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13 岩井哲:融解

ラストまであともう少しです。よろしくお願いいたします。

「あ、そういえばどこだここ?」


 僅差ではない、江川への完敗のショックから立ち直った俺は、今更のように尋ねた。


「僕の家だよ」


「だって、気を失ったまま全っ然起きる様子なかったんだもの。岩井哲の家知らないし。だから連れてきたのよ、感謝なさい」


 なぜか江川がふんぞり返る。


 やっぱりこいつ、いらっとくる。


「つか、お前が原因だろ!」


「そもそもの原因はあんたでしょ」


 バチバチと火花が散る。


「まあまあ、二人とも。ねえ哲、もう遅いし明日は学校休みだし、今日は泊まっていきなよ」


「あ? 遅いって……」


 時計を見ると、もう九時をまわっていた。


「いつ起きるかもわからなかったから、母さんが哲の家に電話して今日は泊めるってもう言ってあるし」


「なんで俺んちの電話番号知ってんだよ」


「私が教えたの」


 だ・か・ら、なんでお前が知ってんだっつーの。


「もう布団も用意してあるし。ね?」


 そう言って、秋吉は微笑む。


「……じゃあまあ、泊まらせてもらう」


「よし、じゃあ私も泊まろっと。ねえ吉成ちゃん、ここで一緒に寝てもいいよね?」


「ああ……!?」


 俺はぎょっとして江川を見た。


「なんでお前も泊まるんだよ!」


「えー、いいじゃなーい。お泊り、楽しいでしょ? みんなで夜おしゃべりとか」


「普通男女では寝ねえよ!」


「岩井哲、男女差別~」


「差別じゃねえ、区別だ!」


 ぶーと口を尖らせた江川に俺は怒鳴った。


「秋吉! お前も黙ってないでなにか言え! こいつに!」


「えー、いいよね? 吉成ちゃん」


「あ~」


 秋吉は本当に困ったよう表情で俺と江川を見比べると、首を竦めた。


「……まあ、いいんじゃないかな」


「はあ!?」


「やったー」


「ただし、頼子は僕のベッドにね? 僕は下に布団敷いて哲と並んで寝るから」


「了解」


(信じらんねえ……)


 満足そうな江川はぽんっと手を叩くと立ち上がった。


「じゃあ、私おばちゃんとお風呂入ってこよっと。岩井哲、吉成ちゃん、また後でね」


 江川がそう言い残して部屋から出て行くと、秋吉はじと目で見ていた俺に苦笑して見せた。


「なに? おまえら」


「なに? と言われても……」


「おまえら、いつ一緒に寝てるわけ?」


「違うよ!」


 秋吉は慌てたようにそう否定した。


「確かに、昔はよく一緒に寝てたけど。さすがに今は一緒に寝てないよ。一緒の部屋どころか、最近じゃあ、母さんが誘っても滅多にうちにも泊まらなくなったし。ただ今回は哲がお泊りしてくれることになったから、一緒に混じりたくなったんだと思う」


「つーか、あいつ俺らのこと男扱いしてなくね?」


 してたら一緒の部屋なんかで寝れねーだろ。


 秋吉は腕を組むとうーん、と唸った。


「……と言うより、頼子はあまり自分が女の子で相手が男とかっていう物の見方をしないようなんだよね。何というか、人間対人間、というか……」


「なんだそりゃ」


 わけわかんねー。


「それより、哲、お腹すかない? 母さんがいつ目を覚ましてもいいようにっておにぎり作ってくれてるんだよ。お味噌汁とお茶もあるから食べなよ」


 そう言うと、秋吉は俺の前に結構でかいサイズの握り飯を三個出してきた。


 ぐ~。


 急に腹の虫が鳴きだした。


「食う」


「はい、どうぞ」


 俺はしばし無言で握り飯にかぶりついた。




 お茶を啜って一息つくと、俺はまた質問を再開した。

 

「でもさー、おまえの親とかあいつの親とかはどうなんだよ」


「……頼子は隣の家に住んでて生まれた時からの付き合いなんだけど、頼子の家の両親は共働きでものすごく仕事が忙しい人達なんだよ。だから、よくうちで預かってて。うちの両親からすると、頼子は娘みたいなものなんだと思う」


「ふーん。じゃあ、おまえにとっても江川って妹みたいな感じなのか?」


「……そうだね」


 秋吉は複雑な笑みを浮かべた。


「ねえ……、哲は知ってる?」


「なにを」


「頼子って、興味のない相手にはすごく冷めた目で見るんだよ」


「そうか?」


 俺は全然気がつかなかった。


 俺には、いつも人を喰ったような顔で見てやがるし。


「うん。だから、僕はずっと怖かった。いつか、頼子が本当の僕を知って、僕が頼子の思ってるような人間じゃないってわかって、僕から離れていくのが。あんな瞳で見られるのが、ずっと怖かったよ」


「お前、ほんと江川のこと好きなんだな」


「……好きだけど、哲の言ってるような意味で好きなのかは……、わからない」


 俺にはその返事の方が意外だった。


 秋吉は、絶対江川のことが好きだと思っていたから。


「ならなんで、そんなに江川に拘るんだ? おまえならいくらでも一緒にいてくれるやつなんているだろ?」


 俺は少しどきどきしていた。


 今、俺は秋吉と本音の会話をしている。


 俺が本当にしたかったのは、秋吉との勝負なんかじゃなくて、こんなとりとめのない、だけど心のうちを明かした会話だったんじゃなかっただろうか、と。


「……頼子は別格なんだ。頼子は本当にすごいんだよ。剣道を最初に教えてくれたっていうのはさっきも話したけど、大会の時とかアドバイスもしてくれてたんだ。他にも、勉強とかもテストの前になると、要点を記したプリントなんかもつくってくれて」


「でも別に江川ってそんなすごく出来るってわけじゃ……」


 なかったよな?


「僕は、頼子自身が勉強してるところって見たことない。他のことだってそうだ。頼子は傍観者である自分を気にいってるから、あまり真剣になにかに取り組んだことってないんだ。だけどきっと、頼子が本気になったら、絶対誰もかなわない」


「へえ……」


 話自体は眉唾ものだが、なんだかすげえ信頼の寄せ方だな。それが、すごい。こいつに、ここまで言わせる、それが。


「うまくは言えないけど、本当は僕はあまり、まわりと適応できる方じゃないんだ。でも、頼子がいてくれたから、僕はこれまでやってこられた。頼子は変わらない。揺らがない。とても強い。……だから、頼子だけは信じられる」


「それが、江川に拘る理由か?」


「うん、そうだね。きっと、そうだ」


「それじゃあおまえ、矛盾してるだろ」


 俺は眉をしかめた。


「矛盾? そうかな」


「そうだ。だって、江川は変わらないんだろ? だったら離れていく心配っていらなくね?」


「だから、だよ。頼子は変わらない。自分を変えない。だから、僕に飽きたら離れていってしまうかもしれない。だから、怖くなる。だから、全部じゃないけど、無意識に頼子に気に入られるようにしようとしてる自分がいることを、僕は知ってる。あざとくて、嫌になる」


「そんなん、人間多少はそんなとこあんじゃねーの」


 江川はなさそうだが。


 俺もあんまねーけど。


 だけど、意外だった。


 いつも笑顔で恐れてることなんかなんにもなさそうなこいつに、こんな悩みがあったなんて。


「それに、江川はもしかすっと、おまえのそんな想いなんかとっくに全部わかってるかもしんねーだろ。だって、お前の言によると、江川ってーのは、すごいやつなんだろ?」


 俺は軽い気持ちでそう言った。


 だから、秋吉が突然ぼろっと涙をこぼしたのには、本当に驚いた。


「あ…秋吉!?」


「ご……ごめ……」


 秋吉はぼろぼろと涙をこぼしながら謝った。


「……嬉しかったから。そう言ってもらえて本当に嬉しかったから。きっと、僕はずっと誰かにそう言って欲しかったんだ。不安なんて必要ないって。全部杞憂なんだって。頼子はきっと全部わかってるんだって……。きっと、ずっと……」


 秋吉はぐいっと涙をぬぐうと真っ赤な目をして微笑んだ。


「……哲に話して、本当に良かった」


「秋吉」


「哲なら、もしかしてわかってくれるんじゃないかって、思ってた。哲は、頼子と同じように僕の上辺だけ見るんじゃなくて、僕のことわかろうとしてくれたから。だから……嬉しかった」


 秋吉の笑顔は、江川に向けるそれと同じで。


「哲と友達になれて、本当によかった。……ありがとう」


「……おう」


 不覚にも、俺も少し目元がゆるみそうになってしまった。




 ああ、本当にわかりにくいやつ。


 調子が狂うったら仕方ねーや。


 こんな変なやつと友達でいられるのなんか、俺と江川くらいのもんだよな。



(まあ、いいか)



 どうやら、俺の三年以上にわたる独り相撲な闘いも幕を下ろしたようだし。




 ああ、やっと終わったんだな。



 それで、やっと始められるんだな。




 やっと―――――――――。 

今回で哲視点終了です。

次回は頼子視点です。

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