他人なんていないよ。
他人~シリーズの番外編的なものです。
「あ~…」
「葉ーアイスいる?」
「いるぅー」
目の前の扇風機が私に生ぬるい風を送る。声を出したくなるのは人間の性だろう。先程からそれを行っている私は、月くんから手渡された棒アイスに手を伸ばす。水色の爽やかなパッケージが視覚的に暑さを和らげてくれている…気がする。暑いものは暑い。
「…ん、冷たい」
清涼感のあるソーダ味が、口いっぱいに広がった。無難な味が一番美味しいと実感する。
「葉さ、このコンポタ味食べたことある?」
「え~無いけど」
「そっかー」
扇風機越しの私の声は震えている。だけど月くんは全くそのことに突っ込まない。少し自分のしていることが恥ずかしくなって、私は扇風機から離れることにする。
「月くんは食べたことあるの?その、コンポタ味?」
「無いよ。ほら、俺ってあんまり挑戦しないし」
「そうだっけ?まあ私もそうだけど」
「そうそう。葉といっしょー」
嬉しそうに笑う月くん。私と一緒なのがそんなに嬉しいのか。相変わらず、この幼馴染の考えていることはよくわからない。食べ物とかそれ以外のものでも、珍しいものに挑戦しない人はたくさんいると思うけどな。
「ちがーう。葉と同じってところに意義があるんだよ」
「エスパー…!?」
「諸口に出てたからね」
「…あはは」
こういう時は笑っておくことが一番だと私は知っている。適当に苦笑いを返して、私は再びアイスを舐め始める。
「葉、ソーダ味美味しい?」
「美味しいよ。月くんのは何味だっけ?」
「梨味」
「えっ!?」
梨味って!私がソーダ味よりも好きな味じゃないか!月くんも私が梨味が好きなこと知ってるよね!?
でも、ここで駄々こねてもしょうがないことは知っているのでグッと我慢する。なんだよ、もう。
「あれー葉って梨味好きだっけ?」
「…白々しいよ月くん」
「えー」
黙々とソーダ味を舐めることに専念する。あーまだ梨味って売ってないと思ってた。なんであるの。
「んー俺ソーダ味食べたい」
「だったらはじめからソーダ味取っとけばよかったでしょ」
「葉、こっち向いて」
「もーソーダ味は上げないん、」
月くんの方を仏頂面で振り向くと、月くんに「味の共有ー」と称してキスをされた。月くんは呆然としている私に遠慮もなしに舌を入れて、口内を一通り舐め終わると「ご馳走様」と離れた。
「……馬鹿!」
「あはは、痛いよ葉」
私は我に戻って月くんをバシバシと叩く。
口の中の清涼感は月くんに全て奪われて、私の中に残るものは月くんの熱だけだった。