もう会えない
「――俺じゃねぇ」
ルシアンとダヴィデが部屋に入ると、顔を顰めたレドが開口一番に発した。
「まだなにも言ってねぇだろう」
「顔に書いてあるんだよ。俺の子かどうかって話だろ」
「まあ、その通りです」
近寄りがたい雰囲気にものともしないルシアンは、飄々とした笑みを浮かべてレドに近寄った。
「あの子から言伝が。お世話になります、だそうです」
「世話?」
「しばらくここに滞在してもらうことになったんだよ。色々と謎が多い子だからな。神獣のことだってあるんだ、ボスも反対はできねぇだろ?」
「……ちっ」
レドは聞こえるか聞こえないかの音で舌打ちを鳴らした。先ほどから気が立っていて、無意識に椅子の腕掛けで指をトントンと動かしている。
「あの子がまた改めて挨拶できればって話してましたよ。ボス、逃げそうですけど」
「減らず口を言ってんな」
レドは顔をふいっと背ける。実のところ、図星だった。
「その嫌そうな反応、あの子とおんなじだ。なんだかんだ似たもの同士じゃないですか?」
「そろそろ黙れ」
「はい、失礼しました」
ルシアンは笑って口を閉じる。
すると、ダヴィデがレドの近くにある椅子に腰を下ろして話を始めた。
「あのお嬢ちゃんが天空領主家の、誰かの血を引いているのは事実なんだ。しかも、拙いが時の神獣の力を扱えている。父親が誰なのかも知っとくべきだ」
「だから、俺ではないって言ってるだろ」
「だが、あの頃ボスはオフィーリアと――」
ダヴィデが言いかけた途端、近くの飾り棚に置かれたガラスのランプが音を立てて割れる。
それを見たダヴィデは、大きくため息を吐いて額に手を当てた。
「俺は可能性の話をしてんだ、冷静に聞いてくれや。誰の血を引いてるのかってことを考えたら時期からして二人しかいねぇ。ボスか、先代の後継者マルコだろ」
「……」
「おい、聞いてるか? 一応、あんたの兄貴のことだぞ」
「……はっ、俺が違うって言ってんだ。アイツで決まりだろ」
レドは投げやりに言い放った。
先代後継者、マルコ。
先代の天空領主の嫡子であったマルコは、レドとは腹違いの兄弟の一人だった。
そして現在は、行方知れずとなっている。
「……そう、なんだがなぁ」
十一年前の状況を鑑みても、父親はマルコである可能性のほうが高い。
レドが違うと言っているのは、なにも感情論だけの話ではないのだろう。イリゼの年齢は十歳で、レドを父親だとするにはどうしても時間のズレが生じてしまうのだ。
「にしても、次から次へと問題ばかり出てきやがる。まさかオフィーリアが、死んでいたとは……」
少しだけ声を落としたダヴィデは、気まずそうにレドの様子を確認した。イリゼが事実を明かした直後はすぐに部屋を出ていってしまったが、今はなにを考えているのかさっぱり読めない。
「なあ……記憶をなくしたにしては、あの名は当て付けだと思わないか?」
「お嬢ちゃんの名前……イリゼ、か」
イリゼとは、天空の大地の古い言葉で七色という意味があり、七つの祝福を授けた女神の尊称の一部にもなっていた。
「まあ、いい。もういない人間の思考をいくら考えたところで無駄だ。あのガキの世話はルシアン、お前がやれ。本当になにも知らないのかどうか、変な気を起こさないように見張っておけよ」
「承知しました」
今夜はもう、それ以上話す気がないのだろう。
ルシアンやダヴィデから体を背け、レドは窓の外で輝く空の星に視線を移してしまった。
覇気のないレドの背中に、ふたりは気遣うように部屋を出ていこうとする。
「そうだ、ボス。あの子はまだ、指輪を返してもらうことを諦めていませんよ。なんたって、あの子にとっては大切な母の形見だそうですから」
「だから、これは俺のなんだよ。あのガキに伝えておけ」
***
ルシアンとダヴィデが退室し、部屋にはレドだけになる。
「……」
空に浮かぶ星を見あげる瞳はどこか虚ろで、おもむろに懐から指輪を取り出した。
女神の雫が嵌った、イリゼが形見と言い張る指輪である。
「あの、女」
かすれた音の最後は声にすらならなかった。
レドは指輪を手のひらで強く握りしめ、重い動作で拳を額に押し当てる。
もう一度、動かした唇はひどく震えていた。
「なに、形見にしてるんだ――」
その本心は、深いところでずっと燻っている。




