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前編

第一章



洲宮溪すのみや けい

「……眩しいな」

朝日が僕の顔に当たるのを感じ、それを避けるために寝返りを打つ。しかし、そのまま二度寝をするわけにはいかないのでしばらく後、体全体を伸ばして起き上がる準備をする。

 時刻はまだ五時。学校は八時三〇から始まることを考えるとまだまだ余裕があるが僕は起きなければならない。早く起きてしなければならないことがある。

「やれやれ、もう朝か」

 僕は眠い目を擦りながらベッドを下りた。

 僕の名前は洲宮溪、夢宮学園第三校舎に通う二年生。入学式からもう二週間が過ぎた。クラスの生徒も落ち着いてきたのか授業中騒ぐこともなくなった。僕としてはありがたい。別に授業が好きなわけではなく、単に雑音が嫌いなだけだった。あの意味のない無駄話を話いる方も聞いている方も何が楽しいのかわからない。そんな話などいつでもできるだろう。何故授業中にする必要があるのか分からない。

 聞かなければならない話と聞かなくてもよい話。何故皆は後者の方を選ぶのだろう。

「変な考えは止めよう。今は朝御飯の準備だ」

 やはり僕は朝が苦手らしい。普段なら出てこない愚痴が口を衝いて出る。

四LDKという二人で暮らすには十分すぎる家に僕は我が姉と一緒に住んでいる。

姉の名前は洲宮恋歌すのみや れんか、僕と同じ校舎に通う三年生。呑気と天然そして向こう見ずという駄目を三乗した性格の持ち主で何故か分からないことに姉は第三校舎生徒代表なのだ。

何故我が姉は生徒代表に立候補したのだろう、そして何故皆は我が姉に生徒会長を推薦したのだろう。滅びたいのか? 僕はそう思う。

フライパンに油を流して温める間にトーストにツナを乗せてオーブンに放り込む。

卵をフライパンの上に落すと同時にベーコンを加える。そして電気ポットに水を入れて電気を入れた。

オーブンを見るとまだ時間がある。僕は目玉焼きが焦げないよう急いで我が姉を起こしに向かった。

「姉さん。朝だよ、起きて起きて」

 ノックをしても返事がなかったので僕はドアを開ける。

 我が姉の部屋はファンシーだ。窓にピンクのカーテンがあり、足の踏み場もないぐらい部屋にぬいぐるみやら人形やらが所狭しと積み重なっている。

「姉さん、つい先日片づけたばかりなのに……」

 ため息が出る。三日ほど前に嫌がる我が姉に要るものと要らないものを無理矢理分類させて要らないものを隣の部屋に押し込んで一応足の踏み場ぐらいは確保したのに何故三日で元の状態になるのか。もうそろそろ空き部屋が一杯になりかけているので我が姉と今度じっくり相談してもう一つの部屋を物置に使うべきかどうか決めよう。

「姉さん、朝だ」

ぬいぐるみを器用に分けて進む。誤ってぬいぐるみを踏むと何をされるかわからない。前に踏んづけてしまったとき、その日一日中我が姉の機嫌が悪かった…………子供か。

部屋の一番奥で丸まっている物体に近づいて布団を剥がそうとする。しかし、途中から布団の端を掴まれて引っ張り合いになってしまう。

「姉さん、朝だよ」

 精一杯優しげな声で起きることを促すが、布団から我が姉が「やっ!」と拗ねた返事が返ってくる。

 僕はため息をついて布団を引っ張る力をさらに強める。だが、生意気にも抵抗してきた。

 そこで僕は一計を案じる。まず布団を力の限り引っ張る。

すると我が姉も力の限り引っ張り返す。

僕はその時を見計らって布団を放す。

 すると案の定、もんどりうった布団の塊は向こうの壁に頭をぶつけて「きゅ~」と呻き声を上げた。

 僕はそんな様子を尻目に部屋のカーテンを開ける。うん、今日もいい天気だ。

 一つ頷いて振り返ると先ほどの布団の塊から頭を押さえながら這い出てくる我が駄目姉――洲宮恋歌が見えた。腰まであるウェーブにした髪を揺らして柔らかい瞳と、ふにゃふにゃした笑顔が印象的な我が姉。それが今、寝起きなのかその雰囲気がさらに緩んで見える。後、もう少し身だしなみに気を使ってくれ。体つきがまた成長しているので正直目のやり場に困るぞ。

「けーちゃん、ひどいじゃないの~」

 我が姉は怒っているつもりなのだろうがそのおっとりした口調とスローテンポのせいで全然怒りが伝わらない。僕はため息をついて。

「いいから早く顔を洗ってきて。今日のメニューは姉さんの好きなツナトーストとサラダとベーコンだよ」

 その言葉に我が姉は眼をパット輝かせて。

「え? ツナトースト? けーちゃん朝から豪華だね~」

 先ほどまでの怒りはどこにやら、一瞬で機嫌を直す我が姉。僕は早く来るようにとだけ告げてぬいぐるみを踏まないよう細心の注意を払いながら部屋を出て行った。


「おはよう、姉さん」

 朝食の準備を終えたと同時に顔を洗った我が姉が姿を現す。

「ん、おはよう、けーちゃん。って、これどうしました~? 御馳走じゃないですか~」

 寝ぼけ眼の我が姉が突然覚醒して朝食を指さして驚く。

 我が姉、昨日僕に言ったことを忘れたのか。

「姉さん、今日は姉さんが生徒代表に就任して丁度一年だと昨日何度も僕に言っていたと思うけど」

「あれ? そうでしたっけ~」

 我が姉は目線を上にあげて考え込む。そして数秒の後。

「ごめんなさい~、思い出せません~」

 と可愛く首を傾げる記憶力皆無な我が姉。その返事に僕は無表情になって。

「そうか、ならもう朝御飯は必要ないね。姉さん、はい。これで朝御飯を買って済ませて」

 僕は自分の財布から何枚かの硬貨を渡して朝食を片付けようとする。すると我が姉は慌てて。

「わ~! ごめんごめんけーちゃん。今思い出しましたから~。確か昨日の朝にけーちゃんに言っていましたよね~?」

 ようやく昨日のことを思い出す我が姉。何でこんな姉に生徒代表が一年間務まったのだろうか、全然理解できない。

 僕はため息を吐いて椅子に座りなおす。最近ため息が多い、この朝だけで三、四回は吐いている。

「けーちゃん、ため息を一回吐くごとに幸せが逃げますよ~」

 僕の様子を見て心配する我が姉、誰のせいだ誰の。

そして口の周りにツナが付いているのを発見した。僕は苦笑いしながら口の周りをぬぐうためのティッシュを渡す。しかし、どこについているのか分かっていないようなので手を伸ばして口の周りを拭う。すると我が姉は「ありがとう」と嬉しそうに返事した。

「まったく……」

 僕はそっぽ向く、これがあるから僕は我が姉に強く言えない。

 朝食を食べ終えた僕と我が姉は同時に御馳走さまを言って席を立つ。

 我が姉はこれから生徒会の集会があるとかで急いで出発しなければならない。

 僕は玄関に駆けていく我が姉の背中に。

「お弁当はどうする?」

 と、声をかける。すると我が姉は。

「後で生徒会室に届けてくださ~い」

 との返事が返ってきた。僕はさらに続けて。

「晩御飯はどうする?」

 と聞いた。すると我が姉は申し訳そうな声で。

「ごめん、今日は遅くなるから夕御飯は用意しなくてもいいです~」

 そんな予想外な声が返ってきた。僕が返事しなかったので我が姉はこちらを振り向いて頭を下げた。

「本当にごめんなさい。この埋め合わせは必ずしますから~」

 僕は手を振って別に良い。と答えた。

 我が姉は最後までごめんなさいを繰り返して出て行った。

 僕は冷蔵庫を開ける。そして、今日の夕飯のために用意してあった我が姉の好物ばかりの食材を少しの間眺める。

 我が姉がいなくて寂しいわけではない。これらの食材を使う機会がなくなったのを悲しいだけだ。

「さて、と。姉さんのお弁当の準備をした後また寝るか」

 時刻はまだ六時。学園には最低八時二〇分に家を出れば問題は無い。昨日我が姉の友から夜の二時に電話で起こされて学園に向かい、爆睡している我が姉をおぶって家まで連れ帰ったせいか少し眠い。これでは授業に集中できない恐れがあるので我が姉の弁当を作った後テーブルで少し仮眠を取ろう。

「決して姉さんが好きだからではないからな」

 それは誰に向かって言っているのだろう。僕はそんなことを考えながら精力が付き、かつ栄養バランスが取れるであろうメニューを考えて冷蔵庫の中身を物色した。



洲宮恋歌

「今日もいい天気ですね~。私の心もこんなに晴れやかだったらいいのに~」

 上一面に広がる青空を見上げながら私はそう思う。最近生徒会の仕事が忙しくて全然弟に構ってあげていないのを心苦しく思う。

「でも、仕方ないんですよね~」

 そんな独白を繰り返す。自分や弟の通う第三校舎は生徒自治を尊重しているので第一校舎の教師達は勉強を教えること以外何もしない。よってその他の雑務は全て生徒の手によって行われる。そうなると生徒達は日々の学業に加えてそれら雑務も行わなければならなくなるため負担が増えてしまう。そこで窮余の策として特待生度を設け、各委員会に所属している正規員は授業免除、正規員を束ねる立場にある執行部はテストも免除。そして、私のような会長や副会長、書記の三役になると学校行事すら免除となる。

「みんなはうらやましいというんですけどね~」

 学校行事が免除というのはつまりそれだけ忙しいということ。私が代表になってから家に帰る時刻は毎日深夜。丸一日休みがあったのはいつだろう、もう思い出せない。

「でも、やるしかないんですね~」

 そう自分にはっぱをかける。私は第三校舎を良くしたいから代表に立候補した。そして私はみんなが投票してくれた恩を返さなければならない。

「さあ、頑張りますよ~、えいえいおー」

 その掛け声とともに私は拳を振り上げて校舎へと向かった。



 洲宮溪

「八時か……」

 仮眠から起きて時刻を確認するとそのぐらいだった。これなら悠々と学園の準備ができる。僕は部屋に戻ってブレザーやら鞄やらを装備する。僕の部屋は我が姉と違って整理整頓され、合理的だ。

 しかし、僕の部屋を見た我が姉は一言「何もないわね~」なんて抜かした。それはまぁ確かにベッドと本棚、そして机の三つしか目に入るものがなく、置いているスペース以外ではガランとして寂しい気がしないでもない。しかし、だからと言って必要のないものを置くことはないだろう。部屋の潤滑油としては必要かもしれないがそれが原因で基本的な機能――睡眠、勉強そして読書を妨害しては本末転倒だろう。僕は何度も我が姉に訴えているのだが我が姉は話し半分で聞き流してしまう。何故分かってくれないのだろう。仕方ないので今度漫画でも置いてみようか? そこまで考えて僕はため息を吐く。そして、時計を見ると。

「なっ! もう五分過ぎた?」

 考え事というのは恐ろしい、本人にとっては僅かの間でも時は容赦なく置いていく。僕は急いで階段を駆け降りた。


「洲宮溪――――!」

 その叫び声が聞こえたのと同時に家を出た僕は横っ跳びを行ってそのまま地面を転がった。

 先程まで立っていた場所に火炎球やら氷柱やら土槍が放たれて突き刺さる。僕はブレザーについた汚れを払い落しながら立ちあがった。

 この学園の生徒は全員何かしら超能力が使える。先程までの炎や水など割とスタンダードな超能力から心操作系や時空間係など珍しい超能力等個人によって使える能力が違う。ちなみに僕は心操作系。炎水土風の四系統は全生徒が持つ超能力の中で七割を占めている。「心操作系って根暗な人が多いでしょ」と他の能力者から陰口を叩かれるが僕は堪えない……ほんとだぞ?

 ブレザーについた汚れを払い落しながら僕は立ちあがって放たれた方角を見る。すると案の定もはや恒例となっている一団を発見した。

 学ランと学生帽に身を包み(彼らは何時代だ? 一応制服はブレザーだぞ)彼らは軍隊で叩き込まれたような規律のとれた動きでこちらに向かってきている。しかも全員が殺意を僕に向けるという全く嬉しくないサービスをしながら僕を取り囲んで宣戦布告をした。

「我らは洲宮恋歌親衛隊! 我らは同棲している永遠の敵――洲宮溪を神に代わって鉄槌を下すものなり!」

 その学ラン親衛隊(命名 僕)の中から 一際巨大な人物がその中から一歩進み出た。

 でかい。まさにその一言に尽きる。

 二mはあろう体格と張り裂けんばかりの筋肉。そして厳つい顔の角刈りからまるでどこかのドラマに出てきそうだった。あっ、そうだ。確かあのドラマは『番長の苦悩』だった。番長に焦点をあてて隣町の番長との決闘や舎弟同士の不和などを男らしく解決していくドラマの主人公にそっくりだ。

最初から最後まで見ても何が面白いのかさっぱり理解できない。しかし、そのドラマは何故か好評で現在は二期目を製作中らしい、世も末だ。仕方がないので二期目も見てやろう。

 しかし目の前の巨人とドラマに登場する番長と一緒にできない。学ラン親衛隊の中でただ一人、前ボタンを開けて腹巻を露出していることもいいし学帽を被っていないこともいい。何故葉っぱを咥えながら喋れるかも目を瞑り、靴の代わりに下駄を履いてカランコロン鳴らしているのかも百歩譲って我慢しよう。だがな、シャツに大きく『恋歌love』と大きくプリントされ、さらにその頭に巻いている鉢巻だけは止めてくれ。

『我等生涯恋歌様愛貫』

 何のことだか分からないが直訳してみると「自分達は一生我が姉に愛を貫きます」と訳しても別に問題はないだろう。

 何で鉢巻がピンクなのかはもう突っ込まない。突っ込んだら負けだから。

「洲宮――! 今日ここが貴様の墓場だ! 覚悟はいいなあ!」

 巨人が大音量で叫ぶ。正直うるさい。そんなに叫ばなくても聞こえているのに。

そして、周りも「そうだそうだー!」と囃し立てている。

 この光景は毎朝行われ、僕はもはやため息すら出ない諦観の域に達していた。

「恋歌様と一緒に住みやがって!」

「万死だ、万死に値する罪業だ!」

「貴様を殺して俺も死ぬ!」

 全員本気の眼をしている。もし捕まったら冗談では済まなさそうだ。

 と、いうか僕と我が姉は姉弟なのだから一緒に住んでも何の問題もないだろう。常識的に考えればそうなるが我が姉の訳の分からないカリスマに取り憑かれた男どもはそんな理屈など通用しない。もはや我が姉に近づく者ならば全て敵だと見なすほど錯乱しているようだ。

 毎度毎度思うのだが我が姉のどこがいいのやら。一度私生活の我が姉を見せてやりたい。あのあどけない寝顔や純粋な笑顔でありがとうを言う様子などを見せればそんな幻想も……いや、だめだ。我が姉のあんな姿を誰にも見せるわけにはいかない。私生活の我が姉の姿を誰かが見ることは神が許しても僕が許さない。だから我が姉の私生活を見せるのは無しという方向でいこう。

「何を考えている洲宮溪!」

 どうやら考え事をしていたらしい。巨人が血走った眼で叫んでこちらに指を突き付けてくる。いや、もう少し落ち着こうよ君達。朝っぱらから元気だなぁ。

 取り囲まれて周りを見渡しても逃げ場がない。学ラン親衛隊も罠に嵌った獲物を見るように薄ら笑いしながらゆっくりと包囲網を縮めていく。

 しかし、僕は慌てない。ゆっくりと落ち着いて懐から笛を取り出して力いっぱい吹いた。

 甲高いピー! という高音が辺りに響き渡る。そして数秒たつと突然取り囲んでいた学ラン親衛隊に電撃や岩などが降り注いできた。

 運悪く攻撃範囲に入っていた親衛隊が悲鳴を上げながら逃げ惑う。

 攻撃がひとしきり落ち着いて来たころ。人垣が割れて複数の女子が姿を現した。

 その中から背の高い金髪ロールの女子が名乗り出る。

「おーーーーほっほっほっほ。私達はショタコン同盟会。美少年を愛で、美少年を守りそして美少年を愛する有志達の集まりですわ。ねぇ皆さん」

 金髪ロールが振り返りながら問う。すると後ろの女子達が声を揃えて。

「「「「はい、その通りです。御姉様」」」」

 と一糸乱れず返事をした。

 ショタコン同盟会――通称ショタ同盟会。先程の金髪ロールが述べたとおり美少年を獣から守るために結成された組織なのだそうだ。噂によると中央校舎の女子生徒の内半分が入会しているらしい。

 このショタ同盟会。何か知らないが去年入学して一週間が過ぎた頃。突然ショタ同盟会を名乗る生徒が現れて「あなたは美少年ランキング三位に入賞いたしました。よってこれを贈呈いたします」と言って笛を渡されたのだ。

 生徒曰くこの笛を吹けばすぐに近くの有志が現れてピンチから救ってくれるらしい。

 何度でも使えてしかも無料なので僕はこういう場面で結構重宝している。

金髪ロールは向き直って学ラン親衛隊に宣言する。

「そこのむさい男共。あんた達のような汗臭い野郎どもが美少年ランキング三位の洲宮溪様に近付いて良いと思っているのかしら?」

「「「「恥を知りなさい」」」」

 後ろの女子達が金髪ロールに合わせて唱和する。

 すると面白くないのが学ラン親衛隊。彼らは憤りの眼をショタ同盟会に向ける。その中から巨人が一歩進み出て。

「おのれショタ同盟! ここで会ったが百年目、成敗してくれるわ!」

 目をクワっと剥き出しにして腕を捲る。その動作に金髪ロールは軽蔑した視線を投げかけて。

「まぁ何て野蛮な連中なのかしら。こんなダメ男どもにやられる私どもではないわ。さあ妹達、目に物を見せて差し上げなさい」

「「「「はい、御姉様」」」」

 その金髪ロールの言葉とともに後ろの女子達が攻撃を開始する。だが、学ラン親衛隊も負けてはいない。自らの超能力で応戦し始めた。

「効かぬ、効かぬわ!」

 火炎球やカマイタチを受けてもピンピンしている巨人……おい、普通あんなものをくらったら死ぬだろう、化け物か?

「ふん、這いつくばりなさい!」

 いつの間にか手に持ったムチで学ラン親衛隊を叩いている金髪ロール……ムチで打たれた学ラン親衛隊が恍惚な表情を浮かべているのは気のせいか?

 数秒も経たないうちに家の周りがバトルフィールドと化した。

 僕は彼らに気づかれない様にその地帯から抜け出す。幸い皆バトルに熱中しているせいか誰も僕を咎めることなく、無傷でこの場を去ることができた。


「残り五、四、三、二、一」

 僕は歩きながら残り時間を数える。五秒の時点で教室が視界に入り、残り一秒の時点で教室の入り口の前に立つ。そして僕が教室に踏み込むと同時に残り時間が〇になり。

「はーい、チャイムが鳴りました。これ以降入る生徒は欠席扱いになりまーす」

 クラス委員が廊下に向かってそう宣言する。御神楽が教室の外を見るとチャイムに間に合わなかった生徒がガクリと膝をつき、呼吸を整えていた。哀れな、もう少し努力すれば間に合っていたのに。僕は心の底で彼らを笑う。

 席に向かおうとした僕にクラス委員が呆れた声を出す。

「また時間ピッタリ、何で御神楽君はそんなに正確なのかしら」

 何だ、その問いは。愚問だ、僕は「偶然です」と言ってフッと鼻で笑う。するとクラス委員がため息を吐くが気にしない。

 これは僕の少ない娯楽の一つだ。時刻ピッタリに行動するよう心がけている。それは予想外のハプニングで失敗することもあるが、その失敗よりも上手く時刻ピッタリに行動出来た時、それは耐えがたい快楽を感じる。

 僕はそのような趣旨を教師が授業の一環として「好きなことを発表しなさい」の際自信満々に発表するとクラス内に氷河期が到来してしまった。それ以降僕は散々からかわれたがあまり気にしない。僕はそれを恥じる気持ちは一片たりとも無かったからだ。

 だが、一部の男子が調子に乗って僕の時刻ピッタリを邪魔するとなると無視するわけにはいかなくなった。幸いにも僕は剣道を嗜んでいる。邪魔をする奴には体に痣が付かないよう手加減して打つ。もちろん証拠は残らないように気を使っているから僕が責められるわけがない。

 だが、ある奴が我が姉に僕が暴力を振るっているというデマを話してしまった。するとそれを信じた我が姉は修羅の如く怒り(と、本人は思っているかもしれないが、“怒り”という我が姉が最も似合わない感情を出しても全く恐くなかった。むしろ愛おしささえ感じさせられる)二度としないよう注意された。別に守らなくても良かったが我が姉と不仲になっても何の得もない。仕方がないので僕は断腸の思いで一週間だけその行為を止めざるを得なかった。あくまで一週間だ、それ以上の期間だと僕は狂っていたかもしれない。そしてその制約が解けた以上、僕は時刻ピッタリを楽しんでいた。


「ふむ、もうお昼か」

 終業のチャイムが鳴って教師が教室から退場していく。そして教室内に喧騒が満ち始める。僕はその輪の中に加わらず、我が姉に弁当を届けるために生徒会室へと向かう。しかし。

「おーい、洲宮くーん」

 後ろから声を掛けられて僕は振り向く。別に無視しても良かったが、人を無視すると我が姉から怒られてしまう。我が姉は自分のことは棚に上げて僕のことを注意するのだ。腹立たしいと感じる時があるが、まぁ我が姉は一応年長者、ここは年上の意向を汲んで僕は素直に従うことにしている。

「ああ、鍵塚美沙都かぎづか みさとさんか」

 僕は駆けてきた女子の名前を呼ぶ。

 鍵塚美沙都――一年から同じクラスでかつ席は隣同しなので必然的に関わる機会が多くなる。そして容姿はショートカットの髪にクリリと大きい瞳、そしてクラスで一番背が低いので、始めて逢った時の第一印象はハムスターだった。

鍵塚さんは容姿通りの性格でその小さな体から溢れんばかりのエネルギーからなる飛び抜けた行動力により一度動き出すと滅多なことでは止まらない。しかも突発的なことを思い付いては周りを巻き込むそのエキセントリックさゆえに皆からは通常ブレーキの無い暴走列車と呼ばれて恐れられている。

 ちなみに言うと何故か僕はその鍵塚さんを唯一抑えられる人物としての評価がある。皆の頭はおかしいのか? 暴走列車だろうと原子力発電機だろうと邪魔になるようだったらなぎ倒せばいい。鍵塚さんの暴走を止める際は鍵塚さんと顔鼻と鼻がくっ付くまで近づけて目を合わせ「止めろ」と言えば鍵塚さんは大抵「うん」と言って引き下がってくれる。その際鍵塚さんの顔がほんのりと赤く染まっているのが謎だが、まぁそれは僕の錯覚だろう。

 前に我が姉から「美沙都さんのことが好きですか~?」と聞かれたが僕は即答して「全然」と答えた。鍵塚さんは僕の好みとは全くの正反対。僕の好みは我が姉のようなウェーブのある髪と我が姉のような柔らかい瞳とそして我が姉のようなおっとりした雰囲気を持つような女性が良い。誤解の無いよう言っておくが僕は断じて我が姉が好みではない。

「洲宮君どうしたの」

 考え事をしていたらしい。鍵塚さんが僕を覗き込むように屈めて聞いてくる。

 それに対して僕は首を振って。

「いや、何でもない。それより何の用かな、僕はこれから生徒会室に用がある。できれば手短に済ませてほしいのだが」

 我が姉はお腹を空かせて待っているだろう。ならば僕は弟として弁当を一刻も早く届けなければならない義務がある。

すると何がおかしいのか鍵塚さんはニパッと笑って。

「生徒会室に行くんだったら私も一緒に行っていいかな、丁度用事があるんだ」

 なんてことを言ってきた。僕としては何故一緒に行く必要があるのか分からなかったがここで鍵塚さんを拒絶すると後で我が姉からお説教がくる。それはそれで困るので僕は「別にいいぞ」と言ってまた歩き出した。後ろから「きゃー、クール!」とかいう鍵塚さんに似た声が聞こえてきたがそれは空耳だろう。僕は気にせず生徒会室へと向かった。

 しかし、突然後ろの襟を掴まれた。何が起こったのか確かめるために振り返るとイイ笑顔をした鍵塚さんが自分の服を掴んでいる。

 僕は背中に冷や汗を掻き始めた。この表情の鍵塚さんはろくなことをしない。危険を察知した僕は笛を取り出して吹こうとしたが。

「そんなものはいらないいらない♪」

 その手を叩き落とす。笛が毀れ落ち、それを鍵塚さんが拾ってポケットにしまう。

「どうせならショートカットをしましょう」

 何て台詞を言い放ってくる。ちょっと待て、近道とは何だ近道とは。最上階にある生徒会室へ行くにはエレベーターが元も効率がいいぞ。って、確か鍵塚さんの超能力はまさか。

「私の重力操作ならエレベーター何て使う必要なし。さあ、いきましょう」

 そんなこと言いながら鍵塚さんは僕を引っ張りながら外へ飛び出して壁を走って行った。

 鍵塚さんは自分が触れた物体の質量を操作できる重力系能力者。どんな巨大な物体でも手に触れさえすればオーケーらしい。

 それを利用して僕と鍵塚さん自身の体重を限りなくゼロにして、突き出た各教室のバルコニーを踏み台替わりに跳んでいるのだ。

 おい鍵塚さん、何でそんなに楽しそうなのだ。確かに君は踏み外しても己の体重をゼロにすれば助かるだろうが僕の場合はどうなる。万が一君が僕を手放すと地上まで真っ逆さまに落ちて三途の川行きだぞ。

後、ジャンプする瞬間や着地する時に揺れるのは止めてくれ。震動が怖い、僅かな揺れさえ落ちるかもしれないという恐怖が腹の奥底から迫り上げて来るのだぞ。

 本人は楽しいかもしれないが同伴している者からすれば気が気でない。想像してみれば分かると思うが安全装置を付けないままジェットコースターに乗るというのは相当怖い。普段なら口笛を吹きながら乗れるジェットコースターも安全装置を外せばあら不思議、下る際に顔が恐怖で凍りつきます。

つまりはそういうこと。

普段は意識せずに登る道に命を賭けて登るってみると全然感覚が違います。

「ここから落ちるとどうなるのかな」という想像が嫌でも膨らんできます。

僕は体を縮めて心の奥底から這い上がってくる恐怖と必死に戦った。


 生徒会室は中央校舎の最上階にある。しかも最上階の壁全てをぶち抜いて一フロア全てが生徒会室という非常識な部屋だった。

 四分の三ほどの場所で鍵塚さんは飽きたのか疲れたのか知らないが壁登りを止めてそこからエレベーターで生徒会室まで来た。本当に良かった。あと少しあれを続けていたら僕は気を失っていたかもしれない。

「失礼する」

 コンコンと規則正しくノックし、返事が返ってくるまで待つ。そして数秒後に「どうぞ」という許可が出たので僕は我が姉の弁当を持ってきたという旨を伝えた。するとドアが開き、広大な空間が目の前に広がっていた。

 何度見てもこの光景には圧倒される。例えるなら端の教室から対極にある端の教室を見ている気分になる。机と椅子が無数に並び、少なく見積もっても三十人あまりの生徒が各々の場所で書類を作成したり各委員会に命令を出したりしていた。

「あ、弟君よ」

 ある一人の女生徒が僕の姿を認める。すると他の役員も僕の存在に気付いて顔を上げる。

「あ、ほんとだー」

「きゃー、かわいー!」

 あっという間に僕は生徒会役員の女子達に囲まれてしまった。

 いつも思うのだが僕は一応男だから「可愛い」と言われても嬉しくないことを知っているのだろうか。

そして、抱きしめるな頭を撫でるな頬ずりをするな。僕はマスコットか?

しばらくもみくちゃにされた後、ようやく僕を解放してくれた。

そして、我が姉に会おうとするが、この部屋はあまりに広すぎて一番奥にいる我が姉の姿がよく見えない。そこに辿り着くまでにおそらく五分はかかるだろうな。僕はため息をついて走り出そうとすると肩をチョンチョンと突かれた。

「ねえねえ、代表の所に連れて行ってあげようか」

 イイ笑顔の鍵塚さんがそんな提案をしてくる。だが、僕は首を振る。あの恐怖体験をしたすぐ後に鍵塚さんを視界に収めたくない。今も彼女の姿を見るたびに胃がギュウッと絞られたように吐き気がする。もう今日はお昼抜きで過ごそう、しばらく何も食べられない。

 しかし、ここで期待を裏切ってくるのが暴走列車こと鍵塚美沙都さん。先程の廊下で浮かべたあのいい笑顔を僕に向け、「遠慮しないで」と言ってくる。

「一応聞いておくが一体何をするのだ?」

 僕は一縷の望みを賭けて聞いた。もしかするとマシな方法かもしれない。だが、鍵塚さんはメルトダウン寸前の原子力発電所。彼女はニコニコと笑いながら。

「私が洲宮君を思いっきり投げ飛ばすの。こう見えても私って遠投には自信があるんだ」

 そう言って力こぶを作ってみせるエキセントリック鍵塚さん。

 一度想像してみろ。遠投用のボールが着地の瞬間地面に深い穴を開いていることを知らないだろう。そのボールを人間で置き換えてみろ。一〇mも二〇mも飛ばされて無事で済むと思っているのか? どこかのサーカスでやる人間大砲ではあるまいし。

 僕は本格的に命の危険を感じたので鍵塚さんにいつもやっているあれをすることに決めた。

 まず鍵塚さんの肩に手を置いて動かないようにする。

そしてその後顔を近づけて鼻と鼻がくっ付くまで接近して眼を合わせる。

そのまま数秒経たせて僕は静かに言う。

「鍵塚さん、僕はゆっくり歩きたいんだ。だから気持ちだけ受け取っておく。ありがとう」

 そう優しく語り掛けると鍵塚さんは何故か頬を赤く染めてコクリと頷く。

 僕は「ありがとう」と述べて顔を離し、肩に置いてあった手を除ける。

 そして僕は我が姉の元へと向かう。

 鍵塚さんは大人しく僕を見送っている。この技を仕掛けてしばらくはしおらしくなるので僕としてはありがたかった。しかし、多用は出来ない。これをすると数日は鍵塚さんが僕を見る目に変な熱を帯びているのだ。それさえなければいつでも使えるのにと、僕は嘆息した。


「ほら、生徒代表。弁当だ」

 一際豪華な椅子に腰掛けて重厚な机の上で決済を行っていた我が姉に一声をかける。

 すると我が姉は顔を上げて僕の姿を認め、笑顔になった。

「あっ、けーちゃん。来てくれたんだ~」

 その笑顔がいつも通りだと知ると僕は安堵して我が姉に弁当を手渡す。

「生徒代表、皆の前でその呼び方は止めてほしいのだが」

 他の役員の目が気になる。しかし、我が姉は笑顔のまま。

「え~? けーちゃんはけーちゃんだよ」

 とほざいてくる。どうして我が姉はそんなにも裏表がないのか心配になる。外面と言うものがあるだろう外面が。この場で僕と我が姉の仲の良さを見せつけてどうする。絶対に誰も得しな……いや、もしかすると僕がほんの僅かだが一億分の一ほど得するかもしれない。って何を言っているのだ僕は? 馬鹿か?

「けーちゃん? どうしたの」

 我が姉が心配そうに覗き込んでくる。いけないいけないまた変な妄想に囚われてしまった。僕が我が姉に行為を持つことなど天地がひっくりかえっても起きないことなのに。と、いうか本当に天地はひっくりかえらないのか? 皆がそう言っているだけであって実際は意外と簡単にひっくり返るのでは。つまり僕が我が姉に好意を持つことも……

「って、あああああああああああ!」

 僕は机に何度も頭をぶつけて邪念を追い払う。僕と我が姉は血の繋がった姉弟であり、恋愛という感情を持つことを許されないことを肝に銘じて魂に刻みこむ……ふう、少し落ち着いた。我が姉が驚きそして気の毒そうな目をこちらに向けているが気にしない。もう邪念は追い払った、これから普段通り振る舞えば何の問題もない。

「じゃあ僕はこれで」

 と言い残して足早に去って行った。時間を見ると授業開始まで後十分もない。急いで戻らなければ。

 そして、また鍵塚さんがよからぬ考え「どうせならここから飛び降りて教室に向かいましょう」という恐ろしいことを思いつかない内に教室へと戻らなければ僕の命が危ない。

 だが、何故悪い考えというものは的中するのだろうか。突然鍵塚さんが僕の肩を掴んで振り向かせ、あのイイ笑顔を浮かべた。

「洲宮君、良い考えがあるのだけれど」

「はは、ははははは……」

 僕は硬直して苦笑いするしかできなかった。



 洲宮恋歌

「けーちゃん、大丈夫かしら~」

 弟が鍵塚さんと一緒に窓から飛び降りた様子を思い出しながらそう思う。

 そして、私はお弁当を食べながら弟の身を案じる。弁当の中身は私の好物ばかりなのに栄養もしっかりと抑えてある。

弟が弁当を作り始めたのは私が生徒代表に就任してから。ある時に弟が私に「お昼は何を食べてる?」と聞いてきた際に私が「ゼリーとカロリーメイト」と答えると弟は怒り出して。

「そんな栄養補助食ではいつか体を壊す。これからは僕が姉さんのお昼を用意する」

とか言い出して次の日から弟がお弁当を作り始めた。そして、弟の弁当を食べ始めてから体の調子が良くなり出したのを覚えている。いつも悩まされていた貧血も今では問題無い。

「最近家に帰っていませんでしたからね~。だからけーちゃんはあんなに情緒不安定となってしまったのかしら~?」

 最後に取っておいたデザートを口に入れてここ数日を振り返る。昨日は例外として、しばらく家に帰っていなかったことを思い出した。

「やはりどんなに忙しくても一日に一回は帰るべきなんでしょうか~」

 そんなことをすれば仕事が消化できなくなってしまうことは重々承知している。しかし、健気に頑張る弟の姿を見ていると多少無理をしてでも家に帰らなければならない気分に陥ってくる。

「ものは試しです~。しばらくは家に帰ってみて無理だったらその時に考えましょう~」

 私はそう決意して今日自宅に戻るために決済のスピードを上げた。



 鍵塚美沙都

「きりーつ、礼、着席」

 クラス委員の号令とともに私を含めたクラスメートが先生に向かって礼をします。

 そして私は教科書を開いて先生の話を半分聞きながら横の席にいる洲宮君を眺めます。

 彼は黙々と教師の話をノートに書き写していました。教師がどんなに早口でもあまさずに書き写しています。すごい技術です、少なくとも私には真似できません。

「綺麗だな」

 洲宮君の横顔を見た私はそんな感想がポツリと漏れました。彼はショタ同盟のランキング三位に位置しているだけあってその少年のようなあどけない容貌にも関わらず達観した老年のようなクールな性格のギャップには私も含めて異性には堪らないでしょう。生徒代表の姉の前では少し取り乱しますがそれ以外は勉強もスポーツも役員仕事も涼しい顔でそつなくこなします。しかも家事も万能。正直生徒代表が羨ましく思います。

「鍵塚、この問題を答えてみろ」

「は? え、え」

 突然当てられて狼狽する私。まずい、この先生は答えられなかった生徒に対して厳しい罰を下してきます。例えば教室の前で立たせるとか。

 以前答えられなかった生徒が立たされていたけど、周りからクスクス笑われて辛そうでした。恥ずかしながら私も笑っていた一人。まさかその因果が自分に返ってくるとは。

「どうした? 答えられないのか」

 先生が催促する。

背中に冷や汗が流れはじめました、本格的にまずいです。他の生徒たちも私を気の毒そうな視線を向けて来ます。

どうしよう、目に涙が溢れそうになった時。

「……ほら」

 隣の洲宮君がノートの切れ端を先生に見られないよう手渡しました。私は助かったとばかりにその切れ端を開きます。

「えーと、その答えは~です。何故なら……」

 私は切れ端の中の丸を囲んであった部分を答えます。そして全部言い終えると。

「ふむ……なかなか勉強しているようだな、感心感心」

 そう私を褒めた後先生は授業を再開しました。

 私は隣の御神楽君に小声で「ありがとう」とお礼を言います。すると洲宮君は手をヒラヒラ振って「別にいい」と合図しました。

 私はふと気になって洲宮君のノートに目を落としました。すると先程まで洲宮君が書き写していたノートのページが破り取られているのです。慌てて洲宮君に貰った切れ端を見ると案の定裏面まで細かく綺麗な字で書かれた文章が目に入ります。なんということでしょう、洲宮君は私のためにわざわざ自分のノートを破ってくれたのです。

 このようなことを自然にできる。やはり御神楽君は私のヒーローだと思いました。

 思えば一年の頃から洲宮君だけが私の傍にいてくれました・自分で言うのもなんですが私はちょっぴり好奇心が旺盛です。それゆえに他の生徒からトラブルはゴメンと敬遠されていました。私はまだ一年生。人が恋しく感じる年頃です。自分の性癖を抑えれば良かったのですがこれがどうしてもできません。そうやって苦しんでいる時、さっきと同じように先生に当てられて迷っている私にノート破って切れ端を渡してくれました。その時からです。洲宮君を意識し始めたのは。そして、さらに嬉しいことに洲宮君は私が起こす騒動に巻き込んでも少し文句を言うだけで次の日からは普段通りに接してくれるのです。本当に嬉しいです。洲宮君は真っ暗闇に差し込む一条の光です。そして、彼は今回も同じように私を助けてくれました。このお礼は返さなければなりません。

 そう念を込めて熱い視線を送りますとその想いが通じたのか洲宮君はブルリと身震いしました。



 洲宮溪

「うう……」

「け、けーちゃん? 何で窓から現われたんですか~?」

「姉さん……もう逆バンジーはやらない」

「え~? 一体何があったのですか~?」

 放課後、我が姉が窓から現われた僕を見て驚く。だが、心に重大な傷跡を作ってしまった僕はそれ以上何も言えずに首を振って生徒会室へ入る。

事の発端は鍵塚さんだ。僕はいつも通りに我が姉の手伝いをするため生徒会室に向かっていた。

だが、あの天使の微笑み悪魔の行動こと鍵塚さんが僕の前に立ち塞がり「今日のお礼に生徒会室へ連れて行ってあげるよ」とか言ってきた。

よりによってあのイイ笑顔を浮かべていたので僕は首をブンブン振って拒絶の意志を示した。しかし、他人の不幸を何よりも喜ぶ魔王こと鍵塚さん。僕に拒否権など無く無理矢理外に連れ出して「高いたかーい」の掛け声とともに一気に打ち上げられた。

言っておくがこれは怖い。何しろ上がる際に強烈なGが体を襲い、体中の血液が逆流しそうな感覚によって気絶しかけた。

と、いうか一回目は気絶してしまった。最高点に達した所で意識が途切れてしまい、次に気付いた時は鍵塚さんの腕の中だった。

そして僕に心の準備を与えずに二回目の逆バンジー。今回は気絶しないよう精神を集中させてGに耐え切ったが肝心の生徒会室の窓枠を掴み損ねてそのまま落下。しばらく浮遊気分を味わい、胃の中は空っぽのはずなのに吐きそうになった。

そして三回目。これはもう失敗するわけにはいかない。岩にすがりつく様な執念で意識を保ち、極限の集中力によって生徒会室の窓枠を掴んで現在に至る。

そんな恐怖体験を心の奥底に封印して僕は今日の分のノルマをざっと確認する。今更言うこともないが僕は生徒会室へ頻繁に出入りしている。

 何故かというと我が姉の手伝いをするためだ。誤解しないでほしいが決して我が姉を心配しているわけではない。

我が姉がいないと夕食の量が変わってくる。食材が勿体ないので我が姉はやはり家に帰ってほしい。一応僕は何度も生徒会室を出入りしているせいか生徒会の仕事も大分覚えている。下手すれば上級生よりも効率よく仕事を進められるかもしれない。

 僕の定位置は我が姉から机を三つほど離れている場所にある。その場所周辺は執行等幹部クラスの立場の生徒が座る位置だが、言っておくけど僕はボランティアであり正規役員どころか見習い候補生でもない。しかし、僕はこの位置にいる。それはやはり我が姉のコネと僕の実力が認められているからだ。

 それは最初の頃は皆の視線が痛かった。特に男子からのが。女子は何故か知らないが最初から僕を歓迎してくれた。と、いっても仕事など回さずにひたすら僕を撫でたり写真を撮ったりするだけだが。

 これでは我が姉の役に立てないので男子の中でも比較的温和な生徒から仕事を貰ってそれを解決し、また仕事を貰う。それらを繰り返しているうちに僕は次第に皆から認められ始め、現在の立場に至る。

 僕の机に入ってくる案件というのは部内のトラブルを鎮めたり、各委員会の報告書を纏めたりする結構重要な案件が入り込んでくる。けれど、僕としてはもっと大きな仕事が欲しい。これらの仕事も大事だと分かっているが僕はあくまで我が姉の負担を減らしたいがために生徒会を手伝っている。

 我が姉に舞い込む案件というのは他の校舎との連携や教師達に対する要望書の作成そして新入生の選抜など、この校舎の根幹に関わるのが主だ。

 生徒会役員から「弟さんも生徒会に入ったら?」とよく聞かれるがお断りしている。何度でも言うが僕は我が姉がなるべく家に帰ってほしいから生徒会を手伝っているのであって中央校舎に通う生徒のためではない。

根本的な目的が違うのだから、僕が生徒会に入ると遠からず孤立して生徒会を辞める羽目になる。別に僕がどうなろうが僕自身は問題ないが、僕が辞めたことで我が姉の苦しむ姿を見ることだけは避けたい。だからこの位置が一番良い。

一応言っておくが決して我が姉を心配して生徒会を手伝っているわけではないからな?


「さて、と。帰るか」

 僕は時間を確認して最後の書類を書きあげた。今日のノルマはこれで終わり、残りは明日に回しても問題は無い。

 僕は立ちあがって背伸びをし、ウーンっと声を漏らした。対面の女子がその様子を見て顔を赤らめながらレンズをこちらに向けているが気にしない。

「それでは生徒代表。頑張れ」

 そう言い残して去ろうとする。

これは毎日繰り返している光景。我が姉は僕に「はい~、今日もありがとうございました~」と返してくるだろう。だから僕はそのまま出口に向おうとすると我が姉から意外な返事がきた。

「ちょっと待って下さい~、あと少しで終わりますから~」

「……何?」

 一瞬何を言ったのか理解できなかった。そして僕は驚いて振り向く。すると我が姉は笑顔で。

「これらの書類が終わりましたらもうあがりです~。ですのでもう少し待って下さ~い」

 僕は外の様子を見た。まだ四月なので日が沈むのは早いが、雨雲は出ていない。おかしい、我が姉がさっきのセリフを言った際には必ず雨が降るはずなのに。

「あ~、けーちゃん。何か失礼なことを考えてますね~」

 プンプンと自ら怒りの擬音語を発する我が姉。

まずい、可愛過ぎて直視できない。

僕は目を逸らしながら「ごめん」と謝る。

すると我が姉は機嫌を直したのかまたいつものゆるゆるワールド(命名 僕)を展開して胸を張って。

「私はけーちゃんが心配なんです~、ここ最近けーちゃんに構ってあげていませんでしたから~、しばらくは生徒会の仕事を早く終わらして家で過ごそうかと決めました~。えっへん、えらいでしょ~?」

 そう言う我が姉の言葉を僕は嬉し半分不安半分で聞いていた。

 確かに我が姉が帰ってくれるのは素直に嬉しい。これなら食材も余らせることなく使い切れるのでおいしい料理を振る舞うことが出来る。断じて食材のためだからな?

 しかし、もう一方で不安もあった。生徒代表の仕事は大変だ。端から見ている僕でもその忙しさは目を見張るほど。引っ切り無しに重要案件が舞い込み、その中身でも決済が少しでも遅れると第一校舎に多大な被害をもたらすものばかり。家に帰るなんてもっての外だった。

 我が姉としては家に帰ってきてほしいが生徒代表としてはそれが許されない。僕はどちらの立場で答えようか迷っていると。

「心配しなくても大丈夫ですよ~、何故なら可愛い弟のためですからね~」

 弟、弟、弟、弟、弟、弟、弟、弟、弟、弟、弟、弟、弟、弟、弟、弟。

 姉さんが放ったその単語が耳にこびり付き、僕から平衡感覚を奪っていった。

崩れ落ちそうな体を何とか気力で支える。不審に思われていないか不安になって恋歌姉さんを見るが、微笑みを崩していないのでどうやらばれていないらしい、良かった。

姉さんの言っていることは間違っていない。僕と姉さんは姉弟の関係でありそれ以上でもそれ以外でもない。そのことを再確認しただけのこと。

うん、何も問題は無い。そう、ないはずなのに何で僕はこんなにも衝撃を受けて何で僕はこんなにも泣きたくなるのだろう。訳が分からない。

「けーちゃん、どうしましたか~?」

 さすがに不審に思ったのか姉さんが覗き込んでくる。

 慌てて僕は考えを打ち消して笑い。

「何もない。じゃあ、僕は帰って夕飯の準備をするから」

 僕は姉さんの返事を聞かずに生徒会室を後にした。何故かはわからないが今は姉さんの顔を見たくなかった。


 家に帰った僕は自室に籠もりたい誘惑に駆られたが、何とかそれを振り切って夕飯の準備をする。

 今日は姉さんが生徒代表に就任して丁度一年。そのお祝いとして姉さんの好物――マグロの刺身や鳥手羽先のグリル、そしてポテトサラダ等を準備する。

そして全部作り終えてテーブルに並べた時、姉さんから今日は帰れないという主旨の電話が掛かってきた。

 僕は「別にいいよ」と言って、なおも謝罪の言葉を口にする姉さんとの電話を強引に終わらせた。

 僕はテーブルの上にある料理を保存するためにラップしようとしたがやめて、今日作った料理を全てゴミ箱に流し込む。

 姉さんのために作った料理が野菜くずや肉片の塊と一緒になっていく様子を僕はいつまでも見つめていた。

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