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【第一部完】めちゃくちゃ人が死ぬ(死なない)ラブコメ ~青春殺しの僕と死なない少女たち~  作者: 雨谷夏木


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47/50

青春を始めるのに遅いなんてことはない ⑩

王崎(おうさき)さん!? こんなところにいたのか!? え、本物!?」

「当たり前! こんな美少女、二人もいたら困るでしょ!?」


 とうとう僕の頭がイカレてしまったのかと思ったが、どうやら違うようだ。この自信に溢れた振る舞い、本物の王崎桜歌(おうさきおうか)にほかならない。


 王崎さんは、両腕と胴体から下が血の壁と融合し、拘束されているような状態であった。


 僕は、ふらついた足取りで本物王崎さんの元へなんとか駆け寄る。


「よかった! 王崎さん! 意識があったんだ!」

「今、目覚めたところ!」


 王崎さんは、血塗れの僕の姿を見て様々な感情がない交ぜとなった息をはいた。

「……炉一。頑張って、くれたんだね」

「うん。僕らを助けてくれたきみを、今度は僕らが助けるために。ここまでこられたのは、僕一人の力じゃない。皆の力があったからだ。そして、皆が王崎さんを助けたいと思ったのは、皆きみのことが大好きだからだよ」

「……そう。ありがとう」

 じわりと、王崎さんの瞳に涙の紗幕(しゃまく)が下りた。


「強くなったんだね、炉一」

「――え」


 強くなった。それは、僕が一番ほしい言葉であった。


 強くなるために、ここまできた。誰も殺さないように、ここまで頑張ってきた。

 その言葉を、まさかあの王崎さんからもらえるとは思ってもみなかった。


 僕の視界が、僕が目から生み出した海に溺れていく。

 よく見ると、僕だけでなく王崎さんも目に大量の雫を呼んでいた。


「って、しんみりしてる場合じゃないよね」

 言いながら、王崎さんがぶんぶんとワンちゃんみたいに首を振って涙を飛ばした。


「炉一。こっちにきてわたしの血を吸って。それで、わたしのフェーズ2は終わるはず」

「え、僕が吸血鬼になったってわかるのか?」

「見ればね」

 王崎さんは、僕の今の状況を追求しようとはしなかった。さすがは王崎さん。話が早くて助かる。


「でも、僕はこれ以上血を吸うわけにはいかない。もしかすると、僕までフェーズ2になってしまうかも」

「大丈夫。わたしを信じて」

 僕の頬が、自然と上がる。

 くたくたの僕の体に、なぜだか力が湧いてくる。

 最強の調停ヰ者(ホルダー)、王崎桜歌に信じてと言われて、信じない人間がいるだろうか。


「――わかった」

 僕は、倒れ込むようにして王崎さんに近づき、そのまま本物の彼女の首に歯で傷を付けた。

 柔肌から生まれた生温かい鮮血が、僕の口腔を満たす。


「……んっ」

 王崎さんが、艶っぽい声を出す。


「血を飲まれるのは、さすがに初めて。結構気持ちいいんだね」

 なんて言葉を平気で言う王崎さん。

 やめてくれ。彼女の血とともにそんな言葉を受け取ってしまったら、既に限界を迎えかけている僕の病ヰの堤防が、決壊してしまう――。


 ざわざわと蠢く僕の病ヰが、本物王崎さんに食らいつく。それでも僕は吸血をやめない。やめるわけにはいかない。王崎さんに、頼まれたのだから。

 すると……。


「じゃ、わたしもいただきます」

 つぷり。

 今度は、王崎さんの歯が僕の首に突き刺さった。

 王崎さんは、そこから溢れ出る僕の血を美味しそうに喉を鳴らして飲み込んでいく。


「王崎さん!? なにして……」

 彼女が血を飲むことで、僕の病ヰは安定するだろう。

 しかし、王崎さんが失った血を補充すれば、元の木阿弥ではないか!?


 なんて思っていると、少しずつ体が軽くなっていくような感覚があった。


 頭が、クリアになっていく。

 心臓の鼓動の波が、徐々に穏やかになっていく。


 そうか、これは……。

「鎮静剤……」


 王崎さんの吸血は、ただ血を吸うだけじゃない。相手を落ち着ける効果がある。王崎さんは、それを利用して僕を落ち着かせてくれたんだ。


 海千山千の彼女のことだ。鎮静成分を増やしたりなどはお手のものなのだろう。彼女は、暴走寸前の僕を最短で落ち着かせるための特殊な吸血を行ったのだ。

 彼女はそれを、僕に実践してくれている。

 つまり、彼女が言いたいのはこういうことなのだろう。


 この吸血方法を真似て、わたしを落ち着かせろ、と。


 ……よし。やってやる。

 鎮静剤の出し方はなんとなくわかった。あとは、その量を増やせばいいんだよな?


 そのまま僕たちは密着し、お互いの首に歯を当てて血を吸い続けた。

 色々と血の吸い方を変えていると、その度に王崎さんの反応が変わっていった。

 彼女が求める吸い方を、僕は探っていく。


 周りには誰もいないし、辺りは薄暗く、僕の息は荒いし、王崎さんは半分拘束されている。


 暗所に、僕たちが血を吸う音だけが響いている。


 誰も知らない、秘密の吸血。

 吸血による、コミュニケーション。

 これってなんだか、キスとかよりも凄いことをしているように思えてきてしまう……。


「炉一、興奮してるね」

 紅潮する僕を見て、王崎さんは(あお)るかのような言葉をかけてくる。


 その度に僕の心臓の鼓動はピークを迎えるのだが、王崎さんが鎮静成分の量を調節して僕を落ち着かせてくれる。なんだか、王崎さんに弄ばれているかのようで、その……変な気分になってしまう。


 いや、興奮している場合ではない。

 余計なことは考えず、僕は必死に王崎さんの血をすすった。

 これは、王崎さんを……東京を救うための吸血なのだから。

 だから――。


「ん、ぅん……。あっ、ん」

「王崎さん、変な声出さないで!?」

「だって、炉一の吸血上手いからぁ……」

 そうなの!? 僕、上手いんだ!?


 王崎さんは焦点の合わない瞳で、ぼぅっとこちらを見つめている。こんな王崎さん、初めて見た。


 だから僕は、僕にしては珍しく、ちょっとだけいじわるを言ってみたくなってしまった。


「王崎さんも興奮してるね」

「む、むぅぅ……」


 全身を真っ赤にして、王崎さんは俯いてしまった。か、かわいすぎる……。


 それからも、僕たちはお互いをむさぼるかのように血を吸い合った。


 吸血し合うという、一見なんの意味もないように見えるこの行為。しかし、お互いの鎮静成分は確実に作用している。それに、王崎さんの病ヰは、肩から吸血するというその行為自体に強い意味がある。


 だからこれは、決して無駄な吸血なんかではないのだ。断じて。


「……んッ。炉一の血、おいひぃ……」

「……」

 時折、王崎さんがとろけた顔でとろけた声を出すことが非常に気になった。


「ん、ふゆぅ……」

「ちょっと王崎さん。吸血に集中させてくれ」

「あ、はひぃ……」

 真剣な表情で僕が言うと、王崎さんは恍惚の表情を浮かべた。僕の血、なんかやばい成分でも入ってる?


 もう、どれほどの間お互いの血を吸い合っていただろうか。


 気が付けば、王崎さんの拘束は解かれていた。血の壁がかなり減ってきているのだ。


 僕と王崎さんは、お互いを強く抱きしめ合って血を吸い合った。


 僕の闇は、いつの間にか消失していた。その代わりに吸血鬼化が進み、僕の背からは血の翼が生えていた。


 手でも繋ぐかのように、僕と王崎さんは血の翼を絡め合う。血でできているためか、それは混ざり合い、溶けあい、一体化する。僕と王崎さんの体の境界線が、わからなくなる。

 それは、吸血鬼同士にのみ可能な血のキスとでも呼べるものであった。


「炉一ぃ……」

 首筋に舌先を這わせ合って、その舌の上で血を踊らせる。


 王崎さんの首から吸う血は、本当に美味しい。飲む度に美味しくなっている気がする。血を飲む度、僕の舌は吸血鬼になっていくのだから、当たり前なのだろうが。


 しかし、扇情的な気分になっている場合ではない。

 この吸血は、王崎さんを救うためのものだ。東京を救うためのものだ。

 そう自分に言い聞かせ続けないと、どうにかなってしまいそうだ。


「……ん。炉一、美味しい」

「うん。王崎さんも、美味しいよ」


 ぴちゃぴちゃと、血の跳ねる音とお互いの吐息だけが混ざり合う。

 お互いの心臓が、近い位置で同じ鼓動を奏でている。

 今僕らは、火照り切った体を共有している。


「炉一……」

「王崎さん……」

 同時に首から歯をはなし、僕たちは至近距離で見つめ合った。


 王崎さんの、天を衝くかのような睫毛と、ルビーを埋めこんだかのような瞳が僕を覗き込む。

 ん? やけに、王崎さんの顔がよく見える。


「……?」

 あれ? ここ、こんなに明るかったっけ?


 そんなことを思いながら僕は上を見る。

 するとそこには。


 ――今まで存在していた血の天井がなくなっていた。


 つまり、巨大王崎さんの顔部分が完全に消滅してしまっているのだ。いつの間にか、僕が全て飲み切ってしまったらしい。


 僕と王崎さんは今、頭を失った首の上に立ち、東京の空に体を晒しているということになる。

 ……お互いに、火照った顔で抱きしめ合いながら。


 そして、巨大王崎さんの顔がなくなったということは、首に掘ったトンネルが消失したということ。

 トンネルが消失したということは……。


「え、え……ッ」

 同じく、首の上に立っている久玲奈に、この情事を見られているということ。


「――えっちしてるーーーーーーーッッ!?」


「「違うからッッ!?」」


 真っ赤な顔でこちらを指さす久玲奈に向かって、僕と王崎さんは全力で首を振って否定した。


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