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青春を始めるのに遅いなんてことはない ②

 僕たちが話している間に、王崎(おうさき)さんはいつの間にか巨狼の久玲奈(くれな)を優に超えるサイズ感となっていた。


 全身を血の鎧が覆い、背からは東京の空を覆いつくす血の翼が生えている。

 その姿は、赤いプレートアーマーを着こんだ巨大な悪魔の騎士のようだ。


 今の彼女に比肩する高さのビルは、東京中を探してもどこにもないであろう。頭は、雲にも届きそうだ。

 そのサイズ感の血の悪魔騎士が、自身よりも更に大きな大剣を構えている。

 あんなもの振り下ろされでもしたら……。


「……東京、二個に、割れちゃう」

 すんとした口調で、鍵市(かぎいち)さんがそう言い放った。


 五人の頭に、あまりにも鮮明にその光景が浮かび上がり、僕たちは一斉に身震いするのであった。


 口を開けて呆然とする僕を、灰谷(はいたに)さんが念動力(テレキネシス)でグワングワンと揺らしてくる。


「お、おい! 入村(いりむら)! こんなのもう作戦どうこうじゃないぞ! こんなん、予知するまでもねぇ! このまま王崎が暴れ続けたら、東京どころか日本が……。いや、世界が終わっちまうッ!」


 そうだ。これはもう僕らの生死がどうのこうの話ではない。


 ここで王崎さんを止めないと、全てが終わってしまう……!


「ど、どうしよう、ろいちゃん!? さっきまでかっこつけてた私が馬鹿みたいじゃない!」

 と、久玲奈(くれな)は頭に手を当てて目をぐるぐるさせている。


「ねぇ、アマリ、ぺっちゃんこのぐちゃぐちゃになって死んだこと、ある? タバサは、ない」

「あたしもありません。ただの血と肉のゴミカスになってしまえば、さすがのキョンシーでも復活は難しいのではないでしょうか……。キョンシー、爆発で死にますし。あ、諸説ありですが」

 なんて、不死身コンビも弱音を吐いている。確かに、彼女たちの不死性がどれほどのものなのかを僕は知らないし、彼女たちも知らないのだろう。だって、二人はまだ本当に死んだことがないのだから。


「ボクの念動力(テレキネシス)で全員守る……いや、無理だ。絶対王崎に壊される。なら全員を転移させて……いや、ボクの力じゃどのみち王崎の射程範囲からは逃れられねぇ……! クソッ! さっさと叩いとくべきだったか!? それでも勝てた気はしねぇけどなぁ!?」

 灰谷さんは、この状況でも自分の超能力で全員を救う道を探ってくれている。


 僕も、脳を必死にフル回転させる。

 しかし、圧倒的な物量とパワーの前ではなにもかもが無力であることは誰にでもわかる。


「あ。くる……」

 ぽつりと、久玲奈の力ないそんな声が聞こえてきた。


 恐る恐る上を見る。


 するとそこには。

 天を衝かんばかりに血の大剣を振りかぶった王崎さんの姿があった。


 巨大王崎さんは、確実にこちらを睥睨している。


 ヒュ、と。恐怖で自分の喉から空気が抜ける情けない音がした。


 僕ら五人は、その場で磔にでもされたかのようだった。


 ただ、動けず。

 なにも言葉を発することもできず。

 なにも考えることもできず。


 ゆっくりと、だが確実に。東京のついでのように僕たちを破壊するため、振り下ろされた大剣を見上げていることしかできなかった。

 大剣の動きがスローに見えるのは、あまりにも巨大な物体を動かしているからなのだろうか。


 ――そのとき。


 決まり切った死の運命を前にし、凪いだ僕の感覚がなにかの気配を感じ取った。

それは、病ヰ(やまい)の気配。

 二つの、病ヰの気配であった。

 それも、二つとも、王崎さんに匹敵するほどの大きさの……。


「……あれは?」

 ただ死を待つために見上げる空の果てに、僕は。


 空を二つに割る、桃色の流星を見た――。


 それは、西の空からやってきた。


 二つの病ヰの気配を乗せたその流星は。


 やがて、とんでもない速さで王崎さんの大剣に衝突した!


 瞬間、強勢な衝撃波が東京から沈黙を奪い去った。

 爆発的な風圧に吹き飛ばされないよう、灰谷さんが念力で僕たちを地面に縫い付けてくれている。


 反射で閉じた瞼をなんとか持ち上げ、僕はその桃色の流星の正体を知る。

 フェーズ2の最強の調停ヰ者(ホルダー)王崎桜歌(おうさきおうか)の攻撃を真正面から受け止めたのは。


「――ふうっ! なんとか間に合いましたかねぇ」

 ――『魔法青少女(ホワイト・レディ)』。元・関東最強の調停ヰ者(ホルダー)にして僕たちの担任。今も過去も未来も魔法少女。

 篠江涙琉(しのえるいる)、その人であった。


「「「「篠江先生ッ!?」」」」

 彼女の教え子である四人の声が重なった。


「私がくるまでよく持ち堪えてくれました! さすがですよぉ!」

 篠江先生は、ふわふわのピンク衣装に身を包んでおり、ステッキを箒代わりにしてどこかから飛んできたらしい。

 そして、その勢いで王崎さんの剣を真っ向から受け止めたのだ。いや、むちゃくちゃだ!


 しかし、僕たちを驚かせたのは、引退済みの篠江先生が助けに来てくれたから、という事実だけではない。


 僕たちは、篠江先生の後ろに座る人物を見て、全員が息を呑んだ。


 金魚のような赤い柄の和装に身を包み、見るも雅な黒の鬢削(びんそ)ぎ髪――姫カットを風に揺らす彼女は、僕たちには毛ほども興味を持たずに王崎さんを流し目で観察していた。


 凛とした冷ややかな声が、風に乗ってここまで届く。

「――嫌やわぁ、桜歌(おうか)はん。わちと会わん間に、随分と思い切ったイメチェンしはったんやねぇ。そんなんは、わちに相談してからにしてやぁ。でも、ま。おぉきい桜歌はんも、えらい素敵やねぇ」

 蝶のような模様をあしらった扇子で口を覆いながらそう言ったのは、僕でも知っている有名人だ。


 関東最強の調停ヰ者(ホルダー)である王崎桜歌と双璧をなす存在――。

 そう・彼女こそが現・関西最強の調停ヰ者(ホルダー)、『氷の蝶葬(ディタ・フェアリー)』、花月(かげつ)アゲハその人だ。


 真っ直ぐに切り落とされた前髪の下には、柳眉(りゅうび)と細く鋭い目が彫刻のように飾られている。顔のパーツが整いすぎて、まるでできのいい仮面でも被っているかのようだ。

 なんだか彼女一人の絵力が凄すぎて、背景から浮いているように見えてしまう。


「篠江せーんせ。わち、桜歌はんに会えるて聞いてきたけども。桜歌はんがこーんなかわいらしい姿になっとるなんて聞いてまへんわぁ。ありがとなぁ。桜歌はんのこないな姿見せてくれはって。まだまだ、わちの知らん桜歌はんの姿があるんやねぇ。嬉しいわぁ」

「ちょ、ちょっと花月さん!? それはぶぶづけ的なあれなのか、本当に喜んでるのか、私にはわかりかねるのですが!」

 花月さんの、おっとりとしているがどこか威圧感を相手に与えるような雰囲気に、篠江先生は押されているようであった。


 ちなみに、花月さんが王崎さんのことを痛く気に入っているというのは、とても有名な話だ。


「ま、せっかくきたさかい、一仕事しょおかぁ」

 そうして花月さんは、広げた扇子を顔の前に掲げ、扇面を空に向ける。そして、その扇子の上に小さく息をはいた。


「ほな、好きに舞ってきなんし。――『氷の蝶葬(ディタ・フェアリー)』」


 瞬間、この場の体感温度が五度は下がってしまったような感覚があった。


「……綺麗だ……」

 目の前の光景を見て僕は、白昼夢に誘われてしまったのかと錯覚してしまった。


 それは、世にも美しい病ヰであった。


 花月さんの吐息は空気中の水分を凍らせ、幾匹かの氷の蝶を生み出した。

 氷蝶(ひょうちょう)は、氷の鱗粉の軌跡を刻みながら空を移動する。

 今空を見上げている東京中の誰もが、その光景に目を奪われたことだろう。


 氷の蝶たちは空を自由に舞いながら、花に誘われるかのようにそれぞれが王崎さんの大剣に着地した。

 その瞬間、氷の蝶は浸透するかのように姿を消し、その部分が瞬時に凍り付いてしまった。


 花月さんが息をはくたび、蝶の数は幻のように増えていく。

 気が付けば、王崎さんの大剣は中央部から先端にかけて完全に氷漬けとなってしまった。


「うふ。ほな、あとはよろしゅう。篠江センセ」

 花月さんは扇子で口元を隠し、両目を半月状に緩めて笑ってみせた。


「はいはーいっと! では、いきますよー。……シンプル魔法少女パンチっっ!」

 その名の通り、篠江先生が放ったのはただのパンチであった。


 しかし、花月さんによって凍らされた血の大剣は、そのただのパンチによって粉々に粉砕されてしまった。


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