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青春を始めるのに遅いなんてことはない ⑨

「ち、ちなみに、ろいちゃんは私を見てもドキドキはしたりする……?」

「――え」


 改めて、僕は久玲奈(くれな)を見据える。

 長い銀の髪と、銀の毛に覆われた狼耳を持った久玲奈は、いつの日かの記憶の中の久玲奈よりも随分と大人びている。


 そういえば、僕が初めて病ヰ(やまい)を発症したのは久玲奈と至近距離で見つめ合ったからなのであった。

 子供のころはそうでもなかったが、今の彼女を見ていると……。


「するよ。だって、心臓が動いてる。……凄い速さで。今、この心臓を動かしてるのは、紛れもなく久玲奈だよ」

「ろいちゃん……!」


 久玲奈の口角が喜びにより徐々に吊り上がっていく。

 しかし、急に冷静になった久玲奈がこう言い捨てた。


「……って、ろいちゃんはわりと誰にでもドキドキしてるわよね? 結構誰にでも好き好き言ってるし。女の子なら誰でもいいってこと?」

 じとっとした半眼を送られ、僕は目を泳がせてしまう。


「いや、えっと、そんなことは……」

「あはは。冗談だよ」


 いつの間にか、僕らの眼前には巨大王崎(おうさき)さんの首が鎮座していた。

 僕と久玲奈は目を合わせ、同時に頷き合った。


「肩じゃなくて、首でいいわよね?」

「ああ!」

 吸血鬼は、首だけでなく肩からも血を吸うイメージがあるが、王崎さんはいつも首から吸血を行っていた。


「――お、りゃあッ!」

 王崎さんの首に向かって、久玲奈が右腕の不死殺しの爪で渾身の一撃を叩き込む。

 久玲奈の爪は、易々と王崎さんの首の装甲を削り取り、四爪の形に深い穴を穿った。


 そのまましばらく待つが、その傷の修復作業は遅々として進まない。恐らくだが、王崎さんの不死殺し殺しの再生力が徐々に落ちてきているのであろう。


「もっと掘る!?」

「頼む!」

 久玲奈の連撃が巨大王崎さんの首に叩きこまれていく。その度に王崎さんの血が舞い、バイオレンスに久玲奈の顔を彩った。

 徐々に久玲奈の右腕のスピードが上がっていく。どうやら、首の内側にいくほど装甲の耐久性は脆いようだ。よし、これなら僕の歯も通るのではないか。

 久玲奈のおかげで、王崎さんの首には三メートルほどのクレーターができていた。


「ありがとう! あとは僕に任せてくれ!」

「わかった! 私は、桜歌(おうか)ちゃんの攻撃を全部撃ち落とす!」


 スイッチするかのように、僕は久玲奈と位置を代わる。

 急いでクレーターの中に入り込み、僕はその血の壁に歩み寄った。


「王崎さん。きみの血をもらう」


 ずぷり。


 王崎さんが、いつも僕の首を噛むときの感覚――それが、今度は僕の歯に宿る。

 僕は、王崎さんの首に自分の犬歯を立てたのであった。


 吸血鬼になった僕の歯が鋭くなっているのか、王崎さんの外郭が脆くなっているのか、そのどちらもなのか。存外、簡単に噛みつくことができた。


 噴出した温かな血を、僕は全力で喉に流し込む。

 二リットルのペットボトルを逆さまにしたみたいに、王崎さんの血はもの凄い勢いで僕の口に流れ込み、溢れた分で僕の顔と体はあっという間に真っ赤に染まる。


 王崎さんの血は、他の誰とも変わらない、鉄の味がした。口の中を噛んだときの、あの嫌な味。


 すぐにお腹いっぱいになるかと思ったが、案外大丈夫だ。僕の胃も吸血鬼になったことで、許容量が常人のそれではなくなっているのかもしれない。


 血を飲む度に、僕の中の吸血鬼の力が高まっていくのを感じる。犬歯が少し伸び、首に歯を入れやすくなったし、飲むスピードも速くなった気がする。


 それに、その……。なんだか、王崎さんの血が凄く美味しく感じてきた。飲む度に、なぜだか喉が渇いていくような感覚。これは、まずい。本格的に吸血鬼になり始めているのかもしれない。


 僕が血を飲む度に、王崎さんの首に空いたクレーターは深く、深くなっていく。

よし。確実に王崎さんを覆う血の量を減らすことができている。


 しかし、血を飲むだけでは駄目だ。王崎さんは血を飲む際に、相手を鎮静させる成分を出していると言っていた。

 初めての吸血なのに、僕はその成分をなんとか出さないといけない。


 やり方は、なんとなくわかった。王崎さんの血を大量に吸うことにより僕の病ヰのコピーの精度があがり、解析が上手く進んだのかもしれない。

 鎮静成分の出し方だが、これは犬歯と歯茎の間から発生することが判明した。

 僕はそれを王崎さんに塗布しながら、血を吸っていく。


「!?」

 次の刹那、僕の視界に王崎さん以外の血が飛び込んだ。

 そして、右腕に走る激痛。


 よく見るまでもない。王崎さんの首のクレーターから生えた血の鎌が、僕の右腕を刈り取ったのだ。


 その現実から逃れるかのように、一つ瞬きをする。

 すると、更に驚くべき出来事が起きた。

 もぎ取れたはずの僕の右腕がいつの間にか復活していたのだ。


 一気に色々と起きすぎて脳が理解を拒んでいる。が、血を失い少しクリアになった頭が徐々に回転し、僕は理解する。

 クレーターの内側から王崎さんが僕を攻撃し、吸血鬼の力が高まった僕が一瞬にしてその傷を治したのだろう。


 その後も、王崎さんの僕への攻撃はやまなかった。


 血の剣で、血の槌で、血の針で、血のムチで。

 ズタズタに。

 全身をズタズタにされる。


 体を肉と血の汚いオブジェにされながらも、僕の体は自動的に回復していく。


 僕は、体の破壊と再生を繰り返す。

 そして、ただ、王崎さんの血を飲み続けた。


 深くなるクレーターを追いかけるかのように、僕は前に歩み続ける。


 痛みなどはどうでもよかった。


 今の僕を突き動かすのは、王崎さんを元に戻すという、ただそれだけの思い。

 王崎桜歌(おうさきおうか)はヒーローだ。僕の、ではなく、皆の。


 病ヰを発症した僕を助けてくれたヒーロー。

 フェーズ2になった久玲奈を、自分がフェーズ2になってまで助けてくれたヒーロー。

 たくさんの人を助け、現在も第一線で活躍を続けるヒーロー。

 友達思いのヒーロー。

 最強なのに、本当に誰よりも努力しているヒーロー。


 そんな彼女(ヒーロー)のことが、僕は大好きだ。


 だから今度は。

「僕がきみのヒーローに――」

 なれたらなって、そう思っているんだ。

 なんて、そんなのおこがましいかな?


 でも、僕がそう言っても、きみは絶対に笑わない。

 頑張れって、絶対に背中を押してくれる。

 だから僕は――。


「……ガ、フっ……」

 口から、息とともに変な声が漏れた。


 目が回る、左右の間隔がわからなくなる。

 辺りには光がない。知らぬ間に随分と進んでいたようだ。これではもう、クレーターでではなくトンネルだ。


 全身が、焼けるように熱い。心臓の鼓動が、鼓膜で鳴っているみたいにうるさい。


 ああ、まずい。血を、血を吸い過ぎた。

 王崎さんを止めるために仕方ないこととはいえ、上質な病ヰを持つ王崎さんの……それもフェーズ2の血をこれほど飲めば、こうなるのは必然だ。


 数日前まで一般人であった僕如きが、王崎さんの病ヰを扱えるはずがないではないか。

 まずい。このままでは、確実に僕の病ヰが暴走する。

 フェーズ2にでもなってみろ。僕の病ヰなら、東京中の病ヰ持ちを襲ったとしても全く驚かないぞ。


 どうする? ここで一旦吸血をやめて心体を休ませるか? その程度で、この心臓と病ヰの高鳴りを押さえられるだろうか?


 なら、このまま吸血を続ける? 王崎さんはあとどれくらいで正気を取り戻すのだろう。どのくらいでフェーズ2が終わるのだろう。

 わからないが、このまま吸血を続ければ確実に僕の病ヰが暴走する。王崎さんを落ち着けたとしても、今度は僕という驚異が東京に降り立ってしまう。

 そうなったとすれば、それはもう災厄(さいやく)だ。


 迷っているうちに、吸血スピードが遅くなってきた。

 胃が、体が、血を受け付けなくなってきたのだ。


 視界が狭まっていく。全身から力が抜けていく。

 元気のない体とは裏腹に、僕の病ヰ(やまい)は暴れたくてうずうずとしている。王崎(おうさき)さんの病ヰではなく、僕の病ヰ、『青ヰ春殺し(ブルー・マンデー)』だ。


 ついに闇が僕の体から溢れ、周りの血の壁に無差別に食らいついた。止めようと指示をするが、止まらない。完全に暴走している!


 これにより、僕の口からだけでなく、僕の病ヰからも王崎さんの血を吸収することになってしまう。今までとは段違いなスピードで、僕の中に王崎さんの血が、病ヰが蓄えられていく。

 吸血のスピードは上がった。でも、このままいくと僕は数十秒後にはきっと、意識を失い暴走してしまうだろう。


炉一(ろいち)

 下にいる花月さんなら僕を止められるだろうか。……いや、彼女は不死身ではない。僕と戦うのは危険すぎる。


「炉一ッ」

 それに、僕が暴走したときに、王崎さんが正気を取り戻しているとは限らない。暴走した僕と王崎さんを同時に相手取ることができる人なんて、この世に存在するのだろうか。


「炉一ッ!」

 ああ、どうする? なんだか、僕を呼ぶ幻聴まで聞こえてきた……。この声はたぶん、王崎さんだ。


「――炉一――――――――――――ッッ!」


「うわぁ!?」

 目の前で王崎さんに怒鳴られ、僕はその場で尻もちをついてしまった。

 ……ん? 目の前?


「炉一! 気を確かに! わたしならここにいるから!」

 前方から、王崎さんの声が聞こえる。


 思わず声がした方向に首を巡らせると。そこには。


 ――血の壁に体を埋めこまれた、王崎さんの姿があった。


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