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永久

作者: 居待月


 蝋燭の火をを吹き消すと書斎の中は闇に包まれた。

 光のない夜ほど居心地のよいものはない。星は隠れ、月明かりは雲間からわずかに漏れるだけだった。今ここには静寂だけしかなく、ひとかけらの希望すら存在していないかのように、世界はただ黒く静まりかえっていた。佳い夜だが、こういうときは決まって私の中にある一筋の影が大きく伸びていき、その姿を現すのだった。

 窓辺に立つと土気色の肌が微かな月光に浮かび上がる。すぐ脇にある鏡には何も映らず、もう久しく自分の姿を見ていない。記憶の中にある、あのころのままの姿だろうか。この目で確かめる術は私にはない。

 私は呪われている。

 それはいつからか、何故か理解できなかったが、私の身体は人ならざる存在へと変わっていた。日の光は害毒になり、夜の闇の中にしか身を置けなくなった。次に私の体を駆けめぐり始めたのは、衰えることも尽きることもない渇望。始めはひどく恐ろしく、抗ってもみたが苦しみが増していくだけで、沸き上がる渇きには逆らえなかった。

 すでにもう遙か昔のことだが、私は一人の人間と恋に落ちた。温かく優しい手、輝く髪、忘れることのできないとても美しい娘。よく覚えている。黄金色に実った麦、澄んだ風が吹きわたっていた。あれは夏のことだ。私たちはさざめく草の上に横になり、頭上高く星空を見上げていた。彼女は呪われたこの身を忌み嫌いはしなかった。むしろ美しいと一心に愛してくれた。私はたとえひとときでも幸福を手に入れたと信じて疑わなかった。それは彼女も同じだっただろう。

 しかしそれは突然起きた。悲劇と言えただろうか、気がつけば私はこの手の中で彼女の命を奪っていた。その一瞬前まで彼女が浮かべていた微笑みを、私は永遠に忘れることはないだろう。突き動かされたのは抑えることのできない欲望のせいだった。その日から私の中の神は完全に死んだ。

 愛する者の命を吸って私は渇きを癒す。そのような苦しみを何故与えるのか。いくら苦悩しても飢えは止まない。求めすぎたのだろうか。この手に何ひとつも残らないまま、私は今日まで得ることのできない何かをずっと追い求めてきた。

 ある娘は神への信心から私に身をゆだねた。私が救われるならと最後まで祈りつづけていた。ある兵士は死への恐怖から私に永遠を求めた。しかし最後は、両親と愛する者の名を交互に口にしながら息絶えた。もちろん永遠を与えることは出来た。だがそれは私と同じ苦痛を与えることになる。私には出来なかった。

 求めることと失うことを繰り返し、そうして人と交わることも、人であった頃の感情もいつのまにかほとんどを失くしてしまった。悲しみに胸を痛めることがなくなった私は、そんな自分がどこかで許せなかった。永遠の中に身を置いたまま、深い虚無の中に沈んでいく。長く住まうこの城さえ私の闇の深さを表しているように虚ろで広大だった。

 私にはもはや幸福は訪れないだろう。この世には永遠の幸福などあり得ないのだ。すべての希望は空しいもの、なぜならその希求はとどまることを知らない。私の渇きと、なにひとつ変わりがないのだ。

 慰めも愛もなく、望むか望まないかそれすらも関係なく、それでもこの身は永遠でありつづける。鎖から解き放たれることはなく、燃え尽きることも出来ない。天使でも悪魔でもなく、愛する者達を引き裂き続け、いくら世界のすべてを知ろうとも自分のことはいつになっても解らない。深まるのは孤独と虚ろさ。

 しかしただ一つの真実があった。私自身を、いやこの世界すべてを支配しているのは永遠に尽きることのない欲望であること。理性や芸術や学問、愛でも富でも名声でも、ましてや神や人間でもない。

 山際が白み始めた。また日が昇る。眠りにつく時間がやってきたのだ。再び夜が訪れるまで、私は一瞬だけ苦痛から解放される。これからも幾度となく続いていく。



 悠久、それは限りなく続く果てることのない欲望と苦悩。



 そして私そのもの。




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