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楽園のファミリア 〜運命を変える女神の継承者〜  作者: もく
【少女編・第2部】
18/18

小さな共通点




 失敗した前髪は上手いこと編み込んでもらった。

 用意された服は可愛らしいワンピース。はたして自分に似合うのかと疑問に思いながら、イリゼは袖を通した。


「うん、よく似合ってる。ほかの服もすぐに手配するから、ひとまず今日はそれ着てて」


 ルシアンはにこにこしながら編み込んだ箇所に髪飾りを付ける。着ていて違和感がないが、サイズの大きいこのワンピースを詰めたのも彼だという。

 色々と手慣れていて、何者なんだろうという素朴な疑問が浮かんだ。


(なんだか、自分じゃないみたい……)


 領主城の使用人らが見れば、驚いて開いた口が塞がらないかもしれない。

 いまのイリゼはどこから見てもいいところのお嬢様のような姿をしているからだ。


(前髪がすっきりして、よく見えるようになったけど)


 胸が、落ち着かなくてそわそわする。

 自身の姿に見慣れていないイリゼは、それからしばらくぼうっと鏡の中を見つめていた。


「さて、そろそろ食事の時間だ。部屋と食堂、どっちで食べたい?」

「それじゃあ、食堂で」


 部屋と言えば、わざわざここまで配膳させることになってしまうのだろう。

 ちょっとでも手を煩わせないようにと思って言ったのだが、イリゼはすぐに後悔した。



 ルシアンに扉を開けられて中に入ると、イリゼはすぐに動きを止めた。

 同じように、視線の先にいる相手も動きを止める。


「あ、ボス。おはようございます」

「……」

 

 挨拶をするルシアンに、レドは眉を顰めるばかりで一向に言葉を発しない。


(この人がいるなんて思ってなかった)


 そのうち世話になると直接言わなければとは考えていたが、タイミングが急すぎた。

 レドもそう思っているのかもしれない。

 結果、イリゼとレドは同じような難しい表情をしたまま、お互い無言を貫いていた。


「どうですか、ボス。ワンピースと髪飾り、すごくお似合いでしょう?」


 埒が明かないと、ルシアンは得意げにイリゼの姿を見せびらかした。実に楽しそうである。

 いらんこと言うな、というのがイリゼの正直な気持ちだ。こんな状況で、立場で、楽しくおめかし姿を披露できるほど図々しい神経はしていない。


「……」

「……」

「……。はっ、まんまと着せられてるな」


 長い沈黙の末、レドは目を逸らしながら鼻で笑う。

 確かに自分も着せられている感が否めないとは思っていたけれど、言われる相手によってこんなにも腹立たしいのかと、イリゼは拳を握った。


「素直じゃないですね、ボス」

「俺は本心しか言わねえ」

「そうですね」


 ルシアンは考えの読めない笑みを浮かべて、適当なのかよくわからない返答をした。


(……うまくやっていける気がしない)


 イリゼはふうっと息を吐き、力を抜く。

 そしてルシアンに案内されるがまま椅子に座った。レドとは二つ席が離れた場所である。


「少しここで待ってて。食事を持ってくるから。ボス、威嚇しないでくださいね。それと、大人気なく逃げるのもダメですよー」

「誰がするか」


 そう言って、ルシアンはイリゼが入ってきた方向とは別の扉へと向かっていく。厨房へ向かったのだろうが、ルシアンがいなくなったことでイリゼには息が詰まる空間が出来上がった。


「……」

「……」


 先に食事をしていたレドは、前菜のサラダに手をつけていたようだが、皿を見ればわかるようにあまり進んでいない。

 イリゼが入ってきたときから変わらず険しい表情のまま、皿に乗ったミニトマトをフォークで器用に転がしていた。


(私もあまり得意じゃなけど)


 酒場の残り物には、ミニトマトが混じっていることもあった。

 空腹が満たされるので食べてはいたが、あの噛み潰したときのぐじゅりとした食感が慣れない。


(まだ五つもミニトマト残ってる)


 観察をしていると、ミニトマトを意味もなく転がしていたフォークの動きが止まる。

 なんとなく視線を感じてレドの顔を見ると、しっかり目が合ってしまった。


「時の神獣はどこにいるんだ」


 むすっとした顔でレドが尋ねてくる。


「部屋で寝ています。起こすのは、可哀想だったので」

「そうか」


 レドはフォークから手を離し肘を着く。聞いたわりにはあまり興味がなさそうだった。


「あの」


 この機会にと、イリゼはさっさとレドに言ってしまおうと口を開いた。レドは視線だけを寄越している。


「これから少しだけ、お世話になります」

「……あいつらが決めたことだろ。俺には関係ない」


 さすがに関係なくはないだろうと、心の中でため息をつく。それでも会話ができるなら昨日よりかはマシである。


「私、お母さまのことが知りたいです。お母さま、自分のことをなにも覚えていなかったから。だから」

「おい」

「……っ、はい」

「俺の前で、あの女の話はするな」


 拒絶に似た目を向けられ、イリゼはハッと口を噤んだ。


(どうして、私……余計なことを。お世話になるって伝えたかっただけなのに)


 レドの顔を見ていたら、なぜか言葉を続けていた。

 オフィーリアの話を出してレドがどんな反応をするのか見たかったというのも理由にあったのかもしれない。


(なにを考えてるのか、この人が一番分からない)


 こんな人が父親かもしれないと言われても、イリゼには想像がつかない話だ。


(怖い顔してる。ミニトマトも食べてない。でも、昨日よりずっと静か)


 纏う雰囲気も不機嫌だが、周囲を威圧するような胸を抉る危うさはない。きっと感情が荒ぶると抑えが効かなくなるタイプなのだろう。昨日はかなり頭に血が昇っていたようだから。

 

 そして、やはり。


「…………」


 オフィーリアを思い出しているその横顔は、イリゼにはとても哀しそうに見えた。

 本当にこの人は、ただ母を憎んでいるだけの人間なのだろうか。

 そんな考えができるようになったことに気づき、昨日の自分も頭に血が昇っていて冷静ではなかったんだなと思い知らされる。


(嫌な人だけど。でも、お母さまのこと本当はどう思ってるんだろう)


 それを聞くには、あまりにもふたりは遠すぎる。

 たとえこの男に隠れた本心があるとしても、おそらくいまのイリゼには、その片鱗に触れることすら許してはくれないのだろう。


(……はあ。なんだか、疲れる)


 イリゼは改めて自分の置かれた状況にうんざりするのだった。


「お待たせしましたー……って、あれ、ボス。もうお済みで?」


 ルシアンが戻ってくると、レドはすぐに席を立った。残された皿には、ミニトマトだけが綺麗に転がっていて。


 ルシアンはこっそりと「ボスは、生のミニトマトが食感が苦手なんだ。でもダヴィデさんは好き嫌いするなって関係なく入れるんだけどね」と教えてくれた。


 変なところで、共通点を見つけてしまった。


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