起床
きらきらと、輝く七色の宝石がある。
綺麗だけど、それはとてもとても傷ついていた。
宝石は目の前にあって、手を伸ばさなければ儚く消えてしまいそうで。
そっと触れ両手で包み込むように胸に引き寄せる。
美しく神秘的な宝石は、音もなく光の粒となって散り散りに飛んでいった。
欠片を集めようと、また手を伸ばす。
『――イリゼ!!』
そんなとき耳をかすめたのは、必死に呼び止める誰かの声だった。
***
ぱちんと瞼を持ちあげる。
目覚めたイリゼが夢うつつに思ったのは、「ここは一体?」という寝ぼけ台詞だった。
すぐにぼんやりとした思考は覚醒し、ここがテゾーラファミリーが所有する地上の屋敷のひとつだと思い出す。
そしていまいるのは、しばらく滞在することになったイリゼが案内された客室だ。
「重い……」
じいっと天幕に意識を集中させていたイリゼは、足元から感じる重みが気になった。
体を起こして確認すれば、黒い毛玉がのしかかっている。
「ぐっすり眠っちゃって」
お腹を上にして、両脚を広げ、前脚は胸の前で折り曲げた様はさながら猫のようだ。あまりにも無防備な寝姿にふふっと穏やかな笑みがこぼれた。
(まったく起きる気配がない)
イリゼは安心しきって寝息を立てる時の神獣に触れる。
小さな角が生えているという特徴はあるものの、この生き物が時を司る神獣と言われても説得力は皆無である。
「クゥイ〜キュルル……」
寝言のように口をもごもごさせる神獣を横目に、イリゼは近くの窓を見やった。
外は薄暗い闇に覆われている。領主城での生活リズムが残っているイリゼは、今日も日が昇る前に起床した。
(こんなにゆっくり起きたのは久しぶり。慣れなくて、なんだか目が冴えてる)
肌を刺す藁ベッドも、すきま風が痛々しく吹く格納庫でもない。
手触りの良いシーツ、優しく頭を包み込んでくれる枕、あたたかい毛布。何もかもがこれまでとは違っていて戸惑ってしまう。
「あなたはいいね、気ままで」
すぴすぴと鼻息を鳴らす時の神獣のお腹を指で突っついてみる。やはり起きる気配はなく、右脚をぴくりと動かすだけだった。
(だけどこの子がそばにいると安心するような……変な感じがする)
昨日、突然に現れたというのに、近くにいると心地がいい。本当に神獣というのは不思議な存在だ。
イリゼは熟睡した時の神獣に毛布の端をかけてやり、自分はそっとベッドから抜け出した。
素足のまま向かったのは、客室に備え付けられた化粧台の前だ。
(領主城を出たら切ろうと思ってた前髪。ちょっと予定とは違うけど、ちょうどいいや)
化粧台の棚を引くと、散髪用のハサミがあった。
手入れの行き届いたゴールド調のハサミを手にして、刃を伸びきった前髪に当てる。
「これ、ぐらい? もう少しかな」
いつも鼻先あたりで適当に切っていたため、いざ整えようとすると技術の拙さに手が震えた。
ぐいっと毛束を持ちあげて、鏡に映る姿を確認する。
(これ、ほんとに大丈夫かな)
一抹の不安がよぎった瞬間、ベッドで眠っていた時の神獣が、「くひん!」とくしゃみをした。
静かな室内に響いた音は、ハサミを持っていたイリゼの手元を狂わせるには十分で。
「あーっ!」
シャキ、と。気持ちのいい刃の音と、焦りを含んだイリゼの声が出たのは同時のことだった。




