青春を始めるのに遅いなんてことはない ⑫
僕らは三人で抱きしめ合って、迫りくる地面を待った。
落下の恐怖と、王崎さんと久玲奈に同時に抱きしめられているという事実が僕の心臓を襲う。
こんな状況で僕の病ヰが暴走したら洒落にならない。いや、どうせ落下で死ぬならもう同じなのか……?
僕の翼でなんとか飛べないか? ……無理だ。試してみたが、飛行初心者の僕が二人も抱えて飛べるはずがなかった。
今不死性を有するのは僕だけで、でも僕の不死性もどれほど続くかわからないし、半端な吸血鬼の僕がこの落下ダメージを回復できるかはわからない。
だ、駄目だ。極限の状況が続きすぎて頭が回らなくなってきた。
とにかく、現状が非常にマズいということだけはわかる。
「そうだ、久玲奈! 灰谷さんの布団は?」
「そ、それが。私たちを運んだあとにどこかに消えちゃったみたいで……」
灰谷さんは、自分の布団にオートで僕たちを上まで運ぶ指示をしていた。その役目が終わり、もしかしたら布団は灰谷さんの元に戻ったのかもしれない。
どれだけ絶望しても、重力は手加減をしてくれない。
「……まずいな」
いつの間にか、背の高いビルの屋上がすぐそこまで迫っているではないか。
徐々に迫る死の気配に、目を瞑りかけた瞬間。
僕は。
――目端で煌めく最速の炎を見た。
「タバサ、参上ー」
かわいらしいその声とともに、僕たちを落下死から救ってくれたのは……。
「お疲れ。ロイチ。クレナ。オウカ」
「あたしもいますよ」
背中に山乙さんを乗せた、鍵市さんであった。
「鍵市さん! それに、山乙さんも!」
僕の胸と喉に、じんわりとした熱が灯っていく。
爆発に巻き込まれた二人の傷は、どうやら完全に再生しているようであった。
僕は二人の生存に心中で快哉を叫んだ。
そうだ。そうだよ……!
不死の二人が、死ぬはずなんてないんだ……!
「よかった……。よかった……! 生きててくれて!」
「ちょ、ちょっと。ロイチ、喜びすぎー」
少しだけ照れながら、鍵一さんはその細腕で、僕たち三人をしっかりと掴んでくれていた。
……のは、たった数秒のことで。
「うぅ。よ、四人も持って飛べないぃ……」
一瞬で限界のきた鍵市さんは、僕たち三人+山乙さんとともに落下してしまうのであった。
「「うわぁぁぁぁぁぁ!?」」
もう何度目かわからない、僕と久玲奈の絶叫が重なる。
再び迫る、ビルの屋上。
もう今日は、何度死を覚悟したかわからない。
不死性のない久玲奈と王崎さんだけでも鍵市さんに運んでもらうか? ……いや、鍵市さんももう限界のようだ。彼女の上に乗っている山乙さんとともに落下に甘んじている。もう鍵市さんは、二人も背負って飛べないであろう。
そんなことを考えている間にも、落下の速度は徐々に上がっていく。
半ば諦めの境地に達しかけていたのだが。
ぴたりと。
なんの脈絡もなく、僕たち五人の落下が止まった。
僕たちは、ビルの屋上にぶつかる寸前で、それぞれが動きを止めていた。いや、正確に言うと動きを止めているのではない。動きを止められているのだ。
僕らは、見えないなにかに掴まれたかのように、空中で静止していた。
こんなことができる人物を、僕は一人しか知らない。
「全く。お前らは本当に最後まで締まらねぇな……。何回この展開すんだよ」
「灰谷さんッ!」
布団に乗った灰谷さんが、ビル周辺を遊泳しながらこちらに右手を伸ばしていた。
「何人か死ぬ嫌な予知を見て起きたんだ。全く、最悪な目覚めだ……。ボクのおかげでもう予知は消えたから、心配すんな」
彼女の超能力により、無事僕たち五人はビルの屋上――ヘリポートに足をつけることができたのだった。
「……ま、よく頑張ったんじゃねーの? 皆、お疲れさん。……そんで、お帰り、王崎」
灰谷さんの言葉で、王崎さん以外の視線が全員王崎さんへと向いた。
そして、王崎さんは少し気恥ずかしそうにはにかむのであった。
「……ただいま! そして、ありがとう、わたしのヒーローたち!」




