ねえセンパイ? 責任取ってよね?
きっかけがいつも良いものとは限らない。
そんな出会いから始まる物語もあるんだよ。
大学の片隅にある砂利敷きの駐車場(空き地?)の、そのまた片隅にある小さな小屋。その小屋に立っている煙突からは煙が出ている。その煙を見ながら、私はぽそりと呟く。
(はぁ……私、なんでここにいるんだろ)
私が何をしてるのかというと……「焼成」。簡単に言うと陶芸の「焼き」の作業をしている。もちろん、新入生の私が一人でできるわけでもなく、同級生や先輩方併せて今日は10名ちょっとくらいで集まってやっている。本当は30人以上いるはずなんだけど。
今日やってるのは「素焼き」と言って、釉薬をかけないで焼き固める作業。大体6~8時間かかるらしい。夕方5時から始めたから、終わるのは夜中だ。途中で火力の調整もしなきゃいけないってことで、代わる代わる様子を見るらしい。とは言っても私達1年生はまだ見てるだけだけどね。
別に陶芸に特別興味があったわけじゃない。この大学に来たのも、高校の担任の先生の母校だったっていうのと、近場で英語を学べる所って理由だけ。その担任の先生が陶芸部に入ってたと聞いて、様子を見に行ったらいつの間にか友達と入部したことになってて、ヒマだし強制もなさそうだし、まぁいいかぁって感じで、なんとなく。
それが私。
買ってきたお弁当を食べてヒマになったら、今度は周りは色恋の話があっちこっちで咲き誇ってる。あ~まぁそうなるよね……って、あ。目が合った。これ質問くるな?
「ねぇ、カレシいないの~?」
「ん~いない。まだいい人見つかんないし」
「じゃあこれからだね!」
「そ~だね~」
はぁ。なんてね。私の将来に希望なんてない。気がついた時には「婚約者」が決めれていて、そのレールのままに進むと周りが勝手に決めていた。その事を初めて知った時、私は「裏」で荒れに荒れた。夜に家を抜け出して街をふらつき、後はバレない程度にシンナー・酒・タバコにも手を出した。本格的にハマる前にやめちゃったから、親にはバレてない。
それが私。
みんなに愛想良く振りまく笑顔。その場の空気は壊さないように、当たり障りなく振る舞ってやり過ごす。でも心の中ではいつもどこか冷めた目で見ている。
それが、私だ。
と、言うわけで色恋沙汰の話なんて、今の私にとってはどうでもいい話だ。どーせ付き合ったところで先は長くないんだから。…でもヒマつぶし相手程度だったらいいのかな? そんなことをぼんやり考えながら小屋の外を見ていると、突然マウンテンバイクに乗った人が結構なスピードで現れ、小屋の前で急ブレーキをかけて止まった。
「わーりぃ!バイトで遅れた!」
「あー!遅ーい!」
……ちょっと待って。
誰この人?
え?先輩?
他の先輩たちと雰囲気違いすぎない??
えー……
芸術系やってる人ってこう、もっと大人しめって言うか、落ち着いてるって言うか、そう思ってたんだけど…この人も「先輩」って呼ばないといけないの?正直苦手なタイプなんだけど。
……よし。近寄らないでおこう。
そう思ってたんだ。
あの時までは。
その後しばらくして焼成小屋の中で「みんなで恋バナ暴露大会」になった時、先輩がジャンケンで負けて話すことになった。
「げ。負けた!」
「はーい先輩の番!」
「いや、俺この前フラれたって言ったよな?」
「じゃあその話でいいじゃん」
「……オニかよ?」
「いーから早くー(笑)」
「あーもう!わーったよ!話せばいいんだろが!」
そうやって他の人達と話してる先輩は、おどけた口調で「フラれ話」を話し始めた。そんなだから、みんなはクスクス笑いながら「あーかわいそー」とか言ってたんだ。私は最初そんな話も聞く気がなかったんだけど、ふと先輩を見たときに、ドキリとしてしまった。淡い光を放つ白色電球を映した先輩の目は、笑ってるんだけど、時々すごく寂しそうな色をしていた。他の人と同じように、ふざけて、笑って遊んでいる時は、まるで少年のような顔。けれど、ふとした合間に見せる、何かを思い出しているような、そして何かをぐっと飲みこもうとしているような大人の顔。どちらが本当の先輩の顔なのか、わからない。私は、そんな先輩からいつの間にか目を離せなくなってしまっていた。
夜の色が深くなって、焼成窯の中に立っている温度を測る3つ目のコーンが折れ曲がる頃には、私は先輩の隣に座って、話をするようになっていた。
会話が途中でちょっと途切れた時、先輩はまた、寂しそうな顔を見せた。そこでつい、私は聞いてしまった。
「寂しい……ですか?」
先輩はちょっと驚いた顔をして私を見て、それから「なんで?大丈夫だよ?」と笑った。私には、それが少しだけ泣くのを我慢しているように見えたんだ。
その日から2日たった夕方。
「ピンポーン」
アパートのドアチャイムが鳴った。
スコープを覗いてみてビックリ。
(え?なんでセンパイが立ってるの?なんで?)
「は……い どう、しました?」
「あー…あの、その、なんだ」
「?」
「あれから、どうも気になっちゃって。」
「……なんでですか?」
「いや、君だけが、ちゃんと俺の気持ちを聞いてくれた気がして」
ドキリ、とした。
そんなとこ、見てたんだ。
「なんで、よかったら付き合ってくれないかな?」
「……はぁ。……はい?え?え?」
「また明日答え聞かせてくれるかな?じゃあオヤスミ」
「え?あ、はい。おやすみなさい?」
バタン。
閉めたドアに背中を預けて、私はずるずると床に座り込んでしまった。
………え?
えっと…今のは…告白、なのかな?
え?なんで私?
胸が、バクバクいってる。
顔が、なんだかすごく熱いよ。
ちょっと待ってよ。
私、何か変だ。
どうしたらいいのかわかんなくて友達に聞いてみたら、思いっきり爆笑された。ちくしょー面白ネタを提供しただけだったか!そう思ってむくれてたら「ねぇ、相談するってことは、悩んでるってことだよね?それって、そーいうことじゃないの?」って言われてしまった。
そうだよね。
私、なんで悩んでるんだろう?
断るのなら、あの時、断ってたよね?
え……やっぱ「そーいうこと」なのかな?
でも、私には「婚約者」が……でも……。
結局、私は先輩に「OK」した。今の気持ちがどのくらい本気なのかは、自分ではわからない。けど、あの「告白」の日は、暗い部屋の中でうずくまっていじけてる私に、センパイが手を伸ばして部屋の外に引っ張り出してくれたように感じたんだ。その結果、当たり前だけどセンパイと一緒に過ごす時間が増えることになった。
で。今、私は困ってる。
すごくすごく困ってる。
婚約者?
そんなの知らないよ。
私は会ったこともないんだから。
感情が流れ出すのがわかる。
こんなにゆっくりなのに
どうして止めることができない。
鏡の中に映っているあなたは誰?
あなたは私じゃない
私は、そんな顔しないもの。
きっかけがいつも良いものとは限らない。
そんな出会いから始まる恋もあるんだって、初めて知ったよ。
いつの間にか、私はセンパイの事を考えてる。
いつの間にか、私はセンパイがどこにいるか、探してる。
いつの間にか、私はセンパイがそばにいると、嬉しいって思うようになってる。
くやしい。
だから、本当の気持ちなんか、まだ教えてあげない。
私の心を、そう簡単にあげないんだから。
ねえセンパイ?
責任、とってよね?




