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青春を始めるのに遅いなんてことはない ④

 僕の作戦を遂行するためには、王崎(おうさき)さんの顔の辺りにまで上る必要があった。


 灰谷(はいたに)さんと久玲奈(くれな)は布団で飛んでいる。そして僕は、布団を囲う球状の念動力の上に自分の病ヰをひっかけて立っている。


 そんな僕らの近くを、山乙(やまおと)さんを掴んだ鍵市(かぎいち)さんが飛んでいる。


 今僕たちは、王崎さんのひざ下辺りにいる。もう、大抵のビル群は見下ろせる位置だ。

 灰谷さんの瞬間移動(テレポーテーション)で上まで飛ぶという案も出た。だが、他人の瞬間移動はかなりの精神力を必要とするらしく、今の灰谷さんでは難しいということであった。


入村(いりむら)。お前の病ヰ(やまい)で今の王崎に傷が付けられるかやってみろ」

「わかった!」

 灰谷さんの指示で、僕は体から病ヰを伸ばす。


 今はもう、コピーした鍵市さんと山乙さんの不死性の効果は切れている。だが、その力のおかげで傷はほとんど回復している。


 僕の闇は、狙い通りに王崎さんの血の鎧にぶつかった。だが、かなり硬質化しているらしく僕の病ヰはなんなく弾かれてしまう。


「くそ、駄目か!」

「王崎のフェーズ2、不死殺し殺し……か。回復力だけじゃなく、防御力もかなり上がってるな。波大抵の攻撃じゃぁ、もう傷一つつけらんねぇかもな」

 灰谷さんが唇を尖らせる。


「やっぱり、私の牙が必要だわ。……私の、フェーズ2の不死殺しの牙が」

 久玲奈が、ぎゅっと拳を握り込んだ。


「フェーズ2の私の牙なら、フェーズ2の桜歌(おうか)ちゃんにも傷を付けられた。傷は治っちゃうだろうけど」

 布団の上でそう言った久玲奈を、僕は心配そうに見やる。


「でも、今の久玲奈はフェーズ2じゃない。もう一度フェーズ2になることなんてできるのか?」

「前例はある。一度フェーズ2になったやつは、なにかを掴むんだってよ。……どうだ、伊織(いおり)。できそうか? 今度は意識を保ったまま、一瞬だけフェーズ2になるんだ」

 灰谷さんにそう言われ、久玲奈は弱々しく口を開く。


「……わかんない。でも、私にしかできないことなら、私、やるわ。なにかきっかけがあれば、またフェーズ2になれるかも」

 久玲奈の瞳の奥では、決心の焔がちらついていた。


 しばらく五人で飛んでいると、鍵市さんが空を指さしてこう溢した。

「あ。剣が溶けて、落ちる」


 慌てて首を上に向ける。すると、王崎さんが持つ先の折れた大剣の形が崩れ、溶けたチョコレートのように垂れているではないか。


 溶け落ちたその血の塊は、確かな意思を持ってこちらに落下を始める。言うまでもなく、王崎さんが操作しているのであろう。

 それは血の弾丸――いや、この大きさと規模はもう隕石だ。一つ一つが、ビルを破壊する鉄球くらいの大きさをほこっている。

 それらが、一斉に僕ら目掛けて飛んできた。


 鍵壱さんは、山乙さんを抱えたまま華麗にその血の隕石を避けていく。

「おー。これ、ランランの好きな弾幕シューティングみたいで面白い。ね、ランラン」

「面白くねぇよ! こっちは三人いんだぞ!? それに、ボクはお前みたいに速くないしな!?」

 怒鳴りながらも、灰谷さんは緻密な操作で布団を動かしている。


 僕は、僕たちを仕留め損ねた血の隕石が東京を破壊し尽くしてしまうのではないかと不安であった。

「灰谷さん! これ、避け続けて下は大丈夫なのか!?」

「知らねぇし、今ンなこと考えてる余裕はねぇ! 花月がどうにかしてくれることを祈っとけ!」


 王崎さんの攻撃は、全く止む気配をみせない。

 それでも、鍵市さんと灰谷さんは一度も被弾することなく上昇を続けている。


 そのまま上を目指すこと、一分。

 灰谷さんの布団の操作が、若干雑になり始める。


「灰谷さん!? 大丈夫か!?」

「んぁ? あぁ……。いや、どうかな……」

 布団から聞こえてくる彼女の声は、欠伸混じりであった。


 そして、灰谷さんはこう告げる。

「入村。伊織。スマン、ボクはここまでだ。超能力を使いすぎた。正直眠い。寝る」

「えぇっ!?」

 流れで驚いてはみたが、正直さもありなんという感じではある。今日の彼女は働き過ぎだ。僕は、こんなに長く活動している灰谷さんを見たことがない。


「布団は持っていけ。オートで上までいくようにしてやる。ボクの直接の操作じゃないから、運転が荒いかもだがな。あと、上までいったら念動力(テレキネシス)の壁が消えるから、気を付けろよ」

「でも、灰谷さんは……?」

「ボクはこの辺りに強い念力の壁を張って、寝る。たまには空中で布団なしで寝るのも悪くないだろ。なんかあったら予知で起きると思うから、大丈夫だ。……ふわぁ」

「わ、わかった」

「その前に、最後に一仕事だけ、する、か……」

 左手で瞼を擦りながら、灰谷さんは右手を上に掲げる。


 刹那、僕は灰谷さんの背後に猛獣の幻影を見た。見たこともないような彼女の気勢に、気圧されてしまったのだ。


「びびんなよ、王崎。ボクの残りのエネルギー、全部放り出してやる、よ……」


 そうして灰谷さんが右手を閉じた瞬間。


 ――ぎゅヂり。


 そんな歪な音とともに。

 まるで見えない万力に押しつぶされたかのようにして。


 王崎さんの放った血の隕石は一瞬にして、全て塵と化して消えてしまった。

 灰谷さんの、規格外の念動力のしわざだろう。


「……はは。やる気を出せば、ボクも、これくらい……。ごほッ……!」

「灰谷さん!」

 灰谷さんは咳とともに血を吐き出す。

 そして彼女は、布団から這い出て空中で横になった。


「ボクは、大丈夫……。今のうちに、さっさといけ……っ」

「……! わかった!」

 しかし、どうにも灰谷さんが心配だ。今のは絶対に、限界を超えた力の使い方だったに違いない。

 そう思い、彼女の方を振り返ると。


「……すぅ」

「も、もう寝てる……!」

 いつの間にか灰谷さんは、アイマスクを下げて寝息を立てていた。そんな彼女の口元は、気持ちよさそうに緩んでいる。


「助かったよ。ありがとう、灰谷さん」

 その場を去ろうとする僕の耳に、小さくこんな寝言が聞こえた。


「王崎、を」

「え」


「王崎を、頼ん、だ……」

 その名前を聞き、僕の全身に自然と力が入る。


「……ああ!」

 勇敢なサイキック少女を振り返らず、僕たちは上を目指して飛び立った。


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