青春殺しと死なない少女たち ④
「では。次は王崎さん。自己紹介をお願いしますね」
と、篠江先生が王崎さんをさす。
「はい! わたしは、王崎桜歌。十六歳。関東最強の調停ヰ者」
名乗りとともに、王崎さんは力強く立ち上がった。
「病ヰ名、『我は貴き血喰い姫』。血を吸ったり、血を操ったり、空を飛んだり、再生したり、吸血鬼っぽいことは大抵できる。弱点は、なし! なぜなら、鍛えて全て克服したからね!」
そう発言する王崎さんの瞳は、自信に溢れている。かっこいい……。
「好きなことは、強くなること。以上」
そうして彼女は再び席に腰を落ち着ける。
「ありがとうございます! 王崎さんがいれば、関東は安心ですねぇ。では、次は鍵市さん」
名指しされ、水色髪の地雷風少女――鍵市さんが立ち上がる。かなり小柄なようだ。篠江先生と同じくらいだろうか。
黒色のマスクを少しずらして、鍵市さんが口を開いた。
「タバサは、タバサ。鍵市束沙。十六歳」
少しだけ舌足らずな調子で、鍵市さんが声を重ねていく。
「病ヰ名、『灼け朽ちた翼』。怪我をすると炎が出て、治る。ほぼ不死鳥。かっこいい?」
なぜか、鍵市さんは僕の方を見てそう言った。
「ん? うん」
僕が頷くと、鍵市さんはなぜか満足そうにドヤ顔をした。
なんで?
「治るとき、気持ちいいいからおすすめ」
なんて?
「好きなことは、酷い目に遭うこと。よろしく」
ぺこりと頭を下げ、椅子に座る鍵市さん。
いや、最後になんかとんでもないこと言わなかったか?
「ありがとうございます。では、次は山乙さん」
鍵市さんの発言には誰も突っ込まない。強いて言えば、布団の上にいる灰谷さんが無言で引き顔になっている。灰谷さんとは、なんだか仲良くなれそうだ。
山乙さんと呼ばれた少女は、キョンシーの姿をした彼女のことだ。
身長はかなり高いようで、派手なチャイナ服がよく似合っている。
そしてよく見ると、萌黄色――薄い緑の髪と、額から垂れる霊符の下に覗く顔は、かなり整っている。キョンシーだからか、顔色はかなり悪いのだが。
「……あう」
ゆっくりと立ち上がったまではよかったのだが、山乙さんは顔を俯けたままに黙り込んでしまう。やはり、コミュニケーションを取ることは難しいのだろうか。
「あー。緊張しちゃってるみたいですねぇ。山乙さんは恥ずかしがり屋で人見知りなんです。代わりに、私が紹介しちゃいましょうか?」
篠江先生の助け舟に、山乙さんはこくりと頷き椅子に腰かける。
「彼女は、山乙雨梨さん。十七歳。病ヰ名、『それでも心は腐らない』。キョンシーっぽいことができます。それから、不死身です。キョンシーですので、痛覚や感覚が鈍磨してしまっているようです」
キョンシーっぽいことと言われても、あまりピンとこない。毒を出したり髪や爪を伸ばしたりできるんだっけ?
「好きなことは確か……。お散歩をして、野生の鳥さんと一緒にのんびりすることでしたっけ?」
山乙さんは静かに顎を引く。趣味、かわいいな。
「最後に注意事項です。これは山乙さんに口止めされているので詳しくは話せませんが、彼女の前で大きな怪我を負ってはいけませんよ、入村くん?」
「え? はい」
ん? なんで僕だけ? ……って、皆は怪我をしないからか? いや、さっき、僕が思いっきり傷つけてたような……? でも、山乙さんが隠したいことなのであれば深く追及はできまい。
「では、最後に灰谷さん。どうぞ」
「はいはい」
浮かぶ布団に座り直し、灰谷さんが大儀そうに自身の金髪を手で払う。
「ボクは、灰谷嵐々。十六歳。一応、調停ヰ者。病ヰ名、『超微能力』。あらゆる超能力をちょっとずつ使える」
灰谷さんは、宙に浮く敷布団を指さした。
「この布団を浮かしているのが、空中浮遊。入村の闇を退けたのが、念動力。入村の病ヰの暴走を一早く知ったのは、予知。現場に駆け付けたのが、瞬間移動。念話は苦手で、勝手に人の頭ン中覗いたりはしないから安心してくれ」
その万能の病ヰに僕は舌を巻く。ただ人を傷つけるだけの僕の病ヰとは天と地ほど差があるだろう。
しかし、万能であるがゆえに制約や弱点もありそうだ。
そんなことを思っていると、灰谷さんが僕の心を読んだかのようにこう続けた。
「制約は勿論ある。病ヰを使いすぎるとすごく眠くなる。……見た目はこんなんだが、決して引きこもりゲーマーってわけじゃない。引きこもりゲーマーの超能力者だからな?」
引きこもりゲーマーではあるんだ。
「心配性なボクは、常に自分の周りに念動力を発し、嫌な未来だけを察知するよう予知も展開している。だから入村に殺される心配はない。あと、布団を浮かせる空中浮遊も、常時展開」
最後のは、別にいらなくない?
「ボクがいつも布団の傍にいるのは、落ち着くからだ。落ち着くと、超能力が冴えるからな」
「ですが、いくらうちが自由を重んじる校風とはいえ、授業中のゲームは許されてませんけどねぇ……?」
「うっ」
篠江先生の鋭い眼光が飛び、灰谷さんは委縮し布団にくるまれ姿を消してしまった。どうやら、篠江先生には弱いらしい。
灰谷さんは、布団の中から顔だけを出してこう付け加えた。
「あと、ボクはあらゆる超能力をちょっとずつ使えるが、その一つ一つの精度は低い。予知も、絶対に見たい未来が見えるわけじゃないし、見える光景もいつも断片的だ。だから、あんまり期待はしないでくれ。以上。あ、好きなことはゲーム。って言うまでもないか」
こうして五人のクラスメイトの自己紹介は終わった。
先生を含め、なんだかアクの強い面々だが、青春初心者の僕は果たして上手くやっていけるのだろうか。
顔を俯けていると、となりから声がした。
「頑張ろうね、炉一。きみの病ヰ、わたしが鍛えてあげる」
王崎さんは、いつも僕が不安そうな顔をしたときに声をかけてくれるな。
「うん。いつか、きみよりも強くなってみせる」
なんて、冗談混じりに言ってみる。
すると王崎さんは、体から全てのエネルギーを目に送ったのではないかと錯覚するほどに、眩い輝きを双眸に含めた。
「うん。期待してるね!」
王崎さんは真面目に取り合ってくれたが、果たして本当にそんな日がくるのだろうか。
今は期待よりも不安の方が大きいが、好きな人のためにもどうにかあがいて成長していきたい。
好きな人に、振り向いてもらうために。
そして。
好きな人を、殺してしまわないように。
〇
その夜僕は、寮にある自分の部屋のベッドで横になっていた。
一日で色々な経験をしすぎて、すぐに瞼が降り始める。
しかし、枕元に置いたスマホの点滅が僕の眠気を邪魔してくる。
なんとなく画面を確認してみると、父からの心配のメッセージと母からの激励のメッセージが届いていた。
ついでに、妹からの煽りメッセージも。なんだこいつ。
そして、家族以外からも届いている。久玲奈だ。家族以外で僕とメッセージのやり取りをしてくれるのは彼女しかいない。
僕は、彼女の連投を見て思わず眉根を寄せた。
『足の怪我大丈夫?』『助けてくれてありがとう』『桜歌ちゃんと、どういう関係?』『ろいちゃんもついに病ヰになっちゃったわね』『紫東学園に転校したのよね? ろいちゃんの病ヰが落ち着いたら、会いたいな』『でも、危険な病ヰなのよね。私、ろいちゃんに殺されないように強くならなきゃ』
僕は、その連投にどう返答したものかと数秒悩んだ。
久玲奈は紫東学園に通っている。そして、どうやら王崎さんとも知り合いらしい。
しかし、今の僕が彼女と会うのは危険が伴うだろう。
『怪我は、なんか治った』『王崎さんとはなんにもないよ。彼女は、僕の恩人』『僕も、久玲奈を殺さないよう、病ヰをコントロールできるように強くなるよ』『またいつか一緒に遊ぼう。絶対に』
すぐに返答があった。
『そうだね』
僕が返事をする前に、久玲奈の追加のメッセージが画面に生まれる。
『ところで、ろいちゃんは強い子が好きなの?』
その質問の意図が僕にはわからなかった。僕は王崎さんが好きだが、彼女が強いから好きだというわけではないのだと思う。だが、強さも王崎さんの魅力の一つであることは確かだ。
『そうだな。どっちかというと、好きなのかも』
『そっか。……わかった』
久玲奈のその返答を最後に、このやり取りは終了したのであった。