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青春殺しと吸血鬼 ⑤

「皆、逃げてくれ!」

 

 しかし、僕の叫びにも僕の病ヰにも、彼女たちは一切動じなかった。


 涙を溜める僕を見て、王崎(おうさき)さんは胸を張って笑ってみせる。

「大丈夫だよ、炉一(ろいち)! ここに、あなたの病ヰで死ぬ人間は一人もいないから!」

 彼女が言い終わる前に、僕の闇は五人に噛みついた。


 思わず目を瞑ってしまうが、誰の悲鳴も聞こえてこない。


「……?」

 ゆっくりと目を開け、僕はおののいた。


 王崎さんの言う通り、彼女たちは全員が死んでいなかったのだ。


 紅の少女、王崎さんは僕の牙に体を貫かれながらも凄まじいスピードで体を再生している。飛散した自分の血を棘の形に変化させ、僕の闇を教室に縫い付けていた。


「炉一! これ、いい再生のトレーニングになるから定期的に私を殺してね!」

 わぁ。なんて素敵な笑み。

 そんな彼女の発言に引く気持ちが半分。そんなバイオレンスな部分も素敵! とときめく気持ちが半分だ。


 水色髪の地雷風少女は、全身を闇に食われながらもなぜか恍惚の笑みを浮かべている。怪我をした部分が発火し、よく見ると彼女の背からは炎で編まれた翼が出現している。


「……う、ん。こんなに乱暴に殺されるの、初めて」

 と、なぜか嬉しそうに頬を染めながら、体から溢れた炎で僕の闇を焼き尽くしていく。


 彼女が怪我をした部分は、炎に包まれて少しずつ再生しているのであった。

 なんだろう。クールな彼女の第一印象が一瞬で消え去ってしまう。


 キョンシーの姿をした少女は、体を牙に貫かれても表情一つ変えなかった。例に漏れず、彼女の体も少しずつ再生をしているではないか。


「あう」

 そう小さく言い、彼女は自分の爪を闇に突き立てる。そこから毒でも出ているのであろうか。僕の闇は、泡立ちながら溶けてしまう。

 そして彼女は、手で僕の闇の残骸を掬い取り――。


 ……躊躇わず、それを自分の口へと運んだ。


 ゴリゴリと凄い音を立てて、僕の病ヰを咀嚼する彼女。

 それ、食べていいの?


 僕が彼女に若干引いた視線を送っていると、その視線に気が付いたとでもいうのか、彼女は少ししょんぼりしたように肩を落としたように見えた。

 なんか、かわいらしい。キョンシーだけど、感情があるみたいだ。


 そして、灰谷(はいたに)さんに至っては僕の闇が届いてさえもいなかった。

 なにか見えない壁に阻まれるようにして、彼女と彼女が座る敷布団に触れる直前で僕の闇の動きが止まる。


 灰谷さんは、水中輪投げゲームをしながら口を開く。

「お前ら……。再生できるとはいえ、よく平気な顔で攻撃を受けられるな。普通に引くんだが」

 布団にくるまり、他の生徒に半眼を送っていた。


 そして、僕の隣にいる篠江先生はというと。

「あはは! 全盛期よりは衰えたとはいえ、こんなもので私は殺せませんよぉ!?」


 ピンクのステッキから謎の魔法陣を出し、僕の闇を全ていなしているのだった。本当になんなの? この人。


 ……実は、倉骨(くらほね)先生から死なない生徒を集めるという旨の言葉を聞いてはいた。

 だが、本当に目にするまではどこか信じられずにいたのだ。


 そんなことを考えていると。


「……ッ!?」

 不意に、体が重くなる。


 初めて病ヰを発症した際よりも、体力の消耗が激しい。

 五人相手に闇を放出してしまったからだろうか?


 しかし、疲労とは別の感覚も僕の中に存在する。

 出どころのわからない熱量のようなものが、体の中に渦巻いているのだ。


 なんだろう、これ? よくわからないが、体の内から力が溢れてくる、ような……?

 そこまで思った瞬間、僕は電源が切れたかのように脱力する。

 知らない間に、僕の首に王崎さんの牙が添えられていたのだ。そして、彼女はゆっくりと僕の血を吸う。


 やがて僕の鼓動は落ち着きを取り戻し、それに呼応するかのように僕の病ヰは消失していった。


   ◯


 その場が落ち着いた頃合いを見計らい、篠江先生が僕にこう告げる。

「というわけで! 入村(いりむら)くんには今日からこのクラスで過ごしてもらいます! 今見てもらった通り、私を含めてこのクラスは死ななかったり殺せなかったりする生徒ばかりなので、いくらでも暴走してもらって構いません」

「いや、構いますよ」

 冷静に、僕が突っ込んだ。


「僕は、人を殺したくないです」

 どうして僕は、そんな当たり前のことをこんなに真剣な顔で言っているんだ。

 変な人たちに囲まれると、僕の方がおかしいのだろうかといった気分になってくる。


 僕の言葉に、篠江先生は腕を組んでふんすとかわいらしく鼻を鳴らす。

「入村くん。優しいあなたの言い分はわかります。あなたは心から人の幸福を願っていて、不幸は願わない優しい子です。でも、この臨時クラスはきみのためでもありますが、人類のためでもあるんですよ」


「人類のため……?」

 倉骨(くらほね)先生の診断の末、僕の病ヰは要研究対象となった。

 それは、僕の病ヰが危険というのもあるらしいのだが、それ以上に謎を多分に含んでいるかららしい。

 倉骨先生に言わせれば、僕の病ヰを極めれば、この世から病ヰを根絶できるとか、できないとか。


 ……本当だろうか? 倉骨先生、僕の病ヰを利用してなにか怖いこと考えてたりしないよな? ……いや、人を疑うなんて、あまりよくないことだな。


 まあ、そんな大層な目的のためもあってか、僕に殺される心配のない不死の病ヰ持ちを中心に臨時クラスを組んでくれたらしい。

 このクラスにいる生徒は、全員が強力な病ヰを持ち、全員が僕と同年代で学力も同じくらいなのだという。

 よく、そんな狭い条件に合う生徒が四人も集まったものだ。さすがは、マンモス校といったところか。


「ともかく! 入村くんはこのクラスで青春を過ごし、一刻も早くその病ヰを自分の物にするのです! そして、病ヰの完治を目指しましょー!」

 爛々と目を輝かせる篠江先生。


 病ヰは、青春を送ると成長し、青春を過ごして大人になっていくと自然と治る。

 だから、僕に殺される心配のない生徒を集めて僕と青春を過ごしてもらう……と。


 理屈はわかるのだが、なんとなく納得はできない。

 僕なんかのために、彼女たちの貴重な時間を奪ってしまってもいいのだろうか。


 かといって、僕をどこかに拘束するというわけにもいかないのだろう。

 ストレスがたまり、僕の病ヰが暴走でもすればどうなる?

 無差別に、そして大規模に、病ヰ持ちを殺してしまうかもしれない。


「でも、いくら生き返るからって、やっぱり死ぬのは嫌でしょう。痛いし」

「ううん? 言ったでしょ? 生き返るいいトレーニングになるって。わたし、強すぎて死ぬ機会あんまりないんだ。むしろ、バンバン殺してね?」

 と、食い気味に言う王崎さん。


「タバサもいい。むしろ殺して。さっきの感覚、ヤミツキになりそう」

 頬に朱を散らしながら上目遣いで言ったのは、地雷系水色髪少女。


「あう、う」

 キョンシーの彼女も、僕に向かって元気よくサムズアップしている。


「こいつら、マジで引くわ。ボクは死ぬの超絶怖いんだが……。まあ、金もらってるししゃあないが」

 灰谷さん、僕もきみと同意見だ。


 ……というか、金もらってるんだ? まあそりゃ、仕事の一環だわな。命に関わるかもしれないんだから。

 この数分でわかったけれど、布団の上でずっとゲームをしているパジャマ姿の灰谷さんが一番まともなのかもしれない。そんなことある?


「なんか、皆本当に気にしていない感じですね? こわ……」

「まあ、不死系の病ヰ持ちの子は、死生観とか倫理観とか色々ぶっ飛んでる子が多いですからねぇ」

 そう溢す篠江先生。

 いや、あなたは不死じゃないんですよね? 強いから死なないという理由で僕の担任を引き受けてくれたらしいけれど。ありがたいけど、怖いよ。色々。


 心配や申し訳なさで下を向いていると、篠江先生が僕の背を優しく叩いた。

「いいんですよ。入村くん。この年まで病ヰを発症していないということは、きみは今まで青春から遠い生活をしてきたんでしょう? いい機会だと思って、ここで目一杯青春を過ごしていってくださいよ。きみにしか過ごせない、歪な青春を、ね」

「歪な、青春」

 言われて、僕は顔を上げる。

 病ヰ持ちを殺してしまう病ヰを持った僕の前には、僕のために死なない少女たちが集っている。


 いいのだろうか? 僕なんかが幸せを享受しても。

 いいのだろうか? 僕なんかが青春を過ごしても。


 いや、それでもやっぱり。

「人は傷つけたくないなぁ」

 僕のその言葉に、王崎さんがくすりと笑った。


 人を不幸にしたくないからこそ、僕はこの病ヰを自分の手でコントロールできるようになりたい。

 そして、王崎さんに少しでも近づくために、強くなりたい。

 拳を強く握り込み、決意を込めて前を向く。


「……わかりました。僕はこのクラスで自分を鍛えます。誰も殺すことがないよう、初めての青春を、やり切ってみせます」

 自然と、僕は王崎さんを見てそう言っていた。

 彼女は、腕を組んだまま口の動きだけでこう言った。「楽しみにしてる」、と。


 こうして僕の。


 青春を殺さないように青春を送る、歪な青春の日々が始まったのだ。



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