなことできるわけもないが、一時本気であいつはわざとそうしてるのかと本気で思った。
それだけじゃない。
中学の時、俺は剣道部に入っていた。
これは、子供のころから近所の道場へ通って結構自信も持っていた。
しかし、剣道に関しても塾と同様だった。
三年間、俺は団体戦・個人戦とも一度も奴に勝つことができなかった。
これもまた、俺が三位なら奴は二位。俺が二位なら奴は優勝といった具合だったのだ。
何故だ。
俺はいつしか、あいつの顔を見るたびに、思わず殴りかかりたくなる衝動に駆られていた。
だから、高校であいつと同じクラスになった時、そして名前の順番でまたしても俺の前にいるあいつを見た時、俺の頭の中の糸がぷつりと切れるのを感じた。
気がつくと俺は、クラスメイト全員の目の前で、あいつにむかって宣言していた。
「今度こそ、お前に勝つ! 」、と。
決して冗談じゃない。
本気だった。
だけど、あいつは……。
「……頑張ってね」
にっこりと笑って、そう言った。
嫌味じゃない。
驕りじゃない。
あいつは心底そう思っているかのような顔をして、そう言ったんだ。
腹が煮え滾るような思いがした。
あいつにとって、俺はそんな程度なんだとわかったから。
きっと眼中にもなかったに違いない。
ライバル視してたのは、俺だけだったんだ。
俺の中学三年間は、あいつの存在なしには語れないというのに。
だから、その日から俺は決意した。
中学時代の俺が受けた屈辱を、あいつにも味あわせてやると。
今度こそ、俺がすべてあいつの上を行ってやる。
あいつ。
そう、秋吉吉成め!
次も哲視点です。




