14 江川頼子:成就
次回ラストです。よろしくお願いいたします。
その夜、おばちゃんとお風呂に入った後、吉成ちゃんの部屋に戻ろうとしたら、やけにしんみりとした話声が耳に入り、私は足を止めた。
聞えてきたのは、吉成ちゃんの涙声。
「嬉しかったから……」
そう話す、吉成ちゃんの声。
私はそのままくるりと踵を返すと、トントンと階段を下りた。
「あら、頼ちゃん? どうしたの?」
「うん、ちょっと」
「じゃあお茶でも飲む?」
「うん」
おばちゃんにそう返事をすると、私はソファーに腰かけた。
「頼ちゃん?」
「なあに?」
「なにか、いいことあった? とっても嬉しそうよ」
「……うん、ちょっとね」
そう、ちょっとだけ。
ちょっとだけ良いことがあったんだよ。
ちょっとだけね。
だって、もっと良いことは、これからおきるんだから。
おばちゃんとお茶をしてるうちにおじちゃんも帰ってきて、少しおじちゃんとも話をした後吉成ちゃんの部屋へ戻った私は、二人を風呂へと追い出した。
吉成ちゃんたちが戻ってきた時にはもう十一時をまわっていた。
いっぱいいっぱいおしゃべりしていたかったのに、あれだけ寝ていたのに、岩井哲はさっさと寝やがった。
子供かい、まったく。
だから、吉成ちゃんも、そうそうに寝ようと言ってきた。
せっかくのお泊り会なのにっ。
私は吉成ちゃんのベッドを占領して横になった。
その下に吉成ちゃん、その横に岩井哲という並び順である。
私はごろんと寝返りをうつと、小さな声で吉成ちゃんに声をかけた。
吉成ちゃんは、私に背を向ける格好で寝ていた。
「ねえ、吉成ちゃん。起きてる?」
返事はない。
眠っちゃったのかな、と思ったのと同時に、吉成ちゃんから遅い返事が返ってきた。
「……なに? 頼子」
吉成ちゃんの声も小さい。
もしかしたら、寝ていたのかもしれない。
「ごめん、起こしちゃった?」
「大丈夫だよ。……で、なに?」
吉成ちゃんは、背を向けたままそう言った。
やっぱり眠いのかもしれない。
私は、よけいなことは言わないよう、本当に伝えたい言葉だけを選んで言った。
「よかったね。吉成ちゃん。友達、できて……」
「……」
返事はない。
やっぱり眠っちゃってるのかもしれない。
だけど、私はこれだけは伝えておきたくて、たとえ吉成ちゃんが聞いていなかったとしても、今伝えたくて、背中越しの吉成ちゃんに話しかけた。
「……あのね、私はずっと、吉成ちゃんが怖がってるの知ってたよ。なにに怖がってるっていうのも、たぶんわかってたと思う。だけどね、私じゃ駄目だと思ったの。だって、その原因をつくったのは私でしょう? だから」
私は、吉成ちゃんの向こうの、寝相が悪い岩井哲を見て言った。
「運命だと思ったの」
本当に、そう信じたかった。
「岩井哲なら、きっと吉成ちゃんの怖がっているところ、埋めてくれると思ったの。吉成ちゃんも、笑顔で繕った吉成ちゃんと、その笑顔の下の弱い吉成ちゃんを、岩井哲に見せられると思ったの。……本当の友達になれる、と思ったの」
だって、岩井哲は馬鹿だから。
だから、ありのままの吉成ちゃんを見ても、きっとありのまま素直に受け入れてくれると思ったの。
きっと、そう感じた私の勘は間違ってなかった。
「私ね、……頼子はね、ちゃんと知ってるの。吉成ちゃんのこと。ずっと一緒にいたんだもん。吉成ちゃんは怖がってるかもしれないけど、見られたくないのかもしれないけど、どんな吉成ちゃんだって、頼子の中ではみーんなひとつの吉成ちゃんなんだよ」
それに、だいたい吉成ちゃんは自分のことよくわかってないよね。
吉成ちゃんは、見た目も中身も充分格好良いんだから、もっと自信もっていいのに。
「…………あと、一つだけいい?」
返事はない。
だけど、かまわない。
「本当に良かったね。私以外の初めての本当のお友達。岩井哲、いいやつだもん」
馬鹿だけど。
「みーんな、吉成ちゃんが、頑張ってきたからなんだよ」
ずっと、私は見てきたから、知ってるの。
「……おやすみ」
いい夢を。
そして、私は目を閉じた。
久しぶりに吉成ちゃんの部屋で寝たせいか、懐かしい夢をみた。
小さい頃の夢。
私と吉成ちゃんとの身長差がまだそんなになかった頃のこと。
私の髪はやっぱり長かった時の話。
二人で小さく丸くなって眠った夜の日の夢。
本当の兄妹みたいねって言われてた過去の日々。
もう、泣いている小さな子供はどこにもいない。
今回で頼子視点終了です。
次回最終回・吉成視点です。




