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楽園のファミリア 〜運命を変える女神の継承者〜  作者: もく
【少女編・第1部】
10/18

印象最悪の男




 寝台の左側。アンティーク調の扉が開かれ、七色眼の男が姿を現した。

 その手にはイリゼが求めるものが置かれていた。


「ああ、ボス。そろそろお呼びしようと思っていたところで」


 ルシアンが椅子から立ち上がり、七色眼の男に場所を譲るように後ろへと下がった。

 七色眼の男は無言のまま寝台に近づくと、同じく無言のまま見上げるイリゼを見下ろす。


「イリゼ」


 ふと、男は声に出し、イリゼはすぐに区別がついた。今のは呼びかけたのではなく、ただ音にしただけの無機質のものだと。


「あの女が名づけたようだが……俺への当て付けか、反吐が出るセンスだな」

「……」


 こいつ、嫌いかもしれない。

 イリゼの心の中で、七色に輝く瞳を持った男の位付けが密かに確定した。



 ***



 生前のオフィーリアに、訊いたことがある。


『おかあさま。どうしてイリゼは、イリゼなの?』


 化粧台の椅子にオフィーリアが座り、その膝に乗って髪を梳かされる幼いイリゼは、振り返って言った。

 子供ながらに知りたかったのだ。大好きな母が愛おしそうに呼ぶ「イリゼ」という名には、どんな意味があるのだろうかと。


『それは……』


 すると、髪を梳かす手が止まった。


 はっきりとしない口ぶりのオフィーリアは珍しい。

 イリゼが首を傾げながら化粧台の鏡に視線を戻すと、申し訳なさそうにイリゼを見つめる母の姿が映っていた。


『ごめんなさい、おかあさま。イリゼ、変なこと言っちゃった?』


 悲愴を漂わせる母の表情を見ていられなかった。

 理由がないならないで、それでよかったのに。

 自分の発言に頭を悩ませてしまったことが、イリゼには堪えた。


『違うのよ、イリゼ。ごめんなさい、謝らせてしまって』


 そう言ってオフィーリアはイリゼの頭に口づける。

 鏡越しに目が合い、オフィーリアは優しく微笑んだ。


『産まれたあなたが初めて目を開けたとき、窓から光が射し込んだの。その光に照らされたあなたの瞳は、まったく別の色に見えてとても幻想的だったわ』

『げんそうてき?』

『とてもきれい、という意味よ』


 オフィーリアはイリゼの頭を撫でると、顔が見えるように正面を向かせた。


『そのとき、ふと頭に浮かんだのよ。あなたの名前は、イリゼだって』

『へえ〜』


 名前の意味を知ることはできなかったけれど、イリゼはそれでよかった。

 どんな状況で自分は「イリゼ」になったのか。それを知れただけでイリゼは満たされていた。


 そういえば――あのとき母が言っていた『全く別の色』とは、どんな色をしていたのだろう。


 今では遠い昔に感じる母と子の会話。

 本人の口から聞けることは、もうないのだ。



 ***



 赤の他人に自分の名前を「反吐が出るセンス」だと吐き捨てられたとき、どんな反応をするのが正常だろう。

 人の名前にどんな感想を持つかは個人の自由である。そして、それに対してどんな対応をするのかも、個人の自由だ。


「……っ!」


 イリゼは近くにあった枕を手繰り寄せ、ぎゅっと両手で掴むとそれを無礼な発言をかました七色眼の男目掛けて投げつけた。


「おっと」


 残念ながらイリゼが投げた枕は七色眼の男に当たらなかった。凄まじい瞬発力で入ってきたルシアンの手によって阻まれてしまったからだ。


 どうして庇うのかとルシアンを恨めしそうに見れば、彼は肩を竦めた。


「ボス、大人気ないですね。入ってきて早々にそんなことを言うなんて」


 ルシアンは枕の皺を伸ばして整えると、それをイリゼの足元に置いた。すかさずイリゼは枕を取り、もう一度七色眼の男に向かって投げる。しかしまたルシアンによって止められた。


「なに遊んでるんだ、お前は」

「いや、つい。良心的にはこの子に加勢したくもあるので、攻撃の機会は作ってあげたいなーと」

「阿呆が」


 七色眼の男は呆れを滲ませた。顰めっ面は一向に崩さず、イリゼをじろりと見やる。


「城の使用人によれば常に理性的、感情を剥き出したところを見たことがないという話らしいが、随分と違うな。むしろガキらしく感情的で……ただのガキだろ」


 二回もガキと言う必要はあっただろうか?

 ザルハン領主城にいた頃のイリゼは、極力感情を表に出さず面倒事を避けて過ごしていた。

 しかし、それはあくまでも城にいるときの話であり、本来のイリゼとはそもそも頭で考えるより先に行動に出やすい。


「ほんとにボスは子供に歩み寄ろうとする意思がないですね。これじゃあいつまで経っても話しが進まないと思うんですが」

「俺はガキが嫌いなんだよ」


 七色眼の男はうんざりした様子でイリゼから顔を背ける。


「でしたら自分から来ないでくださいよ。せっかく仲良くお話している最中だったのに。ねー?」

「はっ、仲良く? よく言うな。このガキの目は、さっきからコレしか見てないだろ」


 言葉通りイリゼは七色眼の男が持つ指輪から一度も目を離していない。

 

「そんな見せびらかすように持ってこなくても」

「俺はさっさと指輪の情報をガキから聞き出したいだけだ。それが終われば、こいつがここにいる理由はなくなる」


 七色眼の男は冷たく言い放つ。瞳がこちらを映すことはなく、踵を返して背を向けてしまう。


(待って!)


 イリゼは咄嗟に七色眼の男の衣服を掴んだ。


「あ?」

(わ……!)


 七色眼の男は掴まれた違和感に振り返る。くるりと体の向きを変えたため、イリゼは引っ張られるように寝台から転げ落ちた。

 なんとか受身を取れたが、打った体半分がとてつもなく痛い。おまけに男の服の端は離さず掴んでいるので、体勢がとんでもないことになっていた。


「いい加減、離せ――」


 起き上がるように手を貸すこともなく、不愉快そうに七色眼の男が言いかけたとき、部屋の扉が再び開かれる。


「おーい、ルシアン。子供の様子はどう……だ……?」


 新たな声が聞こえ、イリゼは七色眼の男の長い脚の間からそちらを確認する。


 扉の前には白衣を着込む紫髪の男が立っていた。そしてイリゼが床にいる状況に、口をあんぐりと開けている。


 その額に青筋が浮かんだところで――。

 

「てめぇら、病人になにしてやがる!!」


 あまりの怒号に、イリゼは掴んでいた服の端を離していた。



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