青春殺しと吸血鬼 ④
「――ということで! 今日から入村くんにはこのクラスで過ごしてもらうことになります!」
教壇にいる僕をさしてそう言ったのは、ピンクの魔法少女コスチュームを身に着けた篠江先生。その手には、ゴテゴテの装飾が施されたピンク色のステッキが握られている。
こんな格好をしているが、実は彼女、二十歳らしい。そして、なぜか病ヰ持ちらしい。病ヰは大人になると治るはずでは……?
突っ込みどころは多いが、彼女のことはとりあえずおいておこう。
僕は今、紫東学園のとある教室の中にいる。
僕が病ヰを発症し、王崎さんと一緒に空を飛び、倉骨先生の診断を終えた後。この紫東学園への緊急編入が決まったのであった。
病ヰを発症した者の転校はそう珍しいものではない。
この紫東学園は関東随一のマンモス校で、厄介な病ヰ持ち、強力な病ヰ持ちの受け皿となっている。
中高一貫の学校で、クラスも成績によって細かく決められているため、生徒の学力に合った教育が受けられる。関東で危険な病ヰを発症したら、とりあえず紫東学園へぶちこまれるというのはよく聞く話だ。
ここには、病ヰの研究者であり医者でもある倉骨先生がいるし、強力な病ヰ持ちもたくさんいる。僕の病ヰなんか霞んでしまうほどの凄い病ヰ持ちが、それはもうごろごろといるはずだ。
「まあ、入村くんが自分の病ヰをコントロールできるようになるまでの、試験的な編入にはなりますけれどね」
と、魔法少女姿の篠江先生は言う。
どうやら、危険な病ヰを持つ僕はこれからこの学園の寮に住み、このクラスで授業を受けるようだ。
そのことを家族に報告すると。
「そうかぁ。炉一にもついに病ヰが……。お前、病ヰを発症しなくてずっと悩んでたもんなぁ。よかったなぁ」
父親は号泣。
「炉一。凄い病ヰを発症したんだってね。『調停ヰ者』にでもなって、たくさん稼いできなさい」
そして、母親は僕の背を強く叩き。
「へぇ、お兄ちゃん。やっと病ヰ発症したんだ。中学生の私より遅れてるとか、ダッサ。学校で精々鍛えてくれば?」
いつも通りに冷たい妹。
と、三人とも僕の編入を了承したのだった。
なんて家族だ。当分僕とは会えないかもしれないんだぞ? なんでそんなすぐに理解を示してくれるんだよ。
……まあ、高校生まで病ヰを発症しないってマジでレアケースみたいだから、両親を安心させられたと思えばいいか……?
家にいて、僕の病ヰを襲う病ヰで、病ヰ持ちの妹を傷つけたくはないしな。
とまあ、そんなこんなでその日のうちにこのクラスに編入が決まったわけなのだけれど。
僕は、目の前にいる生徒たちを見て、期待と不安がない交ぜとなった気味の悪い笑顔を浮かべてしまう。
その教室には、計五セットの机と椅子が用意してあった。そして、僕の目の前には四人の女子生徒がいる。
つまり、僕を含めて五人のクラスということだ。
席は五つだが、空席が二つ。一つは僕の物だろうが、もう一つの空席はたぶん彼女――その席のすぐ近くで、浮かぶ敷布団に寝ころぶ、金髪の彼女のものだろう。
パジャマ姿の彼女、灰谷嵐々さんは、水に浮かぶ輪投げをボタンで操作するゲームを遊んでいた。彼女は時折こちらを見て、怠そうに欠伸をしていた。
灰谷さんの席は、教壇に立つ僕から見て一番左端だ。
その右側の席には、派手なチャイナ服を着たキョンシーがぼけっとした表情で座っていた。
僕は、自分の目を擦る。
……え、キョンシー? ……うん。何度見てもどう見てもキョンシーだ。
頭には精巧なチャイナ風なハットが被せてあって、額にはなにやら紋様の描かれた霊符のようなものが張られているんだから。
怪しげな僕の視線に気が付いたキョンシーの彼女は、一瞬だけ瞳を僕に向けて小さく言う。
「あう」
うん。あう、とか言ってるし。きっとキョンシー。
……なんで? なんでキョンシーがいるんだ?
まあ、いるか。キョンシーくらい。ここ、紫東学園だし。
そして、キョンシーの彼女の更に右の席。そこには、小柄な少女が座っていた。
彼女は制服を着崩し、淡い水色の髪をハーフツインにしている。そして、口元は黒のマスクで隠れていた。
地雷系、というやつだろうか。
目つきが鋭く、どこかクールな印象。
人を見た目で判断するのはよくないが、ちょっと怖そう。仲良くなれるだろうか?
彼女は、じっと僕の方を見つめてくる。まずい、じろじろと見つめすぎたかもしれない。
僕はさっと、その右の席に視線を向ける。
そこには。
「さっきぶりだね、炉一!」
そこには、吸血鬼の、王崎桜歌さんが座っていた。
「あ、でゅッ、久し、振り」
やばい。緊張と嬉しさで凄い嚙み方をしてしまった。今僕、でゅふって言いかけた?
なんと! 僕はこれから王崎さんと同じクラスで過ごすことができるのだ。それってなんだか幸せ過ぎて夢を見ているみたい。昨日まで、灰色の人生を送っていたとは考えられないな。
……。
人を襲う病ヰを持つ僕なんかが、幸せになっていいはずもないのに……。
「……」
ざわりと。髪が逆立つかのような感覚があった。
未来への期待と高揚感が、僕の体を。
――蝕む。
ああ、まずい。まただ。
溢れる。
僕の気持ちが、思いが。
病ヰを、青春を。殺す病ヰが。
ズグリと全身がうずき、瞬きの間に僕の体から病ヰが溢れ出した。教室中を、黒が侵食していく。
邪悪なこの病ヰは僕にこう言っている気がする。「お前は幸せにはなれない。お前は幸せになるべきではない」、と。
僕はその言葉に、こう答えてやるんだ。「ああ、きっとそうなんだろうな」、と。
牙を伴ったその闇は、よりどりみどりだと言わんばかりに四人の生徒へと、そして篠江先生へと襲い掛かる。
ああ。僕はやっぱり、こうやって人を不幸にする運命の元に生まれてしまったのだろう。
「皆、逃げてくれ──!」