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青春を始めるのに遅いなんてことはない ①

「恐らくだが、ボクの見た予知は伊織(いおり)のことじゃなくて王崎(おうさき)のことだったんだろうな」

 そう言う灰谷(はいたに)さんの視線は、王崎さんに向いている。


 王崎さんは自分の体から絶えず流れ続ける血液を体に纏わりつかせている。そのせいで、彼女の体積はどんどんと大きくなっていく。

 巨大な翼も相まってか、その姿は血の鎧をまとった悪魔騎士のようにも見える。


「巨大な敵に気を付けろ……ってやつだよな?」

「ああ」

 僕の問いに、灰谷さんは苦い顔で頷いた。


 王崎さんの全長が、巨狼となった久玲奈(くれな)の全長を越してしまうのも時間の問題であろう。

 成長を止めるために攻撃しようにも、硬い血の外殻に守られており、僕らの攻撃はほとんど弾き返されてしまった。


 せめてもの救いというべきか、今の王崎さんは体を大きくすることを優先しているのかこちらへの攻撃の手は止めている。


「どうする? ロイチ。普通に戦っても、今のオウカには誰も勝てない」

「なにか、作戦はありますか?」

 鍵市(かぎいち)さんと山乙(やまおと)さんの問いに、僕は力ない笑顔を返す。


「一応ある。けど、本当にそれが可能かどうか知るために色々と試したいことがある。そのためにまず」

 僕はそこで言葉を切り、鍵市さんと山乙さんを同時に視界に入れた。


「二人の血を僕の病ヰに食わせたいんだけど、いいかな?」

「「喜んで」」

 即答されて少々面食らったが、僕は優しい二人に素直に礼を言った。

「ありがとう。じゃあ、いただく」


 僕の体から、小さな闇が溢れ出す。今の僕に出せる、精一杯の病ヰ(やまい)だ。

 それをどうにかこうにかして操り、僕は鍵市さんと山乙さんの腕に薄い傷を付け、そこから溢れた少量の血を病ヰで吸収した。


「お。ロイチ、病ヰの扱い、上手くなってる」

「ありがとう。鍵市さんと山乙さんが特訓に付き合ってくれたからだよ」

「ロイチ、いぇー」

 と、鍵市さんが覇気のないピースを突きつけてきたので、僕もピースを返す。


 王崎さんの動向を注視しながらも、僕は二人の血を吸収する。


「これで僕が試したかったことは、二つ。一つは、倉骨(くらほね)先生が解析してくれた僕の病ヰの真の能力が本当なのかどうか。二つは、フェーズ2が終了したあともフェーズ2の力は継続するのかどうか」

 僕の言葉に頷く灰谷さんをよそに、鍵市さんと山乙さんは首を傾げている。

 僕は、そんな不死二人組に向かって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「これで、どちらの結果も出たな」

 一つ、倉骨先生の解析結果は正しかった。

 二つ、フェーズ2の能力は、フェーズ2が終了すると同時に消える。この場合は、久玲奈の不死殺しによって傷つけられた左腕の傷が治ったことにより証明できる。


「ロイチ? いつの間に不死に?」

「力を隠していたのですか?」

「いや。二人の血をもらって、二人の病ヰを……不死性を一時的にコピーさせてもらったんだ」

「「コピー?」」

 眉を寄せる二人に、僕に代わって灰谷さんが説明をしてくれる。


入村(いりむら)の病ヰ、『青ヰ春殺し(ブルー・マンデー)』は、ただ病ヰ持ちに無差別に襲い掛かる病ヰじゃなかった。その本意は、相手の病ヰを食らい、奪い取ってしまうというもの。倉骨先生が、解析結果をボクに教えてくれたんだ」


 灰谷さんが言い終わる頃には、久玲奈によって大きな傷を付けられていた僕の左腕はほとんど再生していた。


 思えば、おかしなことは何度かあったのだ。


 初めて王崎さんを殺して血を吸収したとき、僕の足の怪我がほとんど治りかけていたのは彼女の不死性をコピーしたからなのだろう。

 それに、教室で皆を同時に殺してしまったときに僕の気分が悪くなったのも、一度に色んな病ヰを吸収し、パワーアップした体に僕がついていけていなかったからだと考えられる。


「ならばあたしたちはもう、不死ではなくなるのですか? キョンシーももう卒業ですか。……。あれ? でも、今までも何度か入村さんに殺されて血や肉を吸収されてますよね?」

「山乙にしては鋭いな」

 と、灰谷さんが薄く笑う。


「倉骨先生曰く、相手の病ヰを完全に消し去るためには色々と条件がいるらしい。その一つに、相手の同意がいるようだ」

「なるほど。そうですか」

 胸を撫でおろす山乙さん。本当にキョンシーの自分が好きなんだな。


「よし。じゃあ、今から僕の立てた作戦を……」

「ちょっと、待った」

 と、僕の言葉を遮ったのはどこか遠くから聞こえてきた声であった。


 そちらに目をやると、そこには。


「その作戦、私も、混ぜてほしい」


 透明な球の中に布団とともに閉じ込められた、久玲奈(くれな)の姿があった。


 どうやら彼女は、灰谷さんの念動力(テレキネシス)の丸い壁をバブルボールの要領で内から押して転がし、ここまできたようなのであった。


「久玲奈!? お前、まだ動いちゃ……」

「友達が苦しんでるのに、私だけ寝てるわけにはいかないわ」

「でも……」

「入村。お前の作戦には。伊織(いおり)の攻撃力が必要なんじゃないか?」

 言い淀む僕に、僕の作戦に当たりがついたのであろう灰谷さんがそう口を挟んできた。


 僕は、強く手を握り込む。


 そう、そうなのだ。

 この作戦は、久玲奈の力があればより成功率が上がる。


「だけど、ボロボロの久玲奈を戦わせるわけには……」

「ろいちゃん!」

 久玲奈の強い声で、僕はハッと顔を上げ、彼女の顔を見やった。


「かっこ、つけさせてよ……。好きな男の子の前なんだからさ」

「久玲奈……」

 ボロボロのはずの久玲奈が浮かべる笑顔は、この場の誰よりも決意と光に満ちていた。

「……わかった。お願いできるか?」

「あは。当たり前」


 強く笑う久玲奈に向かって、灰谷さんが手招きをする。

「安心しろ、入村。伊織はボクが守り切ってやる」

 すると、久玲奈を乗せた布団は灰谷さんの傍まで移動した。その上に、灰谷さんがふわりと飛び乗る。


「ありがとう。よろしくね、嵐々(らんらん)ちゃん」

「ふん。布団があった方がボクは調子がいいんだよ。……あと、お前服破れてんだからボクの掛け布団しっかり巻いとけよ」

「う、うん」

 赤面する久玲奈を、僕はなるべく見ないようにする。


「ろいちゃんも、ありがと。わがまま言ってごめんなさい」

「いや、こちらこそだよ。ありがとう、久玲奈」


「二人は、初めましてかな?」

 久玲奈の視線が、鍵市さんと山乙さんに飛ぶ。


「よろしく。私は、伊織久玲奈(いおりくれな)

「うん。よろしく。タバサはタバサ。鍵市束沙(かぎいちたばさ)

「よろしくお願いします。趣味でキョンシーやらせてもらってます。山乙雨梨(やまおとあまり)です」

 三人が握手を交わし合い、淡く微笑み合った。


 そして僕は、四人の病ヰ持ちに作戦を伝えた。

「今回の作戦はシンプルだ。それは――()()()()()()()()()()()。具体的に言うと……」


 ……数秒後。


 それは、僕がちょうど作戦を言い終わった頃のことであった。


 ――逃れられない死の気配をまとった文字通りの暗雲が東京の空を覆いつくしていた。


 僕たち五人は、一斉に空を仰ぎ見る。

 するとそこには。


 ……自身の体躯の二倍ほどの長さをほこる、血の巨剣を持った吸血鬼の姿があった。


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