青春殺しと死なない少女たち ③
そして現在。
僕は、僕のための『特別臨時クラス』の教室で、空いていた端の席へと腰を落ち着けた。
それにしても、僕なんかのために新たにクラスを作ってもらうなんて、なんだか申し訳ないな。教室にくると、改めてそう思う。
そう篠江先生にも伝えたのだが、病ヰの相性の良い生徒同士を集めるのは珍しいことではないらしく、どのクラスも頻繁にクラス変えが行われているようなのだった。
僕と同じクラスになってくれた彼女たちにとってこの申し出は強制ではなかったようだが、篠江先生が声をかけた全員が了承してくれたらしい。
皆、優しいな……。危険な僕と一緒のクラスになってくれるだなんて。
まあ、それぞれ裏になにか思惑があるのかもしれないけれど。主に、お金方面とか。
席に座ったのはいいが、どうにも落ち着かない。僕以外女子だけのクラスというのもある。だがそれよりも気になるのは、僕の右隣に座っているのが王崎さんだということ。
人を殺す未来から僕を救ってくれた王崎さん。そんな彼女に、僕は一瞬で惹かれてしまった。
これが恋なのかどうか、恋愛をしたことがない僕にはわからない。でも、僕が彼女のことを好きだというのは紛れもない事実だ。
まさか彼女と同じクラスになれるとは。それも、隣の席?
一日で色々ありすぎだろう。
僕の青春の許容量はもう、パンク寸前だ。
ガチガチになっている僕に気が付き、王崎さんが優しく声をかけてくれる。
「よろしくね?」
「あ、ひゃいっ」
裏返った。恥ずかしい。消えようかな。
「はぁい。ということで、五人全員揃いましたねぇ」
手を叩いて耳目を集めたのは、教壇に立つ魔法少女、篠江先生だ。
「せっかくだし、自己紹介でもしましょうか。ではまずは入村くんから――といきたいところですが。緊張しているようなので先生からいきましょうかね」
目をぐるぐるさせる僕を見兼ねてか、篠江先生がそう言ってくれた。優しい。
「私は、篠江涙琉。こう見えて、ニ十歳でぇす」
篠江先生は、ピンク色のステッキを持った右手で作ったピースを、顔の横に飾る。
二十歳と言われても、そうは見えない。
ピンクの魔法少女衣装に身を包んだ彼女の身長はかなり低く、小学生に見えなくもない。そのせいか、その服装は異様に彼女に似合っている。
「私はもう大人ですが、今も病ヰを発症したままです。病ヰ名は、『魔法青少女』。空を飛んだり、魔法が使えたりしまーす」
そう言って彼女がステッキを一振りすると。天井から飴やチョコ等のお菓子が僕たちの机の上へと落下した。
「私は元、関東最強の調停ヰ者でしたが、今は随分と力が衰えてしまったんです。現在はこの学校の教師をしていますが、私の病ヰが治ってしまう日もそう遠くないかもしれませんねぇ」
「病ヰは少年少女だけがかかる病気ですよね? 大人の篠江先生は、どうしてまだ治っていないんですか?」
タイミングはここしかないだろうと思い、僕が口を挟む。
「それがですねぇ。ノノちゃん……倉骨先生が言うには、私がずっと青春に囚われ続けているからしいんですよねぇ」
頬に手を当て、篠江先生はぶつぶつとこう溢す。
「在学中に恋人ができれば治ると思ってたんだけどなぁ」
……ん?
えっと、つまり……?
恋人ができなかったから治らなかったと? なにそれ?
先生はまだ、青春に囚われているということなのだろうか。でもそれだと、高校を卒業するまでに病ヰが治らない人は他にもいそうなものだけどな。
恋の悩みを持つ学生なんて、星の数ほどいるはずだし。
「あの、先生みたいな人は他にもいるんですか?」
「いいえ。今のところは私だけみたいですよ。皆、自然と大人になっていくものですからねぇ。……はぁ。早く現れないかなぁ。私の恋人になってくれる、使い魔」
「……ん?」
聞き間違いか?
いや、確かに使い魔って言ったよな?
それはあれか? 自分の思い通りになる恋人がほしいとか、そういうこと?
「あの、使い魔っていうのは」
「魔法少女の使い魔ですよぅ!」
「え」
それって、マスコットキャラ的な、あの?
「私は、魔法少女の使い魔が大好きなんです! 小さい頃に見た、魔法少女と使い魔との熱い友情が芽生えるシーンでなにかに目覚めてしまいまして……。それから私は、私の恋人になってくれる使い魔を探してるんです! だから、こんな病ヰを発症したんでしょうかねぇ」
篠江先生は、恥ずかしそうに手で顔を覆ってもだえている。
「使い魔ばっかりは、私の魔法でもどうにもならなくてですねぇ……。私、魔法で生き物は生み出せませんから」
なるほど。
青春に囚われているという、その言葉の意味がなんとなくわかった気がする。
篠江先生は、使い魔の恋人がほしいという願いを強く持っている。病ヰが治り、自身が魔法少女でなくなったら、その願いが叶わなくなってしまうと思っているのだろう。
なんというか、凄くこじれた先生だ。
でも、自分をさらけ出せるところはなんだかかっこいいな。
まさか、皆が自己紹介しやすい空気を作り出すために?
「とまあこんな感じで! 自分の名前と病ヰ名、年齢、あとは好きなものや好きな人や趣味……なんでもいいので一言お願いしますね。では、入村くんから」
先生に促され、僕はおずおずと立ち上がった。
「入村炉一、です。十七歳。病ヰには今日かかったばかりの新参です。病ヰ名は『青ヰ春殺し』。病ヰを殺す病ヰです、迷惑をおかけして、すみません……。趣味、は……」
しまった。僕にはこれといった好きなものも趣味もない。
好きな人ならいるんだけれど……。
ちらりと王崎さんを見ると、淡く微笑を返してくれる。そんな仕草に、僕はいちいちドキッとしてしまう。
そんな様子を見た篠江先生が、僕の緊張をほぐすためだろうか。声をかけてくれた。
「おやおやぁ? 入村くん。もしかして、王崎さんのことが好きなのですかぁ?」
恐らく、空気を和ませるために茶化して言ってくれたのだろうが。
僕は、少しも躊躇うことなくこう言っていた。
「あ、はい。好きです」
篠江先生と灰谷さんが、驚愕により吹き出した。
「あ、好ッ!? 好きなんですね!? ででで、でも、そんなに堂々と!?」
自分から言ったくせに、篠江先生は顔を真っ赤にして狼狽えていた。
「あ、でも。この好きがどういった好きなのかはまだ僕にはわからないので、現時点では王崎さんとお付き合いがしたいとか思っているわけではありません。あ、いえ、これはなにも、王崎さんが魅力的な人ではないというわけではなく、むしろ凄く魅力に溢れている方なのですが、いかんせん僕の恋愛経験が不足していますので、なんなら僕なんかと一緒のクラスで過ごしてくれる皆さんのことは全員好ましいと思っていますし――」
「クソ真面目くんですね!?」
篠江先生の突っ込みが、僕の声を遮った。
「……変なやつ……」
灰谷さんは、布団にくるまりながら僕に引いており。
「む。ロイチはオウカのような子が好き、と。把握」
水色髪の子は、無表情で何度か頷いていた。
「……」
そして、キョンシー少女は無反応だ。
「ありがと! わたしへの好意的な気持ちと言葉はモチベーションに直結するから、包み隠さず伝えてね! それに、わたしを見てもドキドキしないためのきみの特訓にもなるから一石二鳥だし!」
王崎さんは、少しも恥ずかしがることなく、むしろ胸を張っていた。
そんな会話を交わす僕たちを見て、篠江先生は呆然としていた。
「入村くんは、控えめかと思ったら急に大胆になって、掴めませんね……」
「あ、いや、今まで一人しか友達がいなかったので人との距離感が掴めきれていないだけというか……。だからこそ、思ったことはつい口に出してしまうんです。すみません」
「むむむ。真面目すぎるとそうなってしまうんですかねぇ」
篠江先生は、熟れた果実のように真っ赤なままであった。