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彼女は高嶺の吸血鬼 ⑦


 落ちながらも、僕はなぜか冷静でいられた。

 上空から落下することくらい、かわいい女の子に囲まれることに比べれば全然緊張しない。……いや、それは言い過ぎか。怖くてちょっと強がってしまった。


 僕が冷静でいられたもう一つの理由。それは、そろそろ他の調停ヰ者(ホルダー)が助けにきてくれるだろうと予想していたからだ。


 これだけ巨大な久玲奈(くれな)がいれば、嫌でも目立つ。

 僕は、とある少女の顔を思い浮かべながらただ空を眺める。


「きっと、彼女がきてくれる」

 この危機を察して素早くここにきてくれる調ヰ停者(ホルダー)。それは……。


「……お前、予知もできたのか?」

 そんな声が聞こえたと同時、僕はなにか柔らかいものに包まれるかのような感覚を覚えた。これは。

「布団!」


 顔を上げるとそこには、浮かぶ布団の上で胡坐をかくパジャマ姿の金髪美少女がいた。


灰谷(はいたに)さん!」

「ちょ、狭いんだからあんま近づくな!」

 思わず抱き着こうとしてしまったのだが、彼女の超能力が邪魔をして触れることはできない。


嵐々(らんらん)ッ! ありがとう!」

 遠くから王崎(おうさき)さんの声が聞こえる。僕と灰谷さんは、布団の上から王崎さんに向かって軽く手をあげる。


「ありがとう、灰谷さん。きてくれたんだ」

「ああ。きたはいいが。……あれは、伊織(いおり)か?」

「知り合いだったのか?」

「ああ。王崎と一緒にあいつを調停ヰ者(ホルダー)に何度か誘ったことがあるが、やっぱあいつとんでもない資質の持ち主だな」

 灰谷さんは怠そうに眉を内に寄せながら、王崎さんと久玲奈の戦闘を眺めている。


「ボクは、あんな怪獣バトルに首は突っ込まないぞ。死にたくないからな。だから、ボクにできるのはサポートくらいだ」

 そう言って、灰谷さんは久玲奈に向かって右手を掲げる。

 すると、今まで暴れ放題であった久玲奈がぴたりと動きを止めた。


「例えば、こうやって念動力(テレキネシス)で動きを止めるとかな」

「いや、凄すぎるんだけど」

 唖然とする僕。だが、すぐに灰谷さんが余裕の表情を脱ぎ捨てたのを見てとって、僕は全身に緊張感をまとう。


「……くそっ。なんつー力だよ」

 灰谷さんの鼻から一筋の血が流れる。久玲奈の動きを制限するために、過剰な力を使用しているのであろう。

 灰谷さんが一度手をさげる。すると、再び自由になった久玲奈が首を一際大きく上に振った。その衝撃で、王崎さんは上空へと投げ飛ばされる。


「王崎さんは、もう随分と久玲奈の血を吸ったはず。でも、久玲奈はまだまだ元気だ。彼女を落ち着かせるには僕がいくしかない」

「ふぅん? まあ、闇がボクを襲わないところを見ると、ちっとばかしは病ヰが扱えるようになったみたいだが……。で、なにか策があるのか?」

「久玲奈に告白されたんだ」

「ぶっ!?」

 吹き出し、咳き込む灰谷さん。


「そ、それがどんな策に繋がるんだよ……」

「王崎さんとのデート後、王崎さんが僕の血を吸ってるところを久玲奈に見られたんだ。それで、久玲奈の心が不安定になってしまった」

「ふぅん? だからその誤解を解いたら落ち着くかもってか?」

「いや、久玲奈はたぶん誤解はしていない。ただ、その場面を見て病ヰが暴走してしまうほどには、僕のことを好きでいてくれたんだと思う。だから僕は、その気持ちに応えてあげたい。だけど……」


「……はいはい。読心するまでもねぇよ。お前は王崎が好きなんだもんな」

「うん。だから、それをまっすぐ久玲奈に伝える。僕は久玲奈のことも好きだから、久玲奈には嘘をつきたくない」

「……はぁ。馬鹿正直なやつ。まあ、いんじゃね?」


 灰谷さんの流し目が僕に突き刺さる。

「だが、ンなことして伊織が更に暴走する可能性は?」

「たぶん、ない。幼馴染の僕が保証する」

「はは。ボクより未来が見えてるんじゃないか?」

 そう言って、灰谷さんは表情を引き締めた。


「今からあの二人に近づく。ボクが全力でサポートしてやるから、なんとか伊織と話してこい」

 その言葉に僕は、強く顎を引いた。


「ちなみに、きみ以上の援軍は望めるのか?」

篠江(しのえ)先生には一応声かけといた。腰が痛くなけりゃきてくれるかもな。ほかの調停ヰ者(ホルダー)は……きても役に立つかわかんねぇな。あんなバケモンに対抗できる調停ヰ者(ホルダー)はそういねぇ。いても、京都の花月(かげつ)くらいのものだろ。……まああと、くるとすりゃ、友達思いの馬鹿どもとかか……」

「馬鹿って?」

「いや? なんでもない」


 そうして、灰谷さんは布団を操作して久玲奈に近づいていく。

「ああ、そうだ。聞け、入村(いりむら)倉骨(くらほね)先生からお前の病ヰの最新解析結果を聞いてきた。お前の病ヰだが、やっぱりただの病ヰ殺しじゃねぇ。お前の病ヰは本当に、()()()()()()()()()()()()かもしれねぇ」

「それは、どういう……」

「倉骨先生はこう言ってた。いいか、よく聞け――」

 僕は、続く灰谷さんの言葉に耳を疑った。


「それは、本当?」

「倉骨先生が言ってんだから嘘八百じゃあないだろ。まあとりあえずは、伊織を落ち着かせにいくぞ」


 灰谷さんが目を細めると、僕たちを乗せた布団は空飛ぶ絨毯よろしく久玲奈に向けて急接近する。


 布団の残像を描きながら空を駆ける。しばらくすると、久玲奈の首の辺りにいる王崎さんのぼやく声が聞こえてきた。


「ちょっと! 久玲奈の血多すぎて全然減ってなくない!?」

 そんな王崎さんのことを、久玲奈は右手で地面に叩きつけようとする。


「入村!」

「わかってる!」


 灰谷さんが超能力で久玲奈の動きを止め、その間に僕が闇を伸ばして久玲奈の腕を後方へと押しやった。


 久玲奈の膂力は、僕と灰谷さんの二人でようやっとどうにかなるほどに強大だ。そんな久玲奈の攻撃をいなしながら血を吸い続けていた王崎さんは、やはり規格外というほかない。


「にしても伊織のやつ、ただの病ヰの暴走にしては強すぎないか……?」

 灰谷さんが呟いた直後、久玲奈が僕と灰谷さんの拘束を腕力だけで解いてみせた。

 そのまま久玲奈は、血を吸い続ける王崎さんに向かって右手の爪を突き付ける。


 風を切る轟音が、僕の耳をつんざいた。


「王崎さん!」

 僕が叫ぶが、王崎さんは澄ました顔で血の盾を周りに展開させる。


 そうだ。彼女には盾がある。それに、彼女は不死身だ。

 そんな王崎さんが負けるわけが――。


 そう思った直後。


 肉がえぐられる音とともに、王崎さんの右腕が肩の先から切断され、宙を舞った。

久玲奈の爪が、王崎さんの盾ごと腕を切断したのだ。


 しかし、王崎さんは最強の吸血鬼。この程度の傷、瞬時に回復して――。


「……っ、あああああああああぁぁぁぁぁッ!」


 最強の調停ヰ者(ホルダー)の断末魔が東京に響いた。


 王崎さんの右腕は。


 どれだけ時間が経っても再生することはなかった。


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