青春殺しと死なない彼女たち ②
急にきりっと瞳の奥を鋭くした倉骨先生に、僕の背筋は自然と伸びていた。
「十七歳で初発症とは、かなぁり珍しいケースだね。いいデータが取れたよ」
倉骨先生は丸眼鏡の位置を調整し、口元を怪しく歪める。
「で、きみの病ヰの症状だが。簡単に言うと興奮したり不安になったりすると勝手に発生するタイプだね。まあ、この辺は鍛えれば自分でコントロールできるようになるからいいとして、問題はその特性。きみの病ヰ、他の病ヰ持ちに無差別に襲い掛かるようだね。それも、強い殺意を持っているから性質が悪い」
僕は、言葉を返すことも相槌を打つこともできないでいた。
「まあでも、そう悲観することもないよ。自分に制御できない攻撃的な病ヰを発症するなんてこと、珍しい事例じゃないから」
今まで数々の病ヰ持ちを見てきたであろう倉骨先生に言われると、そういうものなのだろうかと納得しそうになってしまう。
「とりあえず、気持ちが落ち着く薬出しとくから。朝昼晩と、ご飯食べたあとに飲んでくれたまえ」
そんな、風邪みたいな感じなんだ?
「入村くんは、今日から紫東学園の生徒ね。この学校で、きみには病ヰをコントロールできるようになってもらう」
「はい。……はい?」
あまりにも急だが、勿論僕に拒否権はない。
「あと、るいちゃん。この子のために臨時クラス作ったげて」
急に水を向けられた篠江先生は、ある程度その発言を予測でもしていたのだろうか。すぐに頷いた。
「はぁい。条件は?」
「彼と同年代で、学力が一緒くらいで、死なない子。王崎さんはマスト」
倉骨先生が、びしりと王崎さんを指さした。
「はい。わたしは構いません」
と、即断する王崎さん。
「彼と一緒にいると、いいトレーニングになりそうですし!」
え。僕、王崎さんと同じクラスになるの?
嬉しいけど、いいのかな。僕なんかのためにわざわざクラスを作ってもらうだなんて。
「そんで、そん中で青春を送ってもらって、早めに病ヰを治す。それか、ある程度病ヰがコントロールできるようになったら元の学校に戻れるかもね。……ま、私の研究に役立ちそうなら、もっといてもらうかもだけれど」
「病ヰ持ちがたくさんいる紫東学園に、病ヰを殺す僕がいるのは危険ではないのですか?」
「入村くん。そんなのどの学校でも一緒だよ。病ヰは健全な少年少女なら皆持ってるからね。その点、ここなら専門家の私もいるし、バカ強い王崎さんや、るいちゃんもいるから安心だ。きみが暴れても、すぐ抑えつけてくれるよ」
それはまあ、確かに。
「まあでも、コントロール不全のきみの病ヰが危険なことは事実だから、今日からこの学校の特別指定寮で過ごしてもらうことになるけど、いいかな? 危険な病ヰ持ちを隔離する、牢獄みたいな場所なんだけれど」
急な申し出ではあったが、僕は少しも迷うことなく頷いた。なんだか、とんとん拍子で色んなことが決まっていく。
「僕は構いません。こんな危険な病ヰを持っているのに、処分されないだけで幸福だと思っていますから」
その言葉に、倉骨先生は一瞬真顔になったあと楽しそうに破顔した。
「あっはっは。きみは面白いね。控えめというかなんというか。病ヰは病気なんだよ? どんなに危険な病ヰ持ちでも、処分なんてできないよ。それに、若者のかけがえのない時間を大人が奪うわけがないだろう?」
大仰に両腕を広げ、肩を竦めてみせる倉骨先生。
「それに、きみの病ヰには未知なる部分が多い。灰谷さんからもらったビデオできみの病ヰはじっくりと観察させてもらったからね。私の見立てによれば、きみの病ヰは病ヰを殺すだけじゃない。きみが病ヰを極めれば、《《この世から病ヰを根絶することも可能かもね》》」
あまりにも突飛なその言葉に、僕と王崎さんと篠江先生の口が自然と開いていく。
「私の希望的観測込みっ込みの、可能性の話だけれどね? だから詳細は、今は語らないけれど。まあともかく、きみの病ヰには利用価値がある。だから、危険だから監禁! なんてことはこの私が許さない」
そうして、倉骨先生は僕の肩に手を置く。
「だから、世界に遠慮することはない。目一杯に青春したまえ、少年」
眼鏡の奥の優しい瞳とその言葉に、僕は酷く感動する。
「そして、私に貴重なデータを持ってきてくれ」
それが本心かい。
倉骨先生は僕の肩から手をはなし、なにかを深く考え始める。
「病ヰ名はそうだな……。病ヰを殺す病ヰ、青春を殺す病ヰ……。――『青ヰ春殺し』、かな」
「ブルー・マンデー……。なんだか、かっこいいっすね」
その響きに、僕が感嘆していると。
「入村くん。騙されちゃ駄目です」
篠江先生が、僕に耳打ちをする。
「ノノちゃんが付ける名前、全部お酒の名前ですから」
「え」
思わず倉骨先生の方を向くと、彼女はにやりと嫌らしく笑って歯を見せた。
えぇ……。少年少女だけがかかる病気に、なんで酒の名前を付けるんだよ。なんだか教育に悪そうだ。
などとは勿論、突っ込めるはずもない。
「なんだか教育に悪そうなネーミングですね」
あ。やばい。普通に声に出てた。
「ふふ。それは……。それは」
倉骨先生は怪しげに笑ったあと。
「た、確かに……。なんか、ごめん。か、かっこいいかなと、思って……」
しょんぼりとした顔で普通に謝っていた。なんだか憎めない人だ。
かっこいいから大丈夫ですよ、と。僕はフォローを入れておいた。