2話
彼は一歩、また一歩と近付いてくる。その度に僕は後ずさりをした。
「どうした? 先ほどまでの威勢はどこに消えたのだ? 所詮哀れな魔法使い、愚かだ」
僕は言い返す言葉を考える余裕なんてなかった。ただこの部屋から逃げるための手段を考えている。
だけど全て閉ざされた扉、開いている場所などどこにもない。
「……あ、諦めるよ」
こうなったら抵抗なんてしない。潔く死ねばいい、そう思った。
僕は手を後ろで組み魔導師をじっと見つめた。恐怖が支配する中、逸らすことなく……。
それが何分続いただろうか。
「フッ……もう良い」
そう言い彼は手にしていた杖を空中へ投げ、指先から光線を発射した。杖が粉砕する。
僕が黙ったままでいると彼は口を開いた。
「私を殺しに来た者は数知れぬ。その度に二度と戻って来れぬ暗黒の世界へと突き落とした。その中に樂の兄もいた」
「な、何だって。兄上が……」
僕の兄は数年前戦いを挑んで殺されたと聞かされている。
その時からだった。姿知らぬ魔導師に敵意を抱き、いつか必ず仇を討とうと決めひたすら修行に明け暮れた。
「だが、私はお前の兄を殺せなかった」
「……えっ」
彼は水晶の玉を持って僕の所へ来た。そして中を覗くよう、合図を送る。
「もはやお前を殺す意味などない。その時が来れば話は別だ、見るがいい。お前の兄と私だ」
僕は中を覗き込む。
そこには今は見ぬ懐かしい兄の姿があった。魔導師もいて今と姿が全く同じ。話し声が聞こえた。
~~数年前~~
「フフフ、流石だよ。私をここまで追い込むとは、大した魔法使いだ」
「俺はお前を葬る。そして皆が! 世界が! 平和となる世を創る、魔導師貴様は邪魔だ」
「……私とて私の世界にお前のような者はいらぬ。消えてもらおうぞ」
飛び交う様々な色の閃光、大地が轟く地響き。
黄色い大きな爆発とともに二人は立っているのがやっとというほど体力を失っていた。
「侮っていたようだな。お前も傷が辛かろう? 我が最大の魔法で逝くが良い!」
「っ!!!」
杖の先から発射された紫と黒の光線は真っ直ぐ兄へと向かっている。握り拳を結んだ時だ。
その光が跳ね返りなんと魔導師を貫いた。
「ぐっ……ごほっ、ごほっ……チッ、誰だ」
「今ここで息子を殺されてはならん。私が相手になろう」
「自ら倒されに来たか、愚かな魔法使いよ。私にかな――! ぐっ!」
僕の父親は目の前にいる魔導師の心臓部分を貫いている。不敵な笑みを浮かべ楽しそうに……。
「ごちゃごちゃとうるさいんだよ魔導師、戦いに言葉はいらぬ」
「……油断、したか。だが私はまた復活しこの世に下りようぞ。その日、まで……」
魔導師は倒れ黒い闇が彼を包み消失した。
彼が只者ではないことを知る。しかし、この戦いに続きがあった。
「父上、危ないところを――」
「私はお前に命じたはずだぞ……魔導師を討てるのはお前ではない、この私であると!!」
「し、しかし……父に教わったこの魔力を試して見たかったのです」
「それがこの様か……愚かだぞ、それでも私の、いや俺の息子か。馬鹿めが!!」
父親は兄を杖で何度も殴っていた。唇を噛みしめただ耐えている。
――まさか……
「貴様のような息子はいらぬ、魔導師も消えた。もはや用無しだ」
「……お、おやめください! 俺を討てば樂が!」
「黙れ!!! お前などいてもいなくても同じこと、逆らった罰だ。ここで死ね」
「父上……あ、あなたって人は、俺は息子だ! 討てますか」
「討てる……」
これが真実だとすれば……僕の敵は、父親だったのか。
兄の仇を討つために僕は強くなったというのに! どうしてだ、父親は何故兄を!
「樂、お前が倒すべき相手が誰なのか分かったか」
「……もういないじゃないか」
僕は魔導師の手から水晶を奪い、床に叩き付けて割ってやった。
ここまで長く旅をして兄を討った魔導師を滅すとだけ言っていた父親、犯人はすぐ近くにいたんだ!
気付けなかった愚かさが僕をイライラさせる。
「お前の父は死んでなどおらぬ。あの者は不老不死の体、私と同じ体なのだ」
僕は意味が分からないまま彼を見つめる。相変わらずフードに隠れ顔は見えない。でも目だけは確認できる。
凝視することは出来ない、恐怖でしかないからだ。
「あの男は私が消えた後死の泉にいた。そこから飛び降りた者はどうなるか……」
「死ぬことのない永遠の若さを手に入れる」
「お前の父親はやってしまったのだ。魔法使いともあろう者が、決してしてはいけないこと、掟を破ったのだ」
僕の父親は一体何を考えていたんだろうか。
魔法使いは常に正しい行動をすること、いつもそう言い家訓にもなっていた言葉だ。
何がしたかったのだろう、何が目的だったんだ!
「哀れな息子達だ。父親に殺された兄と悪を働く魔導師に命を助けてもらった弟、本に哀れだ」
「……一つ、聞きたいことがある。何故僕を殺そうとしたの?」
魔導師は黙ったまま窓の方へと移動した。人差し指の先には紫色の火花を散らす小さな黒い塊があった。
僕は避けることが出来るように準備をしていた。
「同じ力を感じた。お前の愚かな父と同じ、いやそれ以上の魔力。私に止められぬものを感じたのでな潰そうとした」
「父上以上の、魔力?」
「そうだ。お前は哀れなる父を超えている。力はいずれ目覚めよう、その邪魔はさせぬ!」
放たれた光は僕のすぐ真横を通った。恐怖に足がすくむ。
けど魔導師が見ているのは僕ではない。その後ろ、影が見え振り返った。
「貴様、敵に肩入れをするか。ククク、こいつにそんな価値はなかろうに」
「黙れ。お前が犯した罪は樂も知っていよう。私はお前を許せぬ」
どうしてここに父親が……僕の恐怖の矛先は魔導師にではなかった。復活した父親、兄を殺した殺人者。
僕は父から離れるため一歩下がる。瞬間、首を摑まれ床に押し倒された。こ、殺される!?
「兄を殺しその弟までも殺すか」
「魔導師よ。お前はもはや力なき悪魔、俺に敵うものか」
僕は必死に抵抗する。だけど力が強く意識が朦朧としてきた……このまま、死ぬの。
「樂よ、一度しか言わぬ。良く聞け、お前は魔導師の素質がある。私と共に来ぬか」
耳を疑った。魔導師、魔法使いという正しい道を捨てろ、と。そんなことしたら僕は父親と同じになる!
そんなのは絶対にイヤだ。僕は何も答えずに意識を朦朧とさせていた。
「樂よ、魔法使いは人を殺すためにいるのか。己の欲望を満たすために生まれたのか」
「……違う、と思う」
「魔法使いは正しき道を進む者にのみ与えられた道、魔導師は魔法の力に更なる強さを求めんとする者の道」
僕は父親の手を振り払って激しく咳き込んだ。
考えてみれば、魔導師と名乗るこの男は世界を滅ぼすとは言っていない。変えると言っているだけだ。
それに手を下した者もいないはずだ。兄を殺したのは本当は彼ではなかった。
「樂、魔法使いとして更なる強さを求めんとし兄の仇を討ちたいのならば……」
「魔導師! 俺の息子だ、いい加減な――」
「僕はもうあなたに従わない。この道が悪なら、僕は悪になる! そして正義を討つ!」
僕は声高らかにそう言った。愉快そうに笑う魔導師の声、憎しみを込めた目で睨む僕の父親。
僕が選んだ新たな道はきっと正しくなどない。でも魔法使いとして許されないことでも魔導師になれば
親を討つことだって出来る。魔法使いで親を討つのは重い処罰になる。
「哀れだな、実の息子に裏切られたか」
「許さん……許さんぞ。樂、貴様というやつは!!!」
「父上、僕はもう、正義だのなんだの言っているあなたを信じられない。兄を討った親を信じろ、と」
魔導師は僕の前に立ち父親に手をかざした。眩しい光が手から放たれる。
目を開けると、そこに父の姿はなかった……。